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100年前から好きでした

 轟々と吹き荒ぶ吹雪の中、僕は誰かの腕に抱かれていた。肌を刺すように冷たい雪が身体を打ち付けているのに、どうしてか寒さを感じない。ぼんやりと薄目を開けて見上げた先には透き通るように白い肌と鮮やかな赤毛。


 夢を見ている。そう唐突に自覚した。


 僕が目覚めたことに気付くと、僕を抱いていた女性は立ち止まって僕を下ろした。何事か言って僕の背後を指差す。振り返ると、町の明かりが見えた。再び女性の方に向き直るとその人はもう僕に背を向けて、激しい吹雪の中を去って行こうとしていた。


「待って」


 僕が声をかけると女性は立ち止まって振り返る。


「もう行っちゃうの?」

「あとは一人で大丈夫でしょう?」

「ねぇ、名前。名前を教えて」

「私の名前は」


 そこでリュカはハッと目を覚ました。窓にかかったカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。随分と懐かしい夢を見た。吹雪の山から奇跡的に生還した、あの日の夢だ。

 そういえばあれは本当に現実だったのだろうか、とふと考える。あんな状態の山に入ること自体本来なら自殺行為だ。しかしリュカの記憶では女性は吹雪の中からリュカを連れ出したばかりか、リュカを置いて再度山へ戻っていった。これが現実であったならどう考えても普通ではない。やはり夢だったのだろうか。


「今更、考えても仕方ないか」


 どちらにせよ、もう彼女は生きてはいないだろうから。ため息を一つついたリュカはくしゃくしゃの茶髪を手櫛ですきながらベッドに腰掛けた。サイドテーブルから眼鏡を取り上げてかける。そうして手早く支度を済ませるとリュカは部屋を出ていった。


 リュカはとある町で宿屋兼小料理屋をやっている。決して大きな宿ではないが、町自体に訪れる人が多いおかげで特に生活には困らない。町の北にはすぐ険しい山があり、そこを通ると近道になるため先を急ぐ旅人は多少の危険を冒してもこの道を通る。その日も朝から何人かの旅人を見送り、何人かの旅人を迎え入れてきた。昼時を過ぎ小料理屋の客足も落ち着いてきた頃新たに訪れた人がいた。カランと音がして扉が開く。


「いらっしゃいませ」


 店奥にあるカウンターで手元のコップを拭く手を止めずにリュカは顔を上げると思わず目を見張った。鮮やかな赤毛を肩ほどまで垂らした美しい女性がそこにいた。しかし、美しいから目を見張ったわけではない。似ていたのだ。あの日、吹雪の山からリュカを連れ出した彼女に。いつの間にか手は止まり、じっと女性を注視していたのだろう。女性は不思議そうな顔をして尋ねた。


「私の顔に何かついているかしら?」


 その言葉に我に返ったリュカは自嘲するように笑って首を振った。


「ああ、いえ。すみません。美しい赤毛だったので、つい」

「そうかしら?ありがとう」

「お泊まりですか?お食事ですか?」


 気を取り直して、リュカが尋ねると女性はカウンターまで歩いてくる。


「両方よ。とりあえず2泊。食事は‥‥‥なんでもいいわ。任せる」

「なんでも、ですか。わかりました。ランチの残りで良ければ」

「それでいいわ」

「すぐ用意します。部屋はシングルでいいですね。後ほど鍵を渡します。適当に座ってお待ち下さい」

「ええ」


 店内には木製の机と椅子が雑多に並んでいる。奥にはカウンターがあり、さらにその奥には調理場があった。入り口のすぐ正面には宿部屋のある2階に繋がる階段がある。リュカは一度調理場に行き鍋を火にかけると、帳簿を取り上げて店内に戻った。手近な椅子に腰掛けていた女性の元まで行き、帳簿を開く。


「こちらにサインをお願いします」


 女性が記した『エアリース』という名前を見てリュカは内心ほっとしていた。ぼんやりとしか覚えていないが、自分の記憶にある名前でないことは確かだったからだ。やはり自分の勘違いだ。久しぶりにあんな夢を見たから似ているなんて思ってしまったのだろう。そもそも視界の悪い吹雪の中、きちんと顔が見えていたかも怪しい。


