鍛冶屋と客
適当に思いついたお話です。たまにはこういうのを書くのも面白いものです。
昔むかしのある町に、凄腕の鍛冶師がおりました。彼の名は大平。先祖代々から伝わる鍛冶師の技を受け継いでおりました。
ある日のこと。大平の店に、一人の客がやってきました。
「お〜い、旦那ぁ。居るかい?」
「あいよ、おやっさん。なんか用かい?」
「おう。この愛用の鍬が欠けちまってよ、直しちゃくれねぇか?」
「どれどれ⋯⋯。はっはっは、ずいぶん思いっきりやってくれてるなぁ!任せとけ、この分なら夕暮れまでには出来らぁな」
「おぉそうかい!さすがは天下の鍛冶師さまだ。よろしく頼むぜい!」
気を良くした客は上機嫌で帰っていきました。
翌朝。大平の店に、昨日の客がやってきました。
「お〜い、旦那ぁ!居るかい?」
「あいよ。⋯⋯おぉ、おやっさんじゃねぇか!へへっ、鍬なら、もう出来てるぜ。そらよっ」
「⋯⋯おぉ、しっかりと直ってやがる。さすがだな、旦那!」
「へへっ、当然よ!受けた仕事はきっちりやるぜ。⋯⋯ってわけでよ、お代はいただくぜ?」
「ちっ、抜け目がねぇなぁ、旦那。⋯⋯っと、これで足りるかい?」
「あぁ十分だ。毎度あり!」
客はキレイに直った鍬を持ち、上機嫌になりながら帰っていきました。
ある日の事。大平の店に、一人の客がやってきました。
「おぉ〜い、旦那ぁ!居るかい?」
「あいよ。⋯⋯って、こないだのおやっさんじゃねぇか。なんの用だい?また鍬でもへし折ったかい?」
「いんや、今日は違うぜ。今日はな、これを直してもらいてぇ」
「うん?⋯⋯って、こいつぁ草履じゃねぇか。うちは鍛冶屋だぜ?」
「知ってるよ。だがなぁ、⋯⋯こいつぁ、ウチのカミさんのやつなんだよ。しかも、ウチのカミさんは草履屋をやっててよぉ、これを持ち込む訳にはいかねぇんだ」
「あぁそうか。草履屋はこの町じゃあ一軒しか無かったなぁ。それじゃあ持ち込めねぇか」
「そうなんだよ!もう旦那しか頼めねぇんだ。なぁ、何とかなんねぇか?」
「分かった分かった。しゃあねぇなぁ、ちょいとやってみようじゃねぇか!」
「ありがてぇ!んじゃ、頼むぜ!」
大平は客から草履を受け取ると、針と糸を取り出して、草履の修繕に取り掛かりました。草履は鼻緒が千切れているだけで、他に損傷箇所は見られませんでした。
「どうやったらこんなにぶっつり切れるんだい?おやっさん」
「いやぁ、昨夜飲み過ぎちまってよ。朝起きたら頭が痛くてよ、ちょいと外に出ようと草履を履こうとしたら⋯⋯」
「カミさんのを間違って履いて、ぶっつりと⋯⋯。か」
「面目ねぇ」
大平は、客の話を聞きながらも草履の修繕を進めていきました。その手際は見事なもので、程なくして綺麗に直りました。
「おらよ、終わったぜ」
「すげぇなぁ、旦那!あっという間に直しちまったよ」
「まぁな。いっぱしの鍛冶師は、色々出来なくちゃあ話になんねぇからな。⋯⋯ところでよ、おやっさん。⋯⋯お代、忘れねぇでくれよ?」
「ちっ、ホントに抜け目のねぇ旦那だなぁ!⋯⋯こいつでどうだい?」
「まぁこんなもんだな。毎度ありぃ!また来とくれよー」
綺麗に直った草履を大事に抱えながら、客は上機嫌で帰っていきました。
ある日の事。大平の店に客がやってきました。何やら慌てている様子でした。
「おぉーい!旦那ぁ!⋯⋯ぜぇ、ぜぇ⋯⋯。居るかい?」
「あいよ。⋯⋯って、まぁたおやっさんか。どうしたぃ?そんなに慌ててよ」
「うっ⋯⋯、うぅ⋯⋯。カミさんに、愛想つかれちまったんだよぉ〜〜〜」
「おいおい、泣くなよこんなところでよ。⋯⋯なんでそうなったんだ?」
「⋯⋯実はな、⋯⋯こっそり遊郭に通ってたのがバレちまったんだよ」
「⋯⋯自業自得じゃねぇかよ。帰ぇんな」
「そんな、冷てぇじゃねぇか旦那ぁ〜〜!頼むよ、何とかしてくれよぉ〜⋯⋯」
「悪ぃけどよ」
大平は、泣きじゃくる客に向かって言いました。
「いくらオレでもよ、男と女の関係は直せねぇよ」
いくら凄腕でも、直せないものはある。
そんなお話を書きたかったのです。