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第2話 After FullMoon

「か、かかってこい!」


といいつつなぜか自分から突っ込むエクス。

ゴン。鈍い音と共に見事な『峯打ち』が体長二メートルほどのひときわ大きな人狼の脳天にヒットした。峯打ち……刃の無い方で薙ぐことである。

ぱたぱたぱた。一瞬の沈黙の中で一撃食らったまま静止している人狼のふさふさの尾が大きく揺れる。


「グワアアア!」

「ばか者ー!」


眼前で裂けんばかりに口蓋を開かれきゃー! といわんばかりのびびり具合で退いたエクスを連れの少女が叱咤する。


「アホか……」


思っただけの言葉のつもりが思わず口を衝いてでた。


「何やってんのよ! それでも勇者なわけ?!」

「そ、そんなこと言ったって今日は満月なんだぞ! だからやめようって言ったんじゃないか~」


騒ぎにわらわらと茂みからでてきた人狼は、あっという間に後からやってきた二人をとり囲んだ。気づいて始めて、はたと沈黙する。


「ユージン~」

「こ、こうなったら~逃げるのよっ!」


戦略的撤退をする勇者ご一行を追うものは誰もいない。呆れたように見送る人間二人と人狼たちをのこして再び森に静寂が戻った。

さて、あらためて問題だ。


「君たちなぜこんなところに住んでいるんだい?」


レダークが隣にいる白い人狼を横目で見上げて問い掛けた。


* * *


人狼族の朝は早い。

それは大抵森の目覚めと共にやってくる。狩りを主とする彼らにとっては当然といえば当然の営みだ。「働かざるもの食うべからず」を堂々無視して朝食の為にたたき起こされたラングは未だ夢から覚めずといった感じでまだ新しいウッドデッキの階段に腰を掛けあくびをかみ殺した。


きゃあきゃあと子供たちが転がるように騒いでいる。子供なんてどの種族も同じく全く騒がしい。頬杖をついて目をそらしたそこにもまた、人狼の子供がいつしか陣取っていた。


「ねぇ、弓は使える?」


好奇心いっぱいに言うその背にも細いツルの貼られた小さな木の弓が背負われている。その弓を手にとってラングは気まぐれに矢尻をひいた。おもちゃのようなその実、実戦訓練向きなのだろう。思いのほかに鋭く矢尻は風に舞う木の葉を乾いた音を立てて幹に縫いとめた。

狙った訳でもないのだが一瞬にして子供たちの羨望の眼差しがラングに集う。


「すごいすごーい」

「もう一回やってもう一回!」


あぁ止めとけば良かった……

同時に一瞬にして後悔が襲ってきたのは言うまでもない。

殆ど小犬と変わらぬ人狼の子供たちに頭だの肩だのへばりつかれたラングをやってきたレダークが笑った。


「ずいぶんなつかれたね」


振り返るとレダークの隣には大人の人狼。昨日の白いワーウルフだ。名前はグウォダールと言ったか。


「待たせたね、さあ森の出口へ案内しよう」


薄く日の射し込む茶色の瞳が細められる。笑っているのだ。



話しは深夜にさかのぼる。

レダークのなぜ、という問いに人狼たちは満月のもと牙をおさめた。


「なぜと問うのか」


初めに現れた四頭の内の黒茶の人狼が話す姿勢に入るととたんに不穏な空気は去った。しかし警戒は全く解かれてない。慎重さが攻撃性を消しただけである。同時に話し合いの余地は充分でもあった。


「君たちの種族はもっと西の方に住んでいただろう? 人を襲う種族でないことも知っているよ」

「当然だ。我々をあんな獣風情と一緒にしないでもらいたい」

「じゃあワーウルフがこの辺りで暴れてるって話しは何なんだよ」


どうやら知能は聞いた話より遥かに高いらしい。次に口火をきった若い人狼はいきなり包囲したことを詫びさえした。


「この森の奥には元々住んでいる魔物族の人狼がいるんです。最近はそれが人里近くに現れて悪さをしているようで……」

「人間どもは我々の話しも聞かずに姿をみれば殺そうとする。だから自衛しているまでのことだ」


憤慨を二人にぶつけた黒茶の人狼の言葉をラングがへえ……と鼻で笑った。


「おまえら……ね、じゃあおまえらだってオレたちをほかの人間どもといっしょにして殺そうとしてなかったか?」

「……」

「その人狼たちはなぜ人間を襲うんだ?」


押し黙った人狼にかまわずレダークが更に問う。白い人狼がまた答えた


「さあ。ただ彼らは我々より闇気配に敏感だからね。何かあったんじゃないのか」

森の奥に続く空からの白金の光の軌跡を目で追う。本当に何も知らないといった風だった。

「このまま森の奥に行ったらやつらに襲われるぜ」


黒茶の人狼がどうするんだと疑わしい目で問うた。


「そんなの簡単だ」


ふいにラングはお世辞にも気に入りもしない今朝のワーウルフ退治の依頼主と、来るかもしれない「追手」を思い出してどっと疲れに襲われ、なげやりにこう提案した。


「町の奴等にはもうおまえらを襲わないよう言ってやる。だから……今日はもう休ませてくれ」



森が急に開けると緑の絨毯がはるかまで広がって見えた。ハーツの草原である。大陸でも有数の広大な草原で遠くそびえる西の高峰エル・バベルの麓まで至っているという。

草原の中央には王国グラスキングダムがある。街道近くで荷馬車をつかまえラングたちはそうして聡明な人狼に別れを告げた。

フルムーンの夜を越えた森はおだやかであった。

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