デート
俺は考えた。
こんなに執着する理由があるとすれば、間違いなく。
抱いていないからだ。
なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
俺は別に、彼女のことが好きなわけじゃないんじゃないか?
抱けそうで抱けない、手に入りそうで入らないところで焦れに焦れているから、執着しているだけかもしれない。
きっとそうだ!
そうと決まれば話は早い。
「というわけで、抱かせてくれないか。」
「馬鹿なんですか?」
夜会から数日が経った。
あんな別れ方をした後なので、屋敷に入れてもらえないだろうと長期戦を考えていたが、アーサーにすんなり通された。
アーリアには、彼女の部屋を開けた瞬間に舌打ちをされたが。
しかし、俺はめげない。
「だから、君に男を教えてきたのは俺なのに、他人においしいところだけ盗られるのは癪に触ると言ってるんだ。」
「…はあ。 そうですか。」
「君だって、俺が押し掛けてくるの迷惑だろう? 一晩俺に抱かれるだけで君は自由になれるぞ。」
「そう思うなら押し掛けてこないでください……。」
彼女は呆れたような顔をしてため息をつき、読んでいた本を閉じた。
「わかりました。」
ーーー…えっ。 いいの?
俺は内心焦る。
正直、ふざけるなと一蹴されて終わりかと思っていたのに。
「い、いいのか? 君は貴族の娘なんだぞ? そんなに簡単に身体を許していいと思ってるのか!」
「自分で申し込んできたくせに何をおっしゃってるんですか。 結婚する殿方との初夜に、初めてらしく演技しますからご心配なく。」
彼女は扉の前に立つ俺に数歩近づいてくる。
「その代わり、私もお願いがあるんですけれど。」
彼女は首を傾けて、蠱惑的に微笑んだ。
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「買い物?」
あの後突然彼女に引っ張られ、馬車に乗せられ街に出てきた。
「はい。 先日のパーティーで、何人かの殿方からお誘いを受けまして。 アクセサリーと靴を購入したいのです。 先日のドレスは結局兄と一緒に選んだので、今度こそ、私に合うものを見繕ってくださいな。」
他の男の誘いに使うものと聞くと思うところはあるがーーー
なんだかデートみたいだ。
先日の夜会以外では彼女の部屋で過ごしてばかりだったので、とても新鮮に感じる。
「街一番人気の装飾品店に連絡してありますので、そこに向かっています。」
とても楽しそうな彼女の横顔を見る。
きっと彼女は、他の年頃の女の子と同じでアクセサリーや靴を選ぶのが楽しみなのだろう。
決して、俺とデートをしているからではない。
そこは勘違いしてはいけない。
わかっているのに、少し頰が緩んだ。
装飾品店に着くと、店員が出迎えにきた。
「ナフィアール公爵閣下、ネルソン伯爵令嬢、お待ちしておりました。 ゆっくりお選びいただけるよう部屋をご用意いたしましたので、どうぞこちらへ。」
部屋に通されソファに座る。
すぐに店員がいくつかのアクセサリーを持ってきた。
「うちの店で最も美しいものを揃えて参りました。 いかがでしょうか?」
青い宝石、透明な宝石、緑の宝石、赤い宝石………順番に見て、1番に気になったものは、ピンクゴールドの装飾をあしらった桃色の宝石のネックレスとイヤリング。
「…この宝石は、君に似合うな。 君の瞳の色に合う、美しい色だ。」
アーリアの耳にイヤリングを着けてやり、彼女の長い髪を耳にかけてやる。
やはり、これが一番しっくりくる。
「そういう言葉は、公爵様のファンの方々に言うと喜ばれると思いますよ。 …というか」
袖を軽く引かれ、彼女に少し寄る。
すると彼女は、俺の耳に唇を寄せて、囁いた。
「情熱的な口説き文句は、ベッドの中でお願いしますね。」
「なっ……!!」
驚いて飛び退くように彼女から離れた。
店員もいるというのに、なんて言葉を吐くんだこの娘は。
「顔が真っ赤ですよ、公爵様。 どちらが生娘なんだか。」
ふふ、と楽しそうに笑う彼女を見て思う。
本当に、悪魔のような女だと思う。
俺を惑わせて、狂わせて、振り回して楽しんでいる、愛しい俺の悪魔。
……愛しい? 俺の?
違う違う! 俺はただ執着しているだけだ!
決して彼女を愛しいなどと思っていない!
頭をふって考えを改める。
「パパラチアサファイアですね。 とある地域では、《一途な愛》や《運命的な恋》の象徴とされているんですよ。」
アーリアは鏡を覗き込んで、自身の耳についたアクセサリーを見つめる。
「公爵様は似合うとおっしゃってくださりましたが……そういう意味では、私たちには全く似合わない宝石ですね。 これはやめておきます。」
アーリアは着けていたイヤリングを外して、店員に渡した。
「そうですか、残念です。」
「でも、青いものと緑のものも素敵ですね。 公爵様、どちらがいいと思いますか?」
彼女はすぐに違う宝石を指差す。
店員が桃色の宝石のアクセサリーを片付けようとするのを、目の前に手を出して制した。
「これを頂けるだろうか。」
「えっ、公爵様?」
「あと、青いものと緑のものも一緒に頂きたい。」
「はい! ありがとうございます。 すぐにご用意いたします。」
店員がアクセサリーを持って別室に下がっていくと、アーリアが俺の服の裾を引っ張った。
「公爵様、私の話聞いてました? それに、3つも買うお金持ってきてないですよ!」
「俺が贈るから金の心配はしなくていい。 話もちゃんと聞いていた。 要らないと言ったんだろう? でも、俺は君に似合うと思った。ーーー…俺が、君に贈りたいと思ったんだ。」
なんでかは、わからないけど。
君に着けて欲しいと思った。
「嫌なら着けなくていい。 持っててくれるだけでいいから……駄目か?」
「……別に、駄目じゃありませんけど。」
彼女は少し俯き気味に、小声で言う。
「……ありがとうございます。」
俯いた顔が、少し赤くなっている。
照れているんだろうか。
ベッドでもそんな顔しないくせに。
「あ゛あ゛………」
「何変な声出してるんですか……。」
顔を手で覆って下を向く。
違う。
決して可愛いなんて思ってない。
惑わされるな。
むしろ俺は今、彼女を罠にかけているところなのだ。
女性がプレゼントに弱いのは経験上わかっている。
彼女が照れているのは、俺の作戦がうまくいっている証拠だ!
毅然としろ、俺!
「それで? アクセサリーの次は靴だっけ?」
緩んだ頬に力を入れて無理矢理表情を作って尋ねる。
「そうです。 靴屋にも連絡を入れてありますので、この後向かいましょう。」
立とうとする彼女に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」と軽く礼を述べて彼女が俺の手を握る。
立ち上がった彼女は、そのまま手を俺の腕に回してきた。
「………。」
「どうかしましたか? 行きましょう。」
これは、なんだ?
ああ、あれか。
『プレゼントありがとう。 次に買う靴もよろしくね。』 のおねだりか。
さすが魔性の女。
随分畳みかけてくるじゃないか。
そんな手に乗ってやるものか。
………。
「………靴も……俺が贈るから。」
悪い女に騙されてる気分だ。
「え? 自分で出しますよ。 最初から自分で買うつもりだったので。 買っていただく義理もありませんし。」
なんでこの女は俺が歩み寄ると離れていくんだ。
本当に、何がしたいんだ……。
そう思いつつも、腕に感じる温かさをずっと離したくなくて。
馬車までの道のりがもっと長くなればいいのに、と考えていた。