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前書き

大事なことなので最初に断っておくが、この話は全てフィクションだ。


主人公の浮世月見之介(うきよつきみのすけ)という人物は、名前からしておよそ実在するようなものではないとわかっていただけるだろう。

彼の名前は別に何でも良かった。

「エマニュエル・ゴールドスタイン」でも、「アウレリャノ・ブエンディア大佐」でも、あるいは「素晴らしい日本の戦争」でも、全く差し支えなかった。

また、彼は決して、作者の分身などではない。

したがって、これは自伝的小説でもない。

誤解も弁解もする余地もなく、そんな要素は含まれていない。

その点は、読者諸姉諸兄によくお見知り置きいただきたいところである。



--------------



これはあくまでキャラクター設定上の話だが、浮世月見之介という男は煩悩の権化である。


この文章のタイトルがまだ今とは違うものだった時、もともとのモチーフテーマとして、月見之介の性と愛の遍歴が事細かに描写される予定だった。

7歳の月見之介がなんちゃらレスに悩んでいた出入りの家政婦に押し倒されて、フィラデルフィアだかボストンだかで近代日本文学に親しんでしまうような教養あふれるお上品なご婦人が「性的虐待の描写が辛くて読めない」と言いかねないような行為を通じて、いかにして性愛の悦びに目覚めたのかを、何行も、何ページも、おじさんがメッセージングアプリで若い女に送り付けるような、綿密でねちっこく、長く冗長で、不快な表現を重ねに重ねて書き連ねていく予定だったのだ。



『月見之介チャン、今日もお疲れ様。

おじさんは今さっき、(家の絵文字)についてシャワーを浴びたところだよ。

月見之介チャンもお風呂(お風呂の絵文字)でキレイキレイしてるところかな? 

今日の月見之介チャンの家政婦さんとの触れ合いを見てて、おじさんもぞくぞくしちゃったよ(ハートの絵文字)。

今度は家政婦さんとばっかりじゃなくて、おじさんともイチャイチャしてほしいな(キスしている男女の絵文字)(ハートの文字)(色違いのハートの絵文字)、なんちゃって(水滴が3つ飛び散る絵文字)(笑顔の絵文字)』


と、いうような具合に。



ところが、インターネット小説というのは思った以上にレーティングが厳しい世界で、文章を投稿するにあたって色々と規約を読んだところ、作者のほの暗いフェティシズムはあっさりとお蔵入りになった。

かくして、浮世月見之介の恋と冒険は、その肝心要、突かれるべき核心を喪失したまま、別のモチーフを用いて描かざるをえなくなった。


しかるべくして、作者に残されたのは、2つの選択肢だった。



<選択肢 ①>


通り一辺倒で表層的な、作家としてのキャリア初期のサマーセット・モームですら使うことを躊躇するような表現上のクリシェ、つまりは記号の羅列。


7歳で家政婦にもてあそばれ、8歳にして中学生だった年上の幼馴染をままごとにかこつけて口説き、9歳には家庭教師の女子大生に着替えを見せつけて、10歳で男勝りな同級生に女であることの意味と悦びを意識させた月見之介。

特に整った顔立ちというわけでもないが、中性的に無防備で、煽情的に軽薄な表情が薄い唇が女たちの脳下垂体を催させる「歩くエクスタシー」は運命的なメガプレイボーイとしての短い一生を駆け抜ける!


12歳からずっと、ほとんど夜に一人寝することなく日々を過ごし、15の時には18歳のホステスの家にビーフシチューを作らせてくれと言って上がり込み、紆余曲折の末に妊娠させた。

18になると、シングルマザーの家に転がり込んだ。

夕方までは子どもに夕飯を作って食べさせ、夜になり年上の女が帰宅してくると、晩酌に付き合いマッサージをして一緒に風呂に入り、風呂上がりには髪の毛をドライヤーで乾かした。

年齢を重ねるにつれ、人としてますます軽薄な行為を繰り返しながら、考えだけは円熟味を増し、月見之介は苦悩していく。

愛とは何なのか。

生きる意味とは愛なのか。

愛ではないのだとしたら何なのか。

新進気鋭の作者が書き下ろす、感動の肉欲まるかじり一代記!!



いくら前書きとはいえ、こういうことを書くのは蛇足でしかないのだが、本来であれば、こうした一つひとつのエピソードの陰で何千回と繰り返されたであろう、シーツの間で愛をシェアするやりとりについて、読者の皆様に煽情的な描写として供される予定だった。

愛がシェアされる度に月見之介の女たちへの接し方は間違い、やり直され、練られ、洗練されていったのだが、それらは一切言葉にされることが許されなかった。

その描写は、比喩的な意味でなく、この社会に蔓延する凡百の大人向けビデオよりもずっとためになるパートナーの愛し方を読者に伝えられたにもかかわらず、不幸にも自主規制の対象となってインターネットの波間に塵と消えたのである。


本当は、月見之介に「僕はベッドの中じゃすごいって日本じゃ有名なんだよ」と、冗談っぽく、いたずらっぽく言わせたかったのに。

この文章が何かの間違いで商業出版に至った暁には、出版社の許可を得たうえで、このあたりを是非とも大幅に加筆したいところである。



もう一つの選択肢は、端的に言って、次のようなものである。



<選択肢 ②>


それなりに整った容姿だが、人としてまるでダメな勘違い野郎である浮世月見之介(34歳)の、性と愛における試みがことごとく失敗していく様を淡々と描写していく滑稽話のフリをした訓話。



今から始まる文章は、こちらの選択肢に基づいて書かれている。


あなたがもし、人の失敗する様を見て笑うという非人道的な行為に身をやつすのがどうしても生理的に受け付けない清廉潔白な人格者であるならば、作者の責任において、この時点でブラウザの「戻る」ボタンをクリックすることを強くおすすめする。


まあ、そうは言っても、インターネット小説の呪いにかかっている純真な読者諸姉諸兄の皆さまは、半自動的に「次へ >>」をタップしてしまうのだろうけれど。


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