悪友からの依頼
その日、俺は非常にいい気分で酒を飲んでいた。
何故いい気分だったのかは、今となっては思い出せないけれど。
どうせ、目をつけていたイイ女が言い寄ってきたとか、そんな程度のことだろう。
隣には同じように酒を飲む、長い付き合いの悪友がいた。
そいつは突拍子もなく、こう言ったのだ。
「俺の妹を落としに来ないか。」
「…は?」
冗談だと思った。
「馬鹿なこと言うなよ。 お前、俺のこと、誠実で真面目で立派な男だと思ってたのか?」
「いんや、全然。 その無駄にいい顔に寄ってきた女達を来るもの拒まず抱いて捨てる、食虫植物みたいな男だと思ってるけど?」
「失礼だな。 まあそうだけど。」
正直、この顔と公爵という爵位によって、俺の人生はイージーモードだ。
勝手に女は寄ってくるし、食うのも寝るのも仕事にも困らない。贅沢な人生だ。
「だろ? 付き合い長いからな。 お前のことはよく知ってるぜ。」
そいつーーーアーサー•ディル•ネルソンは快活に笑う。
「この間も俺が狙ってた踊り子に手ェ出しただろ。 3回会っただけで捨てられた〜って泣いてたぜ。 相変わらず、餞別にキスしてさようなら、だって? なんなのそれ、挨拶?」
「昔相手にした女が、最後にキスして欲しいってねだってきたから、そんなので喜ぶなら皆にしてやろうって思ってるだけ。」
「うわー、本当にクソ野郎だわ。」と言いながら、アーサーはニヤニヤと笑っている。
「じゃあなんで、お前の大事な大事な妹をクソ野郎の生贄にしようとしてるわけ? 恨みでもあるのかよ。」
「ねえよ。 うちの妹が、両親に溺愛されてるの知ってるだろ?」
「…ああ、聞いたことはある。」
ネルソン伯爵家の末娘は、それはそれは美しい女性であり、悪い虫が寄り付かないように固く守られている”幽閉の姫君”であると。
そのため、家族以外でその娘に会った者はいないそうだ。
それを聞いたときに、俺はこう思った。
家族以外に会っていないのに、誰が噂を流せるんだよ、と。
どうせ、家族が娘を軟禁する理由をこじつけるために吹聴しただけのほら話だろうと思っていたのだが。
「変な男に捕まらないように、って、家からほとんど出してもらえないんだよ。 可哀想だろ?」
「まあ…可哀想かな。」
その話が本当なら、お家の事情で10年以上も屋敷に缶詰め状態ということだ。
兄のこいつは好き勝手やっているというのに。
「だろー!? それで俺は考えた! そんな妹を元気にする方法を!」
「へえ。 それで?」
そいつは、得意げな顔で酒を掲げながら言った。
「顔のいい男と恋愛させる!」
馬鹿みたいな案を、自信ありげに。
「…だから、俺に行けと?」
「そういうことだ。」
腕を組んで意気揚々としているそいつを見て、ため息が出た。
「お前が依頼してるの、ご両親が心配してる変な男代表だってことわかってる?」
「大丈夫だろ。 俺の妹がお前なんかに引っかかるわけない。」
「言ってることとやってることが矛盾してるんだよ。」
頭を抱えるとはこのことだ。馬鹿な友人を持つと苦労する。
「とりあえず、ちょっとでも話し相手になってくれれば良いわけよ! 無理矢理手を出したら許さねえ。」
「…まあ、興味がなかったわけじゃないし、いいよ。 絶世の美女、拝ませてもらうとしよう。 それに…」
俺はグラスに入った酒を煽って、言う。
「無理矢理じゃなければ、手を出していいんだろう?」
この時安請け合いしたことを、俺は後に後悔することになる。
何故なら、そいつの妹はーーー
大変な女だったからである。