「こちらが鍵です。部屋は2階にあります」

「ありがとう」


 安堵と同時に軽い落胆も覚えながらリュカは2人分の食事を用意してエアリースの元に戻った。


「すみません。ついでなので僕もご一緒していいでしょうか?」

「もちろんよ」


 快諾したエアリースと向かい合うようにリュカも椅子に座る。


「ねぇ、あなたはいつからここで宿をやっているの?」


 食事を続けながらエアリースが話を振る。


「さぁ、たしか15の頃からだったと思います」

「ご両親の跡を継いだの?」

「いえ、僕は‥‥‥孤児ですので」

「そうだったの、私もよ」

「そうなんですね」

「ねぇ、あなたは、死者を蘇生する方法って聞いたことない?」


 食事を続けていたリュカの手が一瞬だけ止まる。


「‥‥‥そんな方法が、あるとでも?」

「あってくれないと‥‥‥困るのよ」


 どこか思い詰めたようにエアリースは答えた。


「すみません。僕にはわからないです」

「そう、ごめんなさいね。変なこと聞いて」

「いえ」

「‥‥‥なら、昔この山で吹雪の中から生還した男の子の話は聞いたことない?」


 今度こそリュカは持っていたフォークを取り落とした。カシャンと床に落ちて音を立てる。


「あっ、大丈夫?」

「は、はい。すみません。大丈夫です」


 リュカは慌てて落ちたフォークを拾うとカウンターの向こうへ代わりのフォークを取りに行く。カチャカチャと新しいフォークを手に取りながら、リュカの内心は穏やかでなかった。なんとか平静を装いながらエアリースの元に戻ると、エアリースは探るようにリュカを見ている。


「‥‥‥知っているの?男の子の話」

「え、えっと‥‥‥はい。まぁ。よく、ご存知ですね。もうだいぶ昔の話でしょう」

「そうね、その男の子は今どうしてるのかしら」


 エアリースは自分のことを知っていて、この話を振ってきたのだろうかとリュカは考えていた。あれはもう100年も前の話だ。奇跡的な生還だと当時こそ話題になったが今頃になってこの話を持ち出してくる人がいるとは考えにくい。


「‥‥‥そりゃあ、死んで、いるでしょう。とっくに」


 リュカが恐る恐るそう答えると、意外にもエアリースはあっさりと笑った。


「そう、それはそうよね。生きてるわけ‥‥‥ないわよね」


 リュカは少し逡巡してから思い切って言った。


「その、男の子が助け出された話、どこで聞いたんですか?」

「‥‥‥んー、どこだったかしら。たしかどこかの酒場だったと思うけれど」

「そう、ですか」


 翌日、エアリースは2階から降りてこなかった。そしてそのまた翌日の早朝、リュカが早めの朝食を食べているとトントンと階段を降りてくる音がした。まだ宿泊客が起き出すには早いのに、と顔を上げるとエアリースが気怠げに立っていた。


「おはようございます」

「‥‥‥おはよう」

「朝食、食べますか?宿泊客なら安くできますよ」

「‥‥‥いえ、いいわ。それよりこの辺りで護衛を探してる旅人なんていないかしら?」

「‥‥‥護衛‥‥‥?失礼ですが、傭兵の方でしたか?」

「ええ、そう。言っていなかったかしら」

「その、旅人は探せばいるかと思いますが、良ければ僕の依頼を受けていただけないでしょうか?」


 神妙な様子で切り出したリュカに対して、気怠げな様子だったエアリースも真剣な顔になった。


「詳しい話を伺えるかしら」


 リュカの話を聞いたエアリースは依頼を快諾すると、もう一泊していくことにした。依頼の内容が翌日にリュカが山を越える護衛だったからだ。天候の予測精度が向上し吹雪による遭難こそ減ったもののいまだ獣に襲われる旅人は後を絶たない。

