共に行く誓い
宿屋で2人部屋を取った2人はそれぞれベッドに腰掛けた。
「まず聞きたいんだけど」
口火を切ったのはシリアだ。
「はい」
「どうして私がリュカを助けた人間だってわかったの。普通に考えて100年も人が生きてるわけないでしょ」
「そうですね。でも100年前に助けた少年が今どうしてるのかと聞いたのはシリアですよ」
「それだけで?」
「そんな昔の話をどうして知ってるのかと不思議に思ったのは確かです。でも、確信したのはその後。僕は『男の子が助け出された話』をどこで聞いたのかと尋ねました。でも、あの事件を知っている人は僕が助け出されたとは知りません。僕は町に自力でたどり着いたことになっているので」
「はぁ、カマをかけられたってわけね」
「僕自身夢でも見ていたのだと思いました。まさかあの女性が実在していたとは」
「それで、吹雪でも大丈夫か、なんて聞いてきたの? おかしいとは思ったのよ。普通は大丈夫じゃない」
「承諾されたらいよいよ本人で間違いないと思いました」
「なるほどね。まぁそれはいいわ」
「いいんですか」
「それよりもリュカが生き返ったことの方が気になる。あれはまさに死者の蘇生に他ならない。どんな方法を使ったの?」
シリアが身を乗り出して尋ねる。
「結論から言えば、僕は不死なんです。だから死なない。良くも悪くも」
「それは‥‥‥生まれつき?」
「いえ、最初から話します。僕が不死になったのは100年前、あの吹雪の日です」
そう言って、リュカは語り始めた。自身の半生を。
すべての始まりは100年前、大陸の南北を治める2国は戦争をしていた。激しい戦争の最中、北の国の人々は戦火を逃れて北上しようとしていた。そこに横たわっていたのが、あの山である。大陸の北へ行くには山脈を越えるか、さもなくば大まわりで迂回しなければならない。山脈の中で最も越えやすいところがその山だった。多くの人々がその山を越えて北上した。そして、リュカとその家族も山を越えようとした一家の一つだった。
「当時はまだ、天候の予測なんて占い頼りでした。獣も今より多くて、事故も多かった。それでも大まわりをしているような物資の余裕はなかった」
家族と共に山に入ったリュカは当時珍しくもない風雪に見舞われた。風に煽られて一家は谷底に転落した。
「両親が僕を庇ってくれました。谷底についた時両親は既に虫の息で、僕も大怪我を負っていました。でも、そこに」
そこに真っ赤に燃えた鳥が落ちてきた。その炎は生命力の象徴であるかのように赤々と燃えていたのだとリュカは語った。本能的に察したリュカは夢中でその鳥にかぶりついた。羽が喉につっかえても、炎に顔を炙られても、気にせずに貪った。
「その後どうなったのかはよく覚えていません。でもたぶんその時点で僕は不死になっていた。死んで体が燃えて、目が覚めた時には上から雪崩が降ってくるところでした」
「そこを、私が助けた?」
「やっぱりシリアだったんですね。幼い女の子の姿を見たはずなのに、記憶にある去っていく女性は少女ではなかった。そればかりはずっと夢だと思っていました」
気を失ったリュカはその後、シリアに町のそばまで運ばれたのである。そして、町に辿り着き奇跡的に生還した孤児として育てられた。
「その、火の鳥を食べれば、不死になれるということ?」
「おそらく」
「うーーん、まぁ手がかりとしては悪くないか‥‥‥」
「僕はあの時一目惚れしたんだと思います。去っていくシリアに」
「ふふ、でも残念。これは魔法で誤魔化してるだけなの。私の本当の姿は幼い方」
言うと、シリアの姿は溶けるように幼子の姿になった。10歳にも満たないように見える少女がそこにいた。大きすぎる服がずり落ちる。山では気にならなかったが、改めて見ると酷く血色が悪い。
「僕はどんなシリアでも好きですよ」
「あはは、ありがとう。不思議ね、なんだか恥ずかしいわ」
照れたように笑うシリアに釣られて赤面したリュカは誤魔化すように話題を戻すことにした。
「そ、それで。たぶんそれからです。僕が炎を扱えるようになったのも。まぁ、気づいたのはもっと先なんですが」
余談のように語ったリュカだったが、意外にもシリアはその話に食いついてきた。
「後天的に魔術師になったというの!?」
「だから、僕は魔術師では」
「いいえ。炎限定なんてあり得ないわ。リュカの中には確かに魔力がある。それで、使い方がわからなかったのね‥‥‥気づいたのはいつ?」
「‥‥‥僕が、2度目に死んだ時です。僕は吹雪から生還したことなんて、正直夢だと思っていました。そのまま孤児として町で育って、戦火から逃れてきた女性と結婚して、子供も2人」
「妻子持ち‥‥‥」
「はい?」
「いいのよ、続けて」
「は、はい。それで、家族もできたのでいよいよ山を越えようと思ったんです。戦争も激しくなってましたし」
「それで‥‥‥」
リュカはふるふると首を振った。
「ちょうど、戦争が終わる年でした。南の国がミサイルを打ってきたことがあったでしょう」
シリアもそれは覚えていた。戦争終結のきっかけとなったものだ。南の国が疎開先の手前である山にミサイルを落とした。その気になればその向こうに落とせるぞという脅しの意味があり、それを機に停戦することとなったのだ。
「それで‥‥‥」
「直撃でした。全員死んで、僕だけが生き返った。10歳の姿で」
「それで気づいたの?」
