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1-5 その時点では、二人のどちらを口説く気も

その時点では、二人のどちらを口説く気も全くなかったのだが、そんなことを言ってももちろん信じてもらえないだろう。


その後に起きたことを考えると、弁解にしか聞こえないのだから。

会ったその日の夜のうちにどうこうなりたいとは、思ってみもしなかったが、健康な20代の男の常で、そういう期待は心の片隅にいつもあった。

そして、少し甘めのリースリングを飲んでは嬌声を上げるカチヤのことを可愛いと思わなかったと言えば嘘になる。


カチヤは至ってシンプルな服装をしていた。

アメリカのファッションブランドのロゴが入った白のTシャツにダメージ加工の入ったジーンズは特別なところは特に何もなかったが、サイズ感が絶妙なのと彼女の派手な顔立ちのせいで、とても洗練されて見えた。

こんな子とデートできたら楽しいだろうと、男なら誰もが思うような女だった。

ご多分にもれず、僕もそう思った。


ビーチかどこかに呼び出して、ワインでも飲む。

その次は2人でどこに行くか、波の音を聴きながら話し合うのだ。

もしかしたら、何もかもが上手くいって、どうにかなってしまうかもしれない。

あるいは、気持ちが盛り上がって、違う国で会う計画を立て始めるのかもしれない。


だが、そのためには、何とかして彼女からオルガを引き離さなければならない。


僕が頼んだボトルのワインから、半分近く中身がなくなったタイミングで、オルガがおもむろにスマートフォンを取り出して、ワインボトルのエチケットの写真を撮った。

すると、カチヤがそのボトルを持って顔の横に持ってきて、カメラに向かって笑った。

オルガが写真を撮ると、カチヤは写りを確認する。

それが終わるとワインボトルはオルガに渡される。

性格のきついウクライナ美人はボトルを両手て支え、目線を横目に向けてポーズを取り、それをロシア娘が写真に収める。

そんな風には、2人がモデルとカメラマンごっこをしてる様子を、僕は自分のスマートフォンのカメラで撮った。

ついでにそのままオルガにカメラのレンズを寄せて何度かシャッターを切る。

自分のスマートフォンをしまったカチヤがオルガの横から、カメラのフレームの中に入ってくる。


「いいね、2人とも美人だ。

目線をこっちに、笑って。

いいね、最高だ。」


僕がカメラマンっぽく話すのが面白かったのか、カチヤが笑う。

その表情も、カチヤ1人だけのクローズアップで写真に撮った。


「いや、こりゃ、またすごくよく撮れてますね。」


取れた写真を2人に見せていたら、それを覗きこんだバーテンダーが感想を漏らした。

オルガは誇らしげに微笑んだ。


「モデルとカメラがいいからね、このくらいは当然でしょ。」

「できればカメラマン役のことも褒めて欲しいもんだけどね。

撮った写真はどのアプリで送ったらいい?」


僕はカチヤの目を見て聞いた。

是非ともカチヤに答えて欲しい気持ちが態度に出てしまっていた。


「WhatsAppだね。

アカウント持ってる?」


カチヤは自分のスマートフォンを僕に見せようとする。

そこにオルガが被せ気味にカチヤを止める。


「カチヤ、知らない男にそんな簡単に連絡先を教えるなって、いつも言ってるじゃない。

こんな奴、私のメッセンジャーにメールを送らせればそれで十分だよ。」

「いや、オルガ、カチヤの写真もあるから、彼女の連絡先も知りたいんだけど。」

「私がカチヤに送っておくから問題ないよ。

ほら、私の名前でFacebookで検索するから、ちょっと電話貸して。」


カチヤのWhatsAppの番号の方がいいと言いたかったが、上手い言い訳が見つからなかった。

そうこうしているうちに、オルガは僕の携帯を使ってFacebook上で自分宛に申請を送った。

仕方なく、手元に帰ってきた携帯から撮った写真を全部オルガに送った。

女子2人はオルガのスマートフォンを覗き込んで、これがいい、これが嫌だと、自分たちの写真を品評しはじめた。



写真の品評会が一通り終わると、カチヤとオルガは2人で一緒にトイレに行った。

カウンターは僕だけになり、バーテンダーはまた煙草に火を点けて煙を吹かすと、英語から日本語に切り替えて話しかけてきた。


「随分気に入られたみたいですね、珍しいことに。」

「珍しいんですか?

