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四季の星座の大三角の下  作者: 笹十三
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空が深海のような色に変わる頃、今日の活動は終わりになった。

「破滅的劇的な死と平和な甘い死だったらどっちをとる?」

 美月とは帰り道が違うから、夜道と僕は彼女と校門で別れてから、並んで自転車に乗っていると彼は言った。

「詩の続きか?」

「まあそんなとこだよ」

 そう答える彼の頭上では、明星が明滅している。

僕の日常は甘い死と隣り合わせに感じられた。家での出来事だって劇的なものは無いけれど、そこには破滅とまではいかない摩滅が存在していた。それに文芸部での毎日は、今日のように穏やかな甘さが横たわっている。だから僕は選ぶ。

「甘い死かな」

「そうか。以外だな。星也は激しい死に憧れてるのかと思ってた」

「本気で死ぬ気なんて無いくらい、緩やかな終わりに憧れてるだけだよ」

 そう言うと、彼の目には秘密があって、僕が前者を選ばなかったために、その秘密を隠しているような気配があった。でもその理由を聞いてしまったら、僕と彼の友情が砕かれて戻らない星座のように、永遠に否定されて二度と繋がらなくなってしまう気がした。そう感じたから、僕は夜道の隠し事を聞き出そうとはしなかった。

「今日は月がよく見えるな」

 代わりに美月の言っていた言葉を思い出して語りかける。

「お前も月に帰りたいのか?」

「帰れるもんならね」

 そう言うと、彼は微笑した。

「美月と一緒に?」

 彼は鋭い。「なんでそうなるんだよ」、と言いつつ僕は驚いて強めの言葉で否定した。その通りだったけれど。

「見てれば分かるよ」

「何が?」

 「美月が好きってこと」、と言われるのは分かっていたのに、この期に及んで僕はまだ否定する。高校生にとって、好きな女の子について、「お前あの子が好きなんだろ」と言われて、恥ずかしがらずに「そうだよ」なんて答えられる奴は少数だと思う。「何も考えないことを考えてた」、なんて言ってしまうような背伸びした高校生だって、結局は高校生なのだ。

 中学生の頃、高校生が大人に見えた。でもなってしまえば子供の延長でしかないのだと分かった。好きな女の子について語ることが恥ずかしかったり、親の愚痴を言ったり、世界で自分は一人で生きてきた、だなんて言ってしまうような子供なのだ。一人前の大人になった気になったりするけれど、まだ「青春」という青い「春」が僕ら高校生をとらえている。だからこそ、そんなふうに恥ずかしがったり、孤独を感じることが若さを証明している。それは今だけしか感じられない感覚。生きる痛みなんかも含めて。この恥じらいこそ高校生の生きている証だから、誰が好きとは簡単には言わない。

「美月のことが好きなんだろ?」

「そんなことないさ」

「そうやって意地になって否定するところからもよくわかるよ。もし違うなら、誰が好きなんだ?」

「意地になんてなってないし、好きな人なんて居ないさ」

「そういうところが意地になってるっていうんだよ」

 もう隠せないなと思った。彼の言う通り、これ以上意地になって否定しても喧嘩になるだけだ。彼とは喧嘩したくなかったし、僕自身きりのいいところで観念しようと思っていた。だから肯定する。その肯定の恥ずかしさは、若者として生きている実感。だから心地よく観念して肯定する。

