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いせかいてんせい

作者: 輪島廻

開いていただきありがとうございます!

   1

 

 気づくと、水の中をふわふわと漂っていた。水流に身をゆだねて、ただぼーっと。


 どうしていま、水の中にいるのか、まったくわからない。どうして水の中で呼吸できているのかもわからない。わかるのは、自分が水の中にいて、からだの感覚に違和感があって、見るものすべてがありえないくらいに大きいということだけ。

 水はしょっぱい。あの目の前で揺れる巨大な緑の物体は、わかめのようだ。視界を横切ったのは、くじらよりも大きい魚に見える。


 ……どうやら僕がいるのは海らしい。塩水、わかめ、魚。これで海じゃなかったら、その方が驚きだ。そして、この海に暮らす生物たちは、僕が知っているものよりも大きいらしい。


 記憶を整理しよう。これは我が故郷三重での話。30になっても職に就けていなかった僕は、仕事を探してさまよっていた。そして確か、横断歩道を渡った先に良い感じの求人広告を見つけて、信号なんて視界から一瞬で消え去って、無我夢中、引き寄せられるように広告へ駆け出して、それで走ってきたトラックに轢かれて……。


「……い、異世界転生ってやつぅ~!?」


 ……声は出なかった。

 だけど、なるほど。これが夢にまで見た「異世界」というやつなのだろう。トラックに轢かれて転生だなんて、テンプレそのものではないか。ということは、チートを持っていたりするのだろう。これからの人生に期待が持てる。


 死ぬ寸前に祈ったかいがあった。異世界に転生するか、過去に戻りたいって。


 おじいちゃん、あの日言ってたよね。「強い男に育ちなさい! ガハハハハ!」って。


 今度こそ頑張って生きていこう。


 ……とりあえず陸に上がるところから始めたい。


   2


 あれから何日が経っただろうか。

 面倒くさくて数えていない。

 キラキラと揺れる光が水中を幻想的に照らしているが、それももう見飽きた。

 転生してからそれなりの時間が経ったわけだが、その間、僕が何をしていたかというと――


 ――シュパッ!


 今、目の前を貝が横切った。

 それを、素早くキャッチする。中身を引きずり出すと、そのままかぶりつく。むしゃむしゃと咀嚼すると、濃厚な味が口の中に広がる。美味しい。


 転生してからの間、僕はただ移動して、適当な生き物を狩って、食べていた。

 陸にたどり着きたくとも、どこに向かえば良いのか分からないのだから仕方がない。今はただ、食いつなぎながら闇雲に探し回るしかないのだ。

 貝を食べて満足すると、また歩き出す。ただひたすらに、陸を目指して。


   3


 食事と睡眠だけを繰り返して、相当な時間が経った。

 今日も今日とて歩き続ける。


 しかし、今日はいつもと何かが違っていた。いつもは、歩いていれば自ずと貝や甲殻類が見つかるのだが、今日は一匹も見ていない。お腹が減ってきた。

 疑問を抱きながらも、歩く。考えていてもどうにもならないからだ。


 ――慌てて後ろに飛び跳ねる。


 しばらく前まで僕がいたところに、タコの足が突き刺さっていた。

 ……いつもは無防備な姿を晒して僕に捕食される貝や甲殻類だが、今日はタコのあまりにも強大なオーラを感じ取って姿を隠していたのだろう。ただ、僕だけがタコの存在に気付けなかった。格好の的になってしまったわけだ。

 これはまずい。タコは超巨大。少しでも気を抜いたら、一瞬で喰われる。


 シュッ! という水を切る音とともに、触手が高速で振るわれる。僕はそれを紙一重で避ける。しかし、タコの触手は一本ではない。避けたタイミングで、次の一本が迫りくる。

 これは待っていても殺される。そう思い、僕は賭けに出る。

 硬いハサミに変貌した腕で、その触手を振り払う。

 腕が折れたら終わりだが、とりあえず一発目は弾くことに成功した。


 相手がわずかに怯んだのが分かったので、距離を詰める。触手の射程は広いので、僕がタコに勝つには近付くしかない。

 ここにいても、背を向けて逃げても、やがては殺される。だから僕は、このタコを殺さなければならない。

 次々飛来する触手を両腕のハサミで弾きながら、全力で前へ進む。


「はあああああぁぁぁぁああああああああ!!!!」


 出ない声を出して、自分を鼓舞する。

 近付けば近付くほど、触手が飛来するスパンは短くなる。

 高速で迫る触手をいなしながら、距離を詰めていく。


 ――行けるッ!