あの2人、ナンパはするのもされるのも、どっちも手馴れてる感じしかしないんですが。」

「いつもだと、カチヤ狙いで寄ってきた男をオルガが撃退して、その後何度話し掛けても無視されて終わりなんですよ。

オルガがあんなに楽しそうだから、今日のカチヤはまた一層楽しそうにしているし、いい感じです。

2人がいつもそんな風に振舞ってくれたら、うちのバーも売上伸びそうなもんなんですけどね。」


そりゃなかなか他力本願なバーの経営方針ですね、と言いそうになった言葉をすんでのところで飲み込んだ。


バーテンダーと、その日の朝に会ったバーのオーナーについて話していると、スラブ系女子2人がトイレから戻ってきた。

結構時間がかかってたので、化粧でも直していたのだろう。


「オルガと話してて、今からパーティーに行こうって話になったんだけど、東亀は行く?」

「いいね、どんなパーティー?」

「アジアンパーティーなんだけど。」

「いや、わかんないんだけど、何それ?」


2人の説明するところによると、どうやらK-Popを主にかける大箱のクラブが近くにあるらしく、そこでは地元の子も旅行者も関係なく、大勢のアジア人が曜日にかかわらず、朝が来るまで終わることのないダンスを狂うように楽しんでいるということらしかった。


「てっきりヨーロッパ系が多いところが好きなんだと思ってたけど。」

「そういうのはもう飽きたんだ。

長期滞在者にしろ観光客にしろ、ヒッピーきどりかヤッピー崩ればっかりで、毎回同じ話しかしないからつまらないし。」

「同じ話って?」

「金と仕事とこれまで旅行で行った場所とドラッグ。

女は金持ちかモデルの男を紹介してくれって言うし、男は下手くそな口説き文句でこの後暇って聞いてくる。

他に言うことないのかって毎回思うよ。」

「たまには面白い人もいるけどね。」


オルガの辛辣なコメントにカチヤがフォローを入れると、そんな甘い顔するからカチヤは変な男ばっかり寄ってくるんだよ、とオルガが空を仰いだ。


「そんな遠くないなら、面白そうだし、行ってみたいね。」

「すぐそこだよ、歩いて10分かからないくらい。」


一緒に行ってみたいと僕が伝えると、タイミングを見計らったかのようにバーテンダーが勘定を2枚僕らの方に回してきた。


「ここは払うよ。

その代わり、クラブでビール一本買ってよ。」


僕がそう言うと、オルガは口の端を少し吊り上げた。

もう少し感情表現が豊かなら、もっととっつきやすいのになと僕は思った。



空調が利いたバーを出ると、生暖かい空気にちょっと汗をかいてしまった。

カチヤが僕の体のにおいに気が付かないように、とこっそり祈った。


「原付が近くに停めてあるから、それに乗って私は先にクラブまで行くね。

東亀はオルガと一緒に歩いてきて。」


カチヤはそう言うと、さっさと歩いて行ってしまった。

一緒に行く相手の組み合わせは変えられないのかと聞く間もなかった。


「何ぼさって立ってんの? 早く行くよ」


オルガはカチヤが歩き去っていくのを目で追っていた僕の手を取った。

当たり前のようにしっかり指の間に指を入れて手をつなぐ。

びっくりしたが、韓国人みたいに異性の友達でも歩くときは手をつなぐのがマナーだと考えているのかもしれないと思い、とりあえず歩き出す。

言葉とは裏腹にゆっくりなオルガの足取りに合わせて歩いていると、まるで恋人と散歩を楽しんでいるみたいな、不思議な気分になった。


「あんたさ、バーで女に声をかけるのに随分慣れてるみたいだけど、いつもこんなことしてるの?」

「バーって、女でも男でも、誰でも結構知らない人同士で話したりするもんじゃない?

少なくとも、ロンドンとサンフランシスコと東京と香港じゃそんな感じだったよ。

ウクライナでは違うの?」

「ふーん、そうなんだ。

で、初めて会った女と、いつもこういう風に楽しく遊んでるってわけ?」

「だから女に限らないって。

去年、サッカーの日本代表戦があった時、スポーツバーに行ったらあまりにも混んでて入店できなくてね。

一緒に入店を断られた知らないおっさんがプロジェクター付きの部屋に住んでるっていうから、そのまま居合わせた何人かでコンビニで酒とつまみ買って、そのおっさん家に行ったよ。

結果的にめちゃくちゃ盛り上がって、隣の部屋の人に静かにしろって怒鳴られた。」


そんなくだらない話をしているうちに、ハン川の河川敷に出る。

遠く右手には眩しいくらいの明かりに照らされている橋がぼんやりと浮かび上がっている。

橋の反対側に向かって曲がると、背の高いホテルの建物が正面に見える。

オルガは僕の手を引いて、その脇を抜けてさらに真っすぐ進んでいく。


「クラブまではまだ歩くの?」

「もうすぐそこだよ。」

「そうなんだ、じゃあ、ちょっと待って。」

「何?」


僕は繋いでた手を放して、逆手で彼女の手を握り直し、隣を歩いていた彼女の顔を僕の方に向き直らせた。

繋いでなかった方の手で彼女の目元にかかっていた長い前髪を耳の方に流したら、オルガが目を細めたので、耳から顎に指を滑らせてキスをした。


レーティングとコンプライアンスと、その他もろもろの関係で詳しくは書けないが、長くて、情熱的で、親密なキスだったと我ながら思う。


「はい、おしまい。」


たっぷり、30秒は経った後に、オルガは顔を放して、振り返って歩き始めた。

急に手を引っ張られたのを、転ばないように体のバランスを取りながらオルガの進む方を見ると、バイクのすぐ横に立ったカチヤがこっちを見ていて、綺麗に整った顔をにやけさせて笑っていた。

レーティング遵守しながら書くのって、ものっそい大変ですね。

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