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四季の星座の大三角の下  作者: 笹十三
2/11

1-2

一―二


「で、美月」

 僕はさっきの話しの先を聞きたくて美月を見た。

「何?」

「さっきの続きだけど、美月はどんな楽しいこと考えるの?」

 そう尋ねると彼女は語る。

「かぐや姫のいはく、月の都の人にて父母あり。といひていみじう泣く」

 今度は僕が答えを推理する番だった。

「分かった! 『月に行きたい』だ」

 答えが出せないまま考えていると、先に夜道は言った。

「半分正解。答えは『月に帰りたい』でした~」

「月に帰りたいって、楽しいことなの?」

「だって悲しい時ほど月はよく見える気がするもん。きれいな月を見るほど心が痛むし、心惹かれる。だから月を見るたびに私は思うの。私はあの月に大事なものでも置いて来たんだろうって。だから早くあそこに帰りたいの」

「詩だねえ」

 夜道は言う。

「じゃあ今日の活動は詩にしよう」

 僕らの活動は、特に決まっているわけではなかった。文章を書くこともあるし、議論をすることもある。詩を考えて批評し合うこともあった。

僕は正直二人ほど文学に詳しくはない。夜道が誘ってくれたから入っただけだ。でも文芸部の活動は魅力的だったから続けている。今日だって美月の月の詩は美しかったし、彼女と毎日お喋りすることもできた。それに夜道は幼いころからの数少ない親友だったし、二人に文学を教えてもらうようになって僕自身文学が好きになっていた。だから彼等とこんな活動をするのは楽しい。

 今日の活動だって、僕は二人ほど詩について語ることはない。作るのも下手だ。それでも二人とこの時間を共有していたい。そしてあわよくば美月と……

 僕らは机を円形に並べて座った。ノートを開いて詩を書く。

「既存の詩について何か言うことがあれば言ってもいいよ」

 夜道がシャーペンをくるくると回しながら提案すると、「私、中原中也すきだよ」と、待っていましたとばかりに美月。

「『汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる』。ぼろぼろになって生きた今日まで、雪の降りかかる日に悲しさを噛みしめながらいとしいわが身の存在を噛みしめる。そんな痛みの心地いい詩だよね」

「わかるわかる。『汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む』だよね!」

 夜道と美月は二人で盛り上がった。暗唱なんてできない僕は、うんうんと頷くのみ。二人が楽しそうに盛り上がっている中に入れなくて、疎外感を感じた。それから、夜道ばかりが美月と楽しそうに話しているのが悔しかった。振り向いて欲しいのに、彼女を振り向かせるだけの力が無い自分の無力さが悔しかった。

「あ、思いついた!」

 そうこうしているうちに、美月がつぶやいた。僕らはしんとして彼女の詩に耳を傾ける。

「ちょっと待って、一フレーズは思いついたけど、作品になるほどじゃなかった」

「じゃあこうしよう」と夜道は言う。

「歌合みたいにしよう。最初のフレーズを美月が言って、その後を俺と星也で一フレーズずつ考えて一つの作品にしよう。どうかな?」

「いいねそれ!」

 美月は喜ぶ。僕も「それでいいよ」と返事をした。「じゃあ……」と言って美月は語りだす。

「君が笑う時は 傷ついた時 悲しげに笑う君の横顔は とてもきれいだったから 君を殺したい」

 ゆうやけの桜の散る校庭。逢魔が時とよばれる時間。『桜の樹の下には屍体が埋まっている。』。そんな言葉が現実のような気がした。そんな幻想と幻影のような琥珀色の大気が開け放った窓から四角い教室の隅々まで満ちて、青春への望郷のようにも聞こえる運動部の掛け声の遠い反響が響いてくる。そんな景色と音に彩られた世界で、「君を殺したい」という美月の横顔には、静かな死の陰りが張り付いていた。

「次は俺の番だ」。夜道は目を閉じて考える。一秒、二秒と秒針が進む。一分、二分と秒針が進む。「思いついた」と一言言って、夜道は下書きをノートに書く。

「愛は一生かけて完成させるものだと 誰かが言ったから 僕は死ぬことで 愛を創ってみせるよ」

 それは夜道にとっての必然のように彼は言う。架空ではなく、現実であり、確固たる思想のように。その言葉の響きは、緻密に練り上げられた計画のようだった。

日の落ちかけた春の大気は肌寒い。冷たくうっすらとした膜のような死が、僕らを包んでいる。死の詩が教室を包んでいる。この小さな四角い世界では、死が僕らを結んでいた。

不治の病を背負ったような美月。架空を必然の現象に変える夜道。散る桜花。落日。それらは相互に作用し合い、溶け合い、結晶として存在していた。

僕はそこに溶け込むことができるだろうか。結晶を壊すことなく存在できるだろうか。それが気がかりだった。彼等の作った詩の続きを僕が作ったとして、この調和を崩すことなく溶け込めるにはどうすればいいのか。それだけを考えて続きを作る。

ノートに小さく言葉を書き連ねては、また消して。単語を書き出して、断片からイメージしたりもしてみる。「空虚、違う」。「不安、違う」。そんなその場しのぎの薄い空白ではだめなんだ。だとしたらこの場で求められる答えは何だろうか。そう考えていたら、ある言葉がふと浮かんだ。

「ねえ、死んでみようよ」。それは僕の美月への気持ちだった。それがふと頭に浮かんだ。もちろん「死にたい、死にたい」と僕は言うけれど、本気で死ぬ勇気も無ければ死の先に何かがあるとも思えない。美月の美しさが「死」に起因しているものだとしても、好きな人には死んでほしくない。だからこれは願望ではなく憧れ。喪失のはかなさと、あたたかなさびしさへの。それらは僕達のおだやかな時間を乱すことなく、魅力的にしてくれる。それこそが彼女への恋であり、彼への羨望なのだろう。そして彼等もまた同じ感覚を持っていると感じられるからこそ僕はここに居たいと願うのだ。

だからその憧れを込めて僕は言う。

「ねえ 死んでみようよ 僕ら 死ぬ時が一番輝くと思うんだ」

 そう語ると、僕らは校庭からの喧騒の中にあって、それでいて情緒のある時間という「時」の静けさに浸った。

 余韻に浸っていると、僕らの詩は時間の流れにのせられて、時のみのもをたゆたう。その心地いい余韻こそ、小さな小石の波紋のようにかすかに、けれど確かに、僕らの詩が世界に存在していることを表していた。

「君が笑う時は 傷ついた時 悲しげに笑う君の横顔は とてもきれいだったから 君を殺したい 愛は一生かけて完成させるものだと 誰かが言ったから 僕は死ぬことで 愛を創ってみせるよ ねえ 死んでみようよ 僕ら 死ぬ時が一番輝くと思うんだ」

 美月は僕らの言ったフレーズを書き留めていて、繋げて言う。

「なかなかいいね。俺ららしくてさ」

「私もいいと思うな」

 二人の言葉に僕は安堵しつつ、自分がこの詩の一部になれたことが嬉しくてそのことばかり考えていた。それから僕らはまた中原中也の詩について語った。もちろん僕は中也のことなんて知らないから、二人は僕に講義をしつつ語り合っていた。

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