或る稚拙な独白
こんばんは、深夜に投稿し課題に投降する癖がついてきたシラスよいちです。
今回は自分で思うところがあり、ありがちな生々しい男女のすれ違いを描いてみました。
ご一読いただけたら幸いです。それではお楽しみください。
別れたくない―――
そうは思っても、会えば会うほど何かが崩れていく気がして距離が離れていく。
別れを回避しようとすればするほど、物理的な距離は開いていく。本末転倒とはこのことだろうが今更どうしようもない。汚れすぎた紙は、消しゴムで消そうとしても滲むだけ、汚れは消えるどころか薄まることを知らない。
ならどうすればいいというのだろうか。彼女の心はもう俺から離れていて、俺よりもかっこいい誰かにある。それでも彼女を忘れられない俺はきっと、どうしようもなく愚かで救いようのない馬鹿なんだろう。
それでも、彼女が俺に見せた夢がまやかしの幻想であっても今更忘れるとは出来ない。
彼女に合って話がしたい。でも今ある現実に目を向けたくない。二律背反の思考を繰り返すだけでこれからどうするべきか一向に答えが出ない。
時間は救いをもたらす癒しではなく遅効性の毒だ。現実逃避をしては現実に目を戻す日々が続き、活きる気力さえも失っていく。一人暮らしのアパートから一歩も出ず、学校にすら行かなくなった。
改めて記述する。お互いに会って気まずくなるのを回避すべく、避けていた。回避というのは、本来動物が持つ本能である。危機迫るとき、またはそれが起こると判断された場合には、誰しもそれを本能的に回避を試みるのである。
そうであるのならば、現実に目を向け受け入れる行為は自然界では死を意味するのと同時に人間にしか持ちえない理性によって起こされるアクションといえる。ときとして賢い行為だ。
だから俺は選ばないという選択肢、選択の回避を取ることにした。すなわち自殺である。
インターネットで調べた結果、やはり一番手軽だったのは絞首だったので試すことにした。
彼女との関係が悪化してからはや2週間が過ぎた夜、カーテンレールにベルトを括り付けて一度下に引っ張ってみる。これならベルトが外れて失敗することはなさそうだ。
ちらと窓の外を見ると誰もおらず、空を見ても天気が悪く闇以外何もない。
これらを儀式的に行う中に思考は一切含まれていなかった。透明という色すらないひたすらな虚無。
椅子に上りベルトをチョーカーのように首に巻き付け、足で椅子を前に押し出して身体を宙づりにする。
重力で身体ががくんとしたに落ちていく感覚と同時に、首を絞める円がどんどん小さくなり首への圧迫感が強まり酸素を取り入れることが出来ず肺が酸素を求めるヒューヒューという音とともに酸素をものすごい勢いで消費していく様がありありと分かる。
この瞬間、二つだけ最後にシンプルな感想が浮かぶ。苦しいということ、ここから先自分は何も考えずにすむということ———
別にだからといって、感想の域をとどめたまま意識が遠のいていく。
玄関の方で物音がしたと思ったら、リビングに入ってきて叫ぶ人影が見えた気がした。
薄れゆく意識の中で、ハサミで何かを裁断するような音と、誰かの泣き声と何かとてつもなく重いものが床に落ちる音が聞こえたのも気のせいだろう。
目が覚めると、見覚えのないオフホワイトの壁に蛍光灯が光っている。背中側に重力があり、それが天井だと理解するのに数秒かかった。息を吸うのも吐くのにも痛みが伴う。ゆっくりと身体を起こすと鈍い痛みが走る。辺りを見渡すと日は上っていて、ここが病室であることが分かる。
しばらくすると看護師が俺を見て奇声を上げ走っていった。その後医者が状況を説明してくれたのだが、その内容はとても信じがたいものだった。
彼女が、彼女が僕を縄から降ろし救急車を呼んだというのだ。とても信じられない、信じられる訳がない。その後退院許可が告げられ、病院を出た。部屋には戻らず、気づけばほの暗い深夜の高架下に座り込んでいた。
意味不明意味不明意味不明意味不明意味不明意味不明意味不明意味不明意味不明——
突然立ち上がり、ただ絶叫しながら意味も分からずに泣きながら目の前のコンクリートに頭を打ち付ける。
こうなれば本当に思考など存在しない、狂乱の獣だ。
それにも疲れてまた座り込んだ頃、静かに歩み寄ってくる者があった。
「私が悪いんだよね」
彼女は俺の前にしゃがみ込むと、出血する額をハンカチで押さえタオルでしばると何も言わずに強く抱きしめてくる。
「ごめんね、ちゃんと説明するから」
思考や感情を失った俺でも、その声に安心させられてしまう。荒れ狂う海が一瞬で静まり返るように感情の波が止まる。
こうして一人の人間が破壊されるという悲劇は免れた。
彼女に手を引かれ、ようやく自室に戻ると彼女は風呂に連れてきて身体を洗い珈琲を淹れる。
そしてそのまま珈琲を勧められるが、俺が口をつけないのを見て彼女は一つため息をついて話し出す。
俺は彼女が隣町の高校の制服を身に纏ったイケメンと駅で仲良さげに歩いているのを複数回見て、彼女は浮気しているものだとばかり思っていた。しかしそれは自分の勝手な勘違いだったらしく、彼女はあれに営業スマイルで対応しているうちに付きまとわれるようになり俺にも危険が及ぶと思って避けていたらしい。
そんなシンプルな事実を知ろうともせずに一人絶望していた自分は愚の骨頂という他ない。
そして昨日、ようやくことが収まったこともあり、学校に来ない俺を心配して部屋に来ると今まさに自分が首を吊っているところで、慌ててハサミでベルトを切り落とし、俺を助けたらしい。あのときの声は現実で彼女があげたものだったのだ。
説明を終えると、彼女は俺の隣まで来て座りなおす。そして俺の顔を見て一度涙を溜めると、俺の膝の上で泣きながら何度もごめんなさいと口にした。
彼女の涙は何色にも汚されない温かな透明をもって俺の汚れた心を上書きし、感情が溶け出していく。
「勘違いして迷惑かけて、ごめん、なさい」
そこでようやく、まだ上手く使えない喉を鳴らして謝罪を口にする。きっとこの先謝っても謝っても許されない。でも、それでも俺は彼女に対して———
次の一言が口から出る前に、泣き終わった彼女が上目遣いで俺に告げる。
「責任、取ってよね」
俺はこの人と隣り合わせで、一生生きていく。今俺と彼女の距離は紛れもなく零だ。
そして零とは、最も無限に近い数値だ。
いかがだったでしょうか?
恋愛において勘違い、オタクっぽい言い方をすると解釈違いは常に付き物で、厄介極まりないものです。どうかこれからの自分が、またこれを読んでくださった誰かが感情のすれ違いという無理難題を乗り越えていけますように。
気軽に感想などありましたらコメント欄よりお寄せ下さい。
それではまた次回の投稿でお会いしましょう。