再戦
あの思い出したくない事件から、数日が経過した。
あれから、どうにかあの出来事を忘れるべく、いつも以上に女遊びに興じた。
興じようと思っていた。
そして、
嘘だろ、そんな筈はない。
心の中で何度もそう叫んだ。
ーーー…勃たなかったのである。
どんなに美人な女でも、どんなにスタイルの良い女でも、身体が反応しなかった。
俺は、男のプライドを傷つけられただけでなく、男性機能まで奪われたというのか。
そんな、まさか。
「おい! 君、俺の身体に何をしたんだ!?」
二度と会いたくないと思っていたが、背に腹は変えられない。
俺は伯爵家に着くや否や、彼女のいる部屋の扉を開けて叫んだ。
「はい?」
彼女は不思議そうに此方を見る。
「先日君に触れられてから…身体がおかしいんだ! どうしたら元に戻るんだ!?」
「手で触る以外何もしてませんけど…おかしい、とは?」
「たっ…」
勃たなくなった、なんて言ったら、先日の恥に更に恥を上塗りするようなものではないか。
怒りと恥のためか、顔が紅潮するのを感じる。
勢いに任せて来てみたが、なんと言えばいいのか。
「た?」
「たっ…たなくなったんだ…」
諦めて白状するが、声が小さくなってしまった。
それを聞いて、彼女は一瞬呆気にとられたような顔をする。
「はあ。 不能ということですか? 私に関係ないじゃないですか。」
「関係ないわけないだろう! 君に色々されてからなんだぞ!?」
「プライドがずたずたにされて自信がなくなっちゃったんでしょうか? それとも…気持ちよすぎて、ハマっちゃいました?」
ちろりと舌を出して、小生意気な微笑みを見せる彼女。
「そんなわけがないだろう… ! とにかく、責任を取って治してくれ。」
はあ、とため息をつく彼女。
心底面倒そうな顔をしている。
「どんな風に責任を取ればいいんですか?」
「今度は、俺の得意なルールでゲームをしてもらう。」
男としての矜持を復活させれば、きっと元通りになるだろう。
そのためには、もう一度彼女と勝負して、俺が完全勝利しなければ!
「得意なルール…とは?」
「唇や舌を使っていいことにする。それから、制限時間を前回の3倍にしてくれ。 処女の身体を解すには時間が短すぎた。」
初めての女性には、ゆっくり優しく触れるものだと飲み仲間たちが話していたのを聞いた。
もう俺に死角はない!
「嫌です。」
「は?」
「嫌だと言ったんです。 どうして私が、貴方の不能を治すことに協力しなきゃいけないのですか? 触るだけならまだしも、舐めたり、舐められたりしろと?」
当然のように淡々という彼女。
「じゃあ前回のはなんだったんだ。」
「あの日は両親が出かけていました。 使用人も半分は両親に同行していたんです。 夜中だったし、大声を出しても助けてもらえないかと思って。 それなら、無理矢理犯されるよりは、ああした方が撃退できるかなと思っただけです。」
無理矢理犯すような男だと思われていたのは心外だ。
しかし、夜中に突然訪問するような初対面の男に、そういった不安を持つのは当たり前か。
まずい。
このままだと、俺は男として終わってしまうのではないか。
ここ数日抱こうとして抱けなかった女たちに、不能になったことを広められ、世間から馬鹿にされて生きていくことになるのではないか。
そんなことはさせない。
「美人と名高い伯爵家の末娘が、実はそこら辺にいそうな小娘で、男を惑わす手管に長けた汚れた女だと世間に吹聴されてもいいのか?」
少々汚い手だが、こちらも使えるカードは使わなくては。
「美人だという嘘の噂を塗り替えていただくのは私としては非常にありがたいですけれど… 残念ながら、汚れてはいませんね。 まだ男を知っているのはこの両手だけですから。」
掌をこちらに見せながら挑戦的に笑う彼女。
しかし、嫁入り前にそのような噂を立てられるのはまずいのだろう。
数瞬後に、神妙な面持ちをして考え込み始めた。
「…わかりました。」
彼女はまっすぐに俺を見て言葉を続ける。
「ただし、先攻は公爵様からにしていただけますか。 …私は進んでしたい訳ではないので。 前回同様公爵様が下手くそなままなら、後攻の私は手だけで触れさせていただきますね。」
随分なめられたものだ。
「下手くそという言葉は腹が立つが…いいだろう。 その他人を見下した態度を改めさせてやろうじゃないか。」
俺は自信に満ち溢れていた。
何故なら俺は今、不能だからである。
怪我の功名とはまさにこのことだ。
都で1番人気の踊り子や色香に満ちた未亡人にぴくりともしなかった下半身を携えた今、俺に怖いものなどない!
……筈だったのに。