逢瀬
それからというもの、公爵様は時間を見つける度にうちの屋敷に顔を出すようになった。
「暇なんですか?」
「ーーー…なんだ、藪から棒に。」
半裸でベッドに横たわりながら、怪訝そうな顔をする公爵様。
「いえ、来る頻度が上がりすぎている気がしまして。 公爵ってそんなに仕事がないのかと。 それに、わざと負けに来てないですか? マゾなんですか?」
「そんな訳ないだろ! 本当に失礼な奴だな!」
そんなこと言ったって、これだけうちに入り浸られては、この人仕事してるのかなと疑問になってもおかしくないだろう。
ここのところ、3日に1回は顔を見ている気がする。
「そういえば、初めてお会いした時は爽やかな好青年みたいだったのに、最近は口調も態度も全然違いますね。 猫被ってたんですか?」
「君をああして口説くのは、無駄だからやめた。 普通はああいう方が、女性の好感を得られるからな。 女性を口説くためのマナーみたいなものだ。」
確かに、前世で読んだ少女漫画や恋愛小説には、爽やかな王子様キャラがたくさんいたような気がする。
実際に目の前に出されると、胡散臭かったな。壺でも買わされそうな感じ。
「そうなんですか。 でも私は、今の公爵様の方が好ましく思いますよ。」
「………!」
公爵様がこちらにぱっと顔を向ける。
……?
なんでこっちを見つめてるんだろう。
「素の方が滑稽ですもんね。」
「本当に失礼だな!」
「あはは、すみません。」
思わず笑みが溢れた。
すると公爵様は、ばふっと枕に顔を埋める。
「あ″ 〜………。」
「なんなんですか、一体。」
本当に変な人だな。
「でも本当に、うちにいらっしゃる回数は減らした方がいいですよ。 メイドから聞いたのですが、伯爵家の末娘に公爵が熱を上げている、なんて噂になっているらしいじゃないですか。」
「………迷惑か?」
公爵様が、私の顔を覗き込むように近づいてくる。
迷惑かと聞かれると、そりゃあ、
「迷惑ですね。」
これ以上、噂に尾鰭がついたら困る。
ただでさえ美人だの豊満ボディだの、誰が流したんだよ、流したやつ面白がってないか?という嘘が出回っているというのに。
「だって、女性にモテモテの公爵様が夢中になる女はどんな女かと、より興味を持たれそうじゃないですか。 ただでさえ、美女だなんて噂が独り歩きしているっていうのに。 家から出られないほどの不美人だって噂されたほうがましです。」
言い終えて公爵様を見ると、鳩が豆鉄砲を食らったような、きょとんとした表情をしている。
「……俺と噂されること自体が、じゃないのか。」
「はい?」
「いや…それなら、不美人だって噂を俺が流してやろうか。」
それで解決すると思っているのだろうか。
それで汚名を被るのは、自分も一緒だと気付かないんだろうか。
「それは公爵様が、大変な物好きだという不名誉な噂が広まりそうですね。 最高に滑稽で私は嬉しいですけれど。」
「本当にいい性格してるな…。」
公爵様がはあ、とひとつため息をつく。
そして、もう一度私のほうを見た。
「俺は、会う頻度減らしたいとは、思ってないんだけど。」
私の提案を跳ね除けるつもりのようだった。
自分の誇りとやらがそんなに大事なんだろうか。
人の気持ちを少しくらい、汲んでほしいものだ。
そんなことを考えていると、公爵様が言葉を続けた。
「でも、君が本当に迷惑に思っているなら、やめる。」
ーーー…驚いた。
初対面から私の気持ちも都合も考えず、やることやろうとしか考えてない男だと思っていた。
だけど、
「迷惑ですね。」
公爵様が気を遣ってくださるのなら、私も本音でお答えするべきなのだろう。
誠実に対応してくださるのなら、思っていることをきちんとお伝えしなくては。
「そ、うか……。 それなら、」
「あんな派手な馬車で来られるのは。」
「は?」
俯いていた公爵様が、目を大きく開いてこちらを見る。
「もう少し、目立たないようにしてくださるのなら……会いにきてくださっても、構いませんけど。」
なんか恥ずかしいな。
これじゃあまるで、会いに来て欲しいみたいじゃないか。
「ーーー…わかった。」
少し間を置いて、公爵様がそう答える。
ふと公爵様の方を見ると、公爵様は嬉しそうに微笑んでいて。
その顔を見て、なんだかとても気恥ずかしくなった。