執着と恋
「は?」
その話を聞いたとき、驚きと共に頭が真っ白になった。
「だからさ、あいつもいい歳だし…そろそろ伴侶を決めなくちゃだろ? 20歳だから、少し遅れてはいるが……社交デビューさせると親が決めたんだ。」
いつものように酒場で飲んでいるとき、アーサーがそう切り出した。
「なんで今更……。今まで、軟禁してたのに?」
「それが、お前がうちに顔出してるって噂、両親の耳に入ったようでさ…。 女遊びの激しい男に娘を奪われるくらいなら、親が婚約者を見繕うより先に社交界で本人に選ばせたほうがいいって。」
「俺のせいか…。」
はあ、とため息をつく。
そりゃそうか。
大事に大事にしまっておいた可愛い娘を、勝手に上がり込んできた素行の悪い男にかっさらわれたら堪らないだろう。
「お前らさ、本当に何もないの? アーリアに聞いても、『勝手に屋敷にいらっしゃるから話し相手をして差し上げているだけです。興味もありません。』なーんて、ツンツンしてるけどさあ。」
何もない……わけではない。
でも、恋愛対象として好きなのかと聞かれると、わからない。
ただ快楽に負けて、彼女に執着しているだけなのかもしれない。
同様に、彼女から恋愛感情をほのめかされたこともない。
触り合って、満足したら、ベッドに横になって少しだけ会話をする。
それだけの関係。
「彼女は…お前に言った通り、俺に興味も恋愛感情もないんだろうよ。 俺も……男を教えてやろうと思っただけで、何も。」
その筈なのに。
彼女が外の世界を知ると聞いただけで、湧き起こるこの感情はなんだ。
誰にも知られたくない。
彼女の笑顔や、悪戯な微笑み。
柔らかい身体や温かさ。
声も、匂いも、全て、誰にも渡したくないーーー
俺は心の奥底では、彼女の家族と同様に、彼女を幽閉したがっていたのか。
こんな汚い感情が自分にあることを、俺は知りたくなかった。
「そうか。 ーー…俺には、お前の顔が、何もない顔には見えないんだけどな。」
アーサーが軽く笑う。
俺のグラスに酒を注ぎ、もっと飲めと促してくる。
酒が全部忘れさせてくれればいいのに、なんて馬鹿なことを考えながら、グラスの酒を煽った。
==============
「俺のせいで、人前に出ることになったって?」
「そうみたいですね。 本当に不愉快です。」
彼女は部屋に入ってきた俺に一瞥もせず、目の前のドレスやアクセサリーを手に取っている。
「まあ結果的に、私の軟禁生活に終止符を打ってくださったのは公爵様だったということですね。 ありがとうございました。」
ドレスを選ぶ手を止めて、彼女は俺に向き直った。
「不本意ですがーーー退屈な毎日を終わらせてくださったのは、公爵様ですよ。 …ありがとうございます。」
彼女は明るく笑ってみせる。
その笑顔を見て、胸が痛くなった。
違う。
違うんだ。
俺はただ、馬鹿な男のプライドで此処に来ただけだった。
そのうち、他と比にならない程の快感に流されて通うようになってーーー
いつの間にか、こんなにも君を独占したくなっていた。
「今、ドレスを選んでいたんです。 両親が、初めてのパーティーだからと気合を入れてしまって…。 流行りのドレスをたくさん買ってきてしまったので、どれを着ようかと悩んでいました。 もし良かったら、公爵様が選んでくださいませんか? 女性のお洒落に詳しそうですし。」
そう話す彼女は、とても楽しそうに見える。
年相応にお洒落を楽しもうとしている、普通の女の子。
今まで出来なかったことが出来るようになって、嬉しいようだった。
俺のおかげで、外に出られるようになって。
そして、
他の男に美しく見せるために、俺にドレスを選べと言う。
「公爵様? どうかなさいましたか?」
心配そうに、彼女が顔を寄せる。
近づいた唇が、やけに柔らかそうに見えて。
気がついたら、彼女を引き寄せてキスをしていた。
やってしまった、と思った。
「ーーー…そういうことですか。」
数瞬後、彼女が口を開く。
「不愉快です。」
彼女は、今まで見たことのないような冷たい目で、俺を睨みつける。
「飽きた女性へ贈る″餞別のキス“ってやつですか? 公爵様は結局、軟禁されていた私にしか興味がなかった、ということでしょうか。」
「違う!」
「でも、こんなの必要なかったと思いませんか? だってーーー」
彼女は残酷な言葉を、続ける。
「私には、貴方への恋愛感情なんてありませんから。」
1番聞きたくなかった言葉が、突き刺さる。
「貴方と私は、愛を語り合った訳でも、体を繋げた訳でもありません。 ただ暇つぶしに接触していただけの、他人ですよ。 飽きたも何も……貴方がここに来なければ、それで終わりです。」
彼女は間違ったことは言っていない。
ただ事実を言っているだけ。
それでも、触れ合って、話して、相手を知って、少しでも好感を持ってもらえていたのではないかなんて考えていた俺の胸を抉るには十分なものだった。
そこで、馬鹿な俺は初めて気付いたのだ。
俺は、彼女のことが好きだったんだと。