「そうだよ。僕は美月が好きだ」

 苦笑いをしながら認めると、「美月きれいだもんなあ」と夜道。

 僕はその言葉に焦りを覚える。美月のことを「きれい」と思うのなら、彼が美月を好きだとしてもおかしくはないのだ。

「夜道も美月が好きなの?」

「俺が好きなのは中学の同級生」

 そういった後、小声で「まあ、いとこなんだけど……」とささやく。

「ぶっ飛んでるなあ」

「自分でもそう思う」

「恋愛小説みたいじゃん」

「そんな高尚なもんじゃないさ。昼ドラだよ」

 「一方的な片思いだけどさ」と言って笑う彼の横を、宵の風がかすめていく。「昼ドラだよ」なんて笑う彼は、悲恋の物語の断片のように淡い熱を帯びていた。

 彼の好きな人が美月じゃないことに安心した僕は尋ねる。

「それはそうとなんでそんなに鋭いんだ?」

「鋭くなんてないよ」

「じゃあ、それは知れわたってるのか?」

「たぶん俺しか知らないよ」

 「それなら」と僕は言う。

「夜道はやっぱり鋭いよ」

「文学を読むってことは、人と人の関係を見つめるってことなんだよ」

 唐突に彼は言った。僕は彼の意図をはかりかねた。文学を読んでいるから、鋭くなったということなのだろうか。明確な返事ではないから、戸惑う。

「小説はさ、人間の関係の中で物語が進んでいく。それは人間がどうやって繋がっていくのかを何度でも体験できるってことなんだ。それから、人間は一度しか人生を体験できない。でも物語を読んでいると、物語の数だけ新しい関係に出会える。もし俺が鋭いっていうのなら、それは嬉しい」

 「物語を読んできたことが無駄じゃなかったってことの証明になるんだから」と、遠くを見つめながら言う。

 確かにそうかもしれない。まだあんまり文学に詳しくない僕でも、小説を読んだりしていると、送って来た人生が十八年ではなかったような気がする。もっと多くを経験できたような気がする。もっと多くの物語に触れてきた彼は、その経験は僕なんかとは比べ物にならないだろう。そんな話をしてくれるからこそ、彼は僕の恋の障害であると同時に、憧れでもあった。だからこそ、障害だとしてもずっと一緒に居たいと思う。

「優れた物語は架空じゃないんだな。現実の真実をもってそこに存在している」

「そういうこと」

 夜道の物語に触れた量が僕の恋心に気付かせたのならば、と僕は考える。

「美月は気付いてると思う?」

「さあ、どうなんだろうな」

「僕の気持ちに気付いていて、美月の気持ちは分からないのか?」

「それを言ったら面白くないだろ。それに文学を読めばなんでも分かるようになるわけじゃない」

 その通りだった。「それなら」と、自転車のハンドルを二人して右に切ったと同時に僕は尋ねる。

「いとこのどんなところが好きなんだ?」

 彼は「直球だな」と言いつつ「驚いた」という顔をした。内心はそんなに驚いてもいなさそうだったけれど。

「どこが好きだったとか、そんなんじゃないよ。ただ、昔から遊んでいて、彼女は優しかったし、気が利いたし、かわいかった。一般的な好きなんてそんなもんなんじゃないのか。好意ってだけだ。それでも人は好意を好きと錯覚する。それでもいいんじゃないか?」

「そういうもんか」

「『好き』に『思想』なんて入れる年でもないだろ。昔の話しだからさ。幼い好きだったんだよ。それでもその幼い好きは確かになんてことは無いものかもしれないけれど、自分の中で時間を経るごとに、時間をかけて磨かれた宝石みたいに輝くんだよ。それを俺らは恋と呼ぶんじゃないのか? そういう恋だっていいじゃないか」

 自らの恋について、僕と違ってうろたえもせずに、好きな子の話しを語れる夜道の大人の余裕に、僕はまたしても負けた気がした。それもあんなに美しく。美月が彼に惹かれるのも分かる気がして、それがまた悔しかった。

「そのいとこ、今はどこの高校に通ってるんだ? 僕も一度見てみたいな」

 それはちょっとした興味本位から出た言葉だった。すると彼は、缶コーヒーを買うような気軽さで言った。

「死んだよ。交通事故で」

「えっ……」

 すぐに僕は「ごめん」と謝る。でも彼は気にしている様子は無かった。そこに僕は違和感を覚えた。

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