 翌日、宿泊していた最後の客を送り出すと2人は宿を出た。時間は昼前といったところだ。町の北門に行くと人だかりができていた。


「何かあったのかしら」

「誰かに聞いてみますか」


 リュカが手近な人に声をかけようとすると、その前に話しかけてきた人がいた。


「やあ、リュカ。珍しいなこんなところで」

「‥‥‥あっ、兄さん。お久しぶりです。ちょっと山を越えようかと」


 兄さん、と呼ばれた男は不思議そうな顔をして言った。


「‥‥‥山を?なんでまた。でも残念だったな、これから吹雪になるらしいってんで、みんな立ち往生してるところだ」

「そう、ですか‥‥‥」


 リュカは落胆しながらも、逡巡していた。エアリースも何かを迷うように手持ち無沙汰にしている。肩を落としたままのリュカに同情するように男はリュカの肩を叩くと去っていった。


「あの」

「あの」


 同時に言って2人は顔を見合わせる。


「なに?」

「あ、あの。吹雪でも‥‥‥‥‥‥大丈夫、ですよね?」


 恐る恐るリュカが尋ねた。普通の人なら大丈夫なわけがない。しかし、この人ならという期待がリュカにはあった。果たしてエアリースは不敵に笑って答えたのだった。


「追加料金いただくわよ」


 先ほどまでの人だかりは半分以下に減っていた。皆今日は通れないと見ると宿を探しに行ったのだ。2人が門を出ようとすると当然門番に止められたが、強引に出る。死にに行くのは勝手なので門番もしつこく止めてくることはなかった。

 リュカはざくざくと雪の上を歩き、エアリースは軽やかに雪の上を滑るように行く。そこに足跡はできない。


「‥‥‥あの、どうやってるんですか?それ」

「足を少し浮かせてるの。浮遊魔法の応用ってところかしら」

「魔術師の方でしたか。でも浮遊魔法って魔力消費激しいんじゃ‥‥‥」

「コツがあるのよ。自在に空を飛ぶわけじゃないしね。そんなに消費激しくないわよ。リュカもできるんじゃない?」


 依頼をする際にリュカも名乗っていた。


「え、でも僕は魔術師では」

「この間、ご飯を用意してくれたとき。調理場で火をつけてた。あれ、魔術よね?」

「‥‥‥見ていたんですか。でも僕は魔術師ではないです。多少の火を起こすしかできないですし」


 エアリースは興味深そうにリュカを見つめる。


「おかしなことを言うのね。それができるなら、魔術師でしょう。きっと火属性以外だって扱えるわ。まさかやり方がわからない‥‥‥? でもそんなことって‥‥‥」


 話している間に雪は激しさを増していた。吹雪が来るという予報は正しかったらしい。あっという間に視界が悪くなる。冷たい雪がリュカの体を打ち付けるがやはり大して寒さは感じない。


「‥‥‥寒くないの?」

「あなたこそ。寒くないんですか? 魔術師でも寒さは感じるでしょう」

「私は‥‥‥大丈夫なのよ」

「僕も大丈夫なんです」


 2人は時折探るようにお互いを見ながらも歩を進めていった。この人はどこか普通ではないとお互いに感じていた。中腹で洞窟に入る。ここはトンネルになっていて向こう側に抜けられるのだ。洞窟を抜けるとそこは左手には深い谷、右手には高い壁がそそり立っている。ある者は風に煽られて崖に落ち、またある者は右手から襲いくる雪崩に巻き込まれる危険地帯だ。洞窟を抜ける手前でエアリースは立ち止まった。


「休憩してからいく?」

「‥‥‥その方が、いいですよね」

「それを言うなら町を出るのを待った方がよかったわよ。まだ歩ける?って意味」

「それは大丈夫です」

「なら、行きましょうか」


 洞窟を抜けると同時に先ほど以上の突風が吹き抜ける。リュカがバランスを崩してよろめくと、ドンと何かにぶつかった。何もなかったところに突如として氷の壁が現れたのだ。


「気をつけて」


 前を見ると崖沿いに氷の壁ができており、エアリースもそこに手をついていた。


「ありがとうございます」


 時折風に煽られながらも2人が危なげなく道を進んでいると、ゴゴゴゴゴと地響きが聞こえてきた。リュカが上を見上げるのとエアリースが左手を掲げたのは同時だった。パキンと音がして2人をすっぽりと覆うように氷のかまくらが現れる。先ほどまで体を打ち付けていた風と雪がぴたりと止んだ。直後大量の雪が落ちてきた。雪崩だ。半ば絶望的な気持ちでそれを見上げたリュカは既視感を覚えていた。