 そう確信し、一際強い攻撃を左手一本で受けたところで、地面を思い切り蹴り飛ばす。

 攻撃を受けた左腕が嫌な音を立てて砕けたが、そんなのは知ったことではない。

 残った右腕を前に突き出し、全力で進む。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁああああああああ!!!!」


 そして、タコの胴を穿つ。

 貫通して、反対側に抜ける。

 タコを倒した確かな感触を得つつ、僕は気を失った。


   4


 揺れる揺れる、激しく揺れる。

 その揺れが、僕の意識を浮上させていく。

 ……目を覚ました時、意識だけでなくて、体も浮上していた。

 網に引っ掛けられて、海底から離れていく。何が起きているのか、うっすらとだが理解した。


 やがて、海面をも超える。

 転生してから初めて浴びる日光は、眩しすぎた。

 その光は、希望ではなく絶望を僕に与えた。


「おぉ、これは見事な伊勢海老じゃ!!!」


 響いてくる、久々の日本語。

 そう、ここは異世界でもなければ、僕は人間でもない。とっくに気付いていたさ。だって異世界にしては生態系が地球に似すぎていたし、普通の人間にハサミなんて生えてないもん。


 異世界じゃなければ、ここはどこなのか。

 そう、伊勢海(いせかい)だ! そして、僕は伊勢海老!


 網の中にいるこの状況。続きは安易に想像できる。


「おじいちゃん! 早く食べたい!」

「おぉ、そうじゃのう! それじゃあ焼いて食べようか!」


 ……涙が出てきた。

 それは食べられてしまう悲しみが原因ではない。

 その聞こえてきた声は……おじいちゃんの声だった。懐かしい。

 死んだハズのおじいちゃんの声がなぜ聞こえるのか、そんなことはどうでも良かった。


「うっ、うあぁあああああああああああ!!!!」


 あの日のやりとりが蘇る。あの日、初めて僕が漁に連れて行って貰った日のこと。


 ――伊勢海老おいしいね! 毎日食べても飽きないよ!

 ――ガハハハハ! そうじゃろう? そうじゃろう?

 ――毎日食べさせてよー、おじいちゃん!

 ――そんなのムリじゃ! 伊勢海老はなー、高級なんじゃぞ!

 ――えぇー、やーだー! 食べたい!

 ――そうか、なら、「強い男に育ちなさい! ガハハハハ!」

 ――なんでー?

 ――そうすれば、きっと毎日自分で伊勢海老を釣って食べれるぞ! ガハハハハ!


 さて、網から取り出され、絶体絶命。もはや打開できる状況ではない。

 僕は諦めて、目を閉じる。

 おじいちゃんと過去の自分に食べられるのなら、本望だ。


 ――

 ――――

 ――――――


「強い男に育ちなさい! ガハハハハ!」


 声が聞こえてきた。呆然。手を見ると、少し小さな、子供の手。もちろん人間のものだ。

 その時、二つの……いや、三つの記憶が交わった。

 転生前の僕、転生後の伊勢海老、そして、過去の僕。

 その日僕は決意した。今度こそ強く生きる。後悔しないように、強い男に育ってみせる!


「はい!!!」


 おじいちゃんに力強く返事をする。

 手元には食べかけの伊勢海老があった。

 僕はさっきまで自分だったものを、よく噛んで、よく味わって、食い尽くした。

※現実のタコは、こんな戦い方はしません。


お読みいただきありがとうございました。

迷走しました。完全に。

というか、急展開すぎましたね。

深く反省しております。

それと、感想お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しい作品でした。 語呂合わせは、大変面白かったです。 一つ気になったのは、最後の「今度は強く生きる!」というような主人公の思いが、ちょっと安直な結末意識に思えて、語呂合わせの楽しさの話…
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