忌まわしい前世
「私の勝ちですね。」
目の前でイケメンが冷や汗をかいている。
公爵様とあろうお人が、床に膝をついて。
「…嘘だ。」
「現実ですよ。 公爵様、とても気持ちよさそうでしたね。」
私は全然気持ち良くなかったです、と追い討ちをかけてやろうかと思ったが、唖然としている公爵様が可哀想なのでやめた。
「じゃ、お帰りください。」
「へ?」
「貴方が勝ったら、私の身体をお好きなようにして結構です、とお伝えしましたよね。 私が勝ったのでお帰りください、と言っているのですが。」
こんな生意気な言い方をすれば、怒って襲いかかってくるかもしれないと少しだけ不安に思ったが、処女の小娘に負けて放心状態の公爵様は、ふらふらしながら帰っていった。
テクニックに自信があったようなので、鼻っ柱をへし折ってしまって申し訳ない。
でも正直、痛かった。
処女はあまり相手にしたことがないのかもしれないな。
公爵様の姿が見えなくなったところで、ふう、と一息つく。
まさか、忌々しいとまで思っていた記憶が、こんな風に役に立つとは。
私には前世の記憶がある。
前世の私はこの国ではなく、日本という国に住んでいた。
今と同じように見た目もスタイルも普通だった私が、唯一周囲の人間と違ったのはーーー
家族が特殊だったこと。
母、AV女優。
父、AVカメラマン。
兄、成人向け漫画家。
祖父、官能小説家。
祖母、飲食店経営(何の、とは言わない)。
同級生や近所の人には、汚い金で育てられた子と蔑まれてきた。
男性にはいやらしい女だと思い込まれて、何度も関係を迫られていた。
友人も恋人もできず、根暗な私は二十歳の夏、大学に向かう途中に交通事故で死んだ。
そんな私を憐んだのか、神様が転生させてくれたようだけど、今度は両親に溺愛されて軟禁とは…。 せめて見た目くらい美人にしておいて欲しかった。
それは置いておいて。
前世で両親から日常会話のように下ネタを振られたり、兄の原稿を手伝ったり、祖父の執筆した本の読書感想文を書くよう強要されたり、祖母の店の門外不出のテクニックを教えられたり、本当にやめて欲しいと思っていた数々の出来事が、先程の公爵撃退に役立ったようだ。
本当に驚いた。
役に立つんだ、この知識。
前世では、一度も日の目を見なかったけど。
「…変な噂、立たないといいなあ。」
嫁入り前の貴族の娘が身体を差し出すなんて、この世界では絶対にあってはならない。
お兄様の手引きで屋敷に入ったと言っていたけれど、お兄様は自分の妹が汚されたと世間に噂が立ってもいいとお考えなのだろうか。
自分が遊び歩いているからといって、飛び火させないでほしい。
まあ、今日は身体を差し出した訳ではないし、大丈夫かな。
とりあえず、今日は疲れた。
さっさとシャワーを浴びて、もう寝よう。