 10歳のあの日、この山で、激しい吹雪の中雪崩の音で目を覚ました。絶望的な思いでそれを見上げて衝撃に備えて目を瞑った。しかしその衝撃が訪れることはなく、薄目を開けると目の前で小さな少女が左手を掲げているのが見えた。少女は振り返って言った。


「大丈夫?」


 あの日の少女と今目の前にいるエアリースの姿が重なった気がした。


「あ、はい‥‥‥ありがとう、ございます」


 かまくらのおかげで雪崩はやり過ごせていたが、雪に覆われていて視界は真っ白だ。


「大丈夫そうね‥‥‥じゃあ行きましょ」


 かまくらとその先の雪に穴を開けてエアリースが先に這い出た。差し出された手を取ってリュカも外に出る。再び風が吹き付けるが、先ほどより弱まっている。視界も少しよくなった。

 積もった雪をエアリースが魔術で除けてリュカのための道を作っていると、再び地響きがした。また雪崩かとリュカが上空を見上げたが、落ちてきたのは雪ではなかった。


「あれは‥‥‥!」


 エアリースが驚愕の声を上げる。ドシャっと目の前に落ちてきたのは巨大な獣だ。硬い鱗に覆われた4足の足、鋭い牙の並んだ口、立派なツノ。それは2人の身の丈の優に3倍はあろうかという大きさの獣だった。


「やっぱり‥‥‥だめなのか‥‥‥」


 そう呟いたのはリュカだ。


「やっぱり、ってどういう‥‥‥っ、危ない!」


 起き上がった獣が足を振り下ろしてきた。危ういところでエアリースがリュカを庇って下がる。


「なんでコイツがこんなところに‥‥‥」

「普通は‥‥‥いないんですか?」


 ようやく冷静さを取り戻したリュカが問う。


「こんなのがいたら、この山は年中立ち入り禁止よ。危ないから下がってて」


 獣は咆哮すると正面から突っ込んできた。エアリースが氷の壁を出現させてそれを受け止める。ズズンと重たい音が響いて獣がぶつけた頭を振る。その時にはもうエアリースは獣の背に降り立っていた。気づいた獣が身を震わせる。


「ふっ‥‥‥遅い!」


 一喝。獣の背に当てられたエアリースの手から炎が吹き出た。苦しげに呻いた獣が逃げようと身を捩るが、エアリースが更にもう一撃加えると獣はぐったりと動かなくなった。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 声もなく呆然と一部始終を眺めていたリュカはそれを確認するとエアリースに駆け寄ろうと進み出た。いつのまにか吹雪は止んでいる。しかし、獣はまだ息絶えてはいなかった。


「っ‥‥‥危ない!」


 最後の力を振り絞って獣が左腕を振るう。その爪がリュカを直撃した。凄まじい衝撃と共にリュカの体が崖に投げ出される。落ちる、と思ったリュカだったが、ドサっと何かがリュカの体を受け止めた。エアリースだ。エアリースは浮遊魔法にさらに加速を加えて驚くべき速度でリュカの投げ出された方向へ飛んでいた。今度こそ息絶えた獣の前にリュカを抱えたエアリースが降り立つと同時、エアリースの体は溶けるように縮んでいた。


「リュカ!」


 リュカが薄目を開けると、幼い少女がリュカを覗き込んでいた。エアリースだ。


「‥‥‥あ」

「喋らないで!すぐに傷を‥‥‥!」


 叫ぶがしかし、エアリースの顔つきは芳しくない。傷が深すぎるのだ。


「大丈夫ですよ」


 リュカが震える手でエアリースに触れる。エアリースはその幼い顔に似合わない悔しげな表情に顔を歪めていた。


「護衛失格ね」

「運が悪かったんです。お願いが、あるのですが」

「なに?」

「僕も、一緒に‥‥‥」


 そこでリュカの声が途切れた。触れていた手から力が抜ける。


「一緒に‥‥‥何よ‥‥‥」


 エアリースは悔しさに歯噛みしていた。山の吹雪程度、死なない自信があった。死なせない自信があった。雪も風も獣も自分の魔力があれば守り切れるはずだった。事実あの獣が出てくるまでは風も雪もある程度威力を抑えることに成功していたのだ。

