幽閉の姫君
アーサーから、
『7日後の夜、両親が親戚主催のパーティーに参加することになっている。遠方だからその日は帰ってこない。俺の客だと使用人には伝えておくから、その夜にうちに来てくれ。』
とだけ伝えられ、当日を迎えた。
伯爵邸に着くと、アーサーが出迎えにくる。
「よく来てくれたな! …こっちだ。」
使用人を下がらせて、アーサーは屋敷を案内してくれるーーーフリをしながら、1つの扉の前に俺を連れてきた。
「ここが、妹のいる部屋だ。 俺は酒場に飲みにでも行ってるから、ゆっくり口説いてくれ。 くれぐれも、無理矢理は手ェ出すなよ。」
「わかってるよ。 手籠にするのは趣味じゃないしな。」
「じゃあな〜。 よろしく頼むぜ。」
アーサーが去っていくのを見届けて、扉に向き直る。
ノックをすると、か細い声が聴こえた。
「…はい。」
「夜分に申し訳ない。 ″幽閉の姫君″……貴女に会いたくてやってきました。」
「…どちら様ですか?」
扉から現れたのは、色白の細い少女だった。
「ーーー失礼。 私は、ノア・ド・ナフィアールと申します。 貴女のお兄様の友人です。」
「ああ…公爵様ですね。 お噂はかねがね。 兄がいつもお世話になっております。 アーリア・ナリミエ・ネルソンと申します。」
少女は深く頭を下げた。
ネルソン伯爵家の末娘についての噂はこうだ。妖艶な傾国の美女、ひと目見ただけで恋に落ちるような佳人。色香で惑わせる魔女、とまで聞いたことがある。
それに対して、目の前にいる少女はどうだ。
決して貧相ではないが、豊満とは言えないプロポーション。
醜くはないが、絶世の美女かと言うとそうでもない地味な顔。
総じて普通。
…期待外れだ。
「期待外れだ、と思ったでしょう?」
ぎくり、と背筋が凍る。
「両親や兄達が、根も葉もない噂を流すものですから…。 ごめんなさい。」
申し訳なさげに頭を下げる彼女。
そこではっと思い出す。
俺は今日、ここに何をしに来たのか。
彼女を惚れさせるために来たのだ。
「期待外れだなんて、そんなことはありません。 貴女は噂の通り、とても美しい。」
思ってもない言葉がぺらぺらと出てくる。女性を口説くのは得意だ。
「貴女にひと目お会いしたくて、お兄様に頼み込んだのです。 なかなか会えないという貴女に今宵出会えて、私は本当に幸せ者だ。」
「夜這いか…平安時代みたいですね。 貴方が光の君なら、私は末摘花…かな。」
彼女はくすり、と笑う。
「ヘイアン? ヒカル?」
「こっちの話です。 えっと…私が引きこもりだから、知らないとお思いかもしれませんが…公爵様の女性関係が華やかであることは、使用人や両親、兄達から聞いています。」
なんだ、知っているのか。
じゃあ、爽やかな青年の演技をする必要もない。
「それなら…話は早いな。 君の兄上から、君に男を教えるように言われて此処に来た。」
ここまで来たら抱かずに帰るのも癪だ。
無理矢理は駄目だと言われているが、女性は少し強引なくらいが好きなもの。
力づくなんてことはしないが、言葉で押すくらいはいいだろう。
と、思っていたのだが。
「…わかりました。」
驚いた。
男を知らないにしては、物分かりの早いお嬢さんだな。
「そのかわり、と言ってはなんですが」
優しく微笑んで、俺を見つめる彼女。
「ゲームをしませんか?」
彼女は、少しずつ俺に歩み寄ってくる。
顔が触れそうなところで止まり、こう囁いた。
「貴方が勝ったら、この身体…好きにしていただいて結構です。」
ごくり、と俺の喉が鳴った。
いやいや、俺は彼女より美人な女とか、スタイルのいい女をごまんと抱いてきた筈だ。
なのに、どうして俺は、彼女に強い色気を感じているんだ?
「…いいでしょう。 どんなゲームをするのですか?」
チェスやトランプは得意だ。
他のゲームでも、頭も使うものならきっと、引きこもりのこの娘よりうまく出来るだろう。
そんなことを考えていたとき、彼女は恥ずかしげもなく言った。
「相手の身体を触って…この砂時計が終わるまでに、相手を性的に満足させることができたら勝ちです。」
耳を疑った。
「ルールは簡単。 使っていいのは両の手のみです。 唇や舌は使ってはいけません。 相手の身体は、どこを触っても構いません。」
淡々と説明する少女に、開いた口が塞がらない。
「えっと…君、そういう経験が、あるのか…?」
「ありません。 他人に触ったことも、触られたこともございません。ですから、」
彼女はぺろりと舌を出して、いたずらっぽく笑う。
「経験豊富な伯爵様には、簡単なことでございましょう?」
この時、馬鹿な俺は、彼女は俺に抱かれたいが素直になることができないため、こんな提案をしてきたのだと解釈して思考を止めた。
だっておかしいだろう。
男を知らない女が、こんな提案できるはずがない。
屋敷に引きこもりの、世間擦れしていなさそうな彼女に、高確率で処女であろう彼女にーーー
経験豊富な自分が、負けるはずがないと、そう思っていたのである。