「はい。あの日の出来事が夢ではなかったことと、自分が普通ではないことに。試しているうちに炎の出し方をたまたま見つけて、それで料理人になったんです」
「あの町を出ようとは思わなかったの? 2度も家族を失った山でしょう?」
「だからこそですよ。なんとしても山を越えてやりたかった。絶対に越えられない呪いに縛られているような気分でした。シリアのおかげでここまで来れました。ありがとうございます」
「‥‥‥何言ってるのよ、守れなかったじゃない。次は、生きたまま越えましょう」
「そうですね‥‥‥ふふ」
「何がおかしいのよ」
「次の話ができるのが嬉しいんです。実を言うと、寂しかったので。皆が死んでも自分だけが生きてしまう。あの時は望んだ命ですが、今はこの不死の呪いを解きたい」
「火の鳥なら、解けるかもしれないわね」
「次は、シリアの番ですよ。どうして100年も生きているんですか」
「それは‥‥‥少し違うわ。私はもう死んでる」
そう言って、シリアは語り始めた。自身の半生を。
始まりは100年と10年前だった。シリアとその双子の妹は戦争孤児として生を受け、物心ついた頃には孤児院にいた。その孤児院は人体実験に協力していた。シリアと妹も被験者の1人だった。
「その時研究されていたのは、後天的に魔術師を作る方法だった。魔術を使うための条件って何か知ってる?」
「体内に魔力炉を持っていること、ですよね」
「それともう一つ、魂が魔力を扱う才能を持っていること。そもそも魔力炉のある人間が3割程度、ただ魔力を扱う才能自体は割と多くの魂が持ってる。才能があっても魔力炉がないから大半の人間は魔術師になれない」
「なら、魔力炉があって才能がなければ」
「それも魔術師にはなれない。でもその場合は他の問題が出てくる。魔力をコントロールできないから、体内で暴走させてしまって早死にしやすいし発育不良は避けられない。私の妹がそれだった。でも傍目からはその人の魂に才能があるか、魔力炉を持っているかなんてわからない」
研究者は片っ端から子供に魔力炉を埋め込もうとした。しかし後天的に埋め込むには負担が大きすぎたのだ。大勢の子供たちがその負荷に耐え切れずに死んでいった。
「そして、10歳になった時私と妹の番が来た。お国の為と洗脳されてた私たちは喜んで実験に協力したわ」
シリアは自嘲するように笑って続けた。
「当然のように失敗した。私は死んで、妹も死んだ。でも、気がついたら私は目を覚ましていた」
「それは‥‥‥成功したってことでは」
「違うわ。私は、妹の体で目を覚ましたの。確かに私の魂は体を離れた。でも、おそらく妹が、助けてくれた。夢を見た気がするの。妹が『お姉ちゃんは生きて』って言ってた。双子だったから、魂が定着できたのね」
「実験に協力したってことは、シリアは魔術師ではなかったんですよね」
「ええ、私の魂には才能があって妹の体には魔力炉があった。今の私は言うなればゾンビか妹の体に取り付いた幽霊みたいなもの。体は魔力で動かしてるに過ぎない。この体はとっくに死んでいるの」
「体を魔力で動かすなんてできるんですか」
「できるわ。膨大な魔力があれば。私は本能的に体を魔力で動かした。そして、逃げ出した。生きて、と言われたから。リュカに会ったのは逃げてる途中だったのよ。うっかり本名を名乗ってから、バレたらまずいと思って偽名を作ったの」
聞きながら、リュカは納得していた。シリアの顔色が悪いのは死者だからなのだ。
「だから、シリアも不死‥‥‥」
「それは違う。たぶん体から魂が剥がれるレベルの欠損を受けたら次はない。私はただ老いようがないだけよ」
「あの姿も、追手を誤魔化すためですか」
「あの時はそうだったけど、今は舐められないため。子供が傭兵なんてできないもの。本当は男の姿の方がいいんだけど、できるだけオリジナルに近い方が魔力の消費が少ないのよ」
「じゃあ、山で姿が戻ったのは」
「リュカを受け止めるために魔力を使い切ったから。体を維持できなかった。あの時飲んだ丸薬は魔力回復のやつ」
「あれ‥‥‥すごく苦いって聞きますけど」
「言ったでしょう。この体は死んでるの。味覚もないし、消化器官もない。食事は魔力を回復するために取る。でもその還元にも魔力を使うから、多少高価でも丸薬があればその方がいい」
「それで死者の蘇生方法なんて探してたんですね」
「ええ‥‥‥でもリュカのおかげで火の鳥っていう希望が見えたわ。あの山に行ったのも、思い返せば吹雪の中裸で生きてた少年が異常だと気付いたから。藁にもすがるってやつね」
「妹さんを生き返らせたいってことですか」
「いいえ、それはたぶん無理。私は‥‥‥約束を果たしたいのよ。死んだ体を永遠に動かし続けるんじゃなくて。ちゃんと、"生きて"死にたい」
2人の間に沈黙が落ちた。しばらくの静寂の後、口を開いたのはリュカだった。
「良かったです。シリアに会えて。独りは‥‥‥寂しかった」
「私もよ、リュカに会えて良かった。正直、心が折れそうだった」
「これからは一緒に連れていってくれるんですよね」
「もちろんよ、でも、その前にリュカには魔力の扱い方を覚えてもらうわ」
「はい。ご指導のほどよろしくお願いします」
リュカが戯けたように笑うとシリアも楽しげに笑った。
「リュカは死を探すために」
「シリアは生を探して」
「いつかどちらかの目標が達成されるまで」
そうして「よろしく」と笑い合った2人が『変幻の兵』として後世に名を残すのは、また別のお話。