 ボッと音がした。リュカの体に火がついた音だった。エアリースが驚きに目を見張る前で火はどんどんと勢いを増してリュカの体を包み込む。


「何よこれ‥‥‥」


 今まで何人もの人間を看取ってきたが、体が燃える人間なんて見たことがない。寒さを感じなかったり、魔術師のくせに火しか扱えなかったり、普通ではないと思っていたがこれはいよいよ異常だ。

 リュカは自分の体が燃えるのを感じていた。こうして死ぬのはもう4度目である。何度体験しても慣れない。体はぴくりとも動かず、何より自分はもう死んでいるはずなのに、炎の熱さを確かに感じるのだ。生きながらに体が燃える感覚。苦しいのに、痛いのに、体は少しも動かせない。

 そうしてどれだけ炎を眺めていただろうか。やがて炎はおさまり後にはこんもりと灰が積もっていた。その灰がごそごそと動いたかと思うと、中から裸の少年が顔を出した。ふわふわの茶髪、どこか面影のある顔つき。


「‥‥‥まさか、リュカ‥‥‥なの?」


 半信半疑で尋ねたエアリースに少年、リュカはへらりと笑った。


「ね、大丈夫だったでしょう?」

「え。な、なん、なんで。そんな。なんでそんな、小さく」

「あなたこそ、縮んでますよ。どういうわけですか?」


 言われて初めて気づいたようにエアリースは自分の体を見た。


「いや、これは」


 エアリースはポケットから赤い丸薬を取り出すと口に放り込んだ。ガリガリと咀嚼する。すると、次の瞬間エアリースはもとの女性の姿に戻っていた。


「と、とにかく。ごめんなさい」


 仕切り直すようにエアリースは深々と頭を下げた。


「え、いや」

「ごめんなさい。守れなかった。私にできることならする。何でも言ってちょうだい」

「いえいえ、あんなのが出てくるなんて想定外ですよ。やられたのだって僕が勝手に動いたからで。顔を上げてください」

「それでも。私は傭兵として恥ずかしい」


 渋々と顔を上げたエアリースはなおも言い募る。死んだはずの男が幼い姿で生き返った、そんな状況で気にすることがそれなのかと思ったリュカは思わず吹き出していた。


「ふはっ、はは。おかしい。やっぱりあなたはそうだ。100年前のあの日からずっと好きでした。僕もあなたの旅路に連れて行ってください。お詫びと言うなら、それでいいです」


 言われたエアリースはポカンとしている。


「なにを、笑って。それに100年前って‥‥‥」

「100年前、吹雪の中から僕を助けておきながら、先を急ぐからと町までも送り届けずに裸の僕を置き去りにした。そうなんですよね?」


 リュカは既に確信しているようで、確認するように尋ねた。


「じゃあ‥‥‥リュカが。でも、なんで」

「僕も聞きたいことがたくさんあるんです。とりあえず山を降りませんか?」


 疑問は尽きないエアリースだったが、その言葉にひとまずは同意した。


「そう、そうね。そうしましょう」


 その後は特に吹雪や雪崩に見舞われることも獣に襲われることもなく、無事に町の門が見える場所まで辿り着いたのだった。


「山を‥‥‥抜けたんですね」


 感慨深げにリュカが呟いた。


「ええ」

「ありがとうございます。僕はこの山を越えられる日は来ないんじゃないかと思っていました。あなたに頼んでよかった」

「大袈裟ね、気象こそ不安定だけれど大型の獣でも出てこない限り越えるのに難しい山じゃないわ」

「はい、それでも‥‥‥」


 エアリースがふぅと息をつく。


「とりあえず、宿に行きましょうか」

「そうですね。でもその前に、名前を聞いてもいいですか?」


 不思議そうな顔をしながらもエアリースは改めて名乗った。


「エアリースよ、よろしく」

「そうじゃなくて。それ、偽名ですよね」

「‥‥‥どうしてそう思うの?」

「100年前に名乗ってくれた名前はそんなに長くなかったと思ったので」

「‥‥‥それだけ?」

「それだけです」

「それにしては、確信したように聞くのね。シリアよ、改めてよろしくね」

「シリアさん、やっぱりその方が似合います」

「シリアでいいわ。敬語もいらない」

「慣れないので、すみません。こちらこそよろしくお願いします。シリア」

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