緋炎のラジエータ②
黒髪の少女に話しかける帝下。しかし列車は大きな渦中に呑み込まれ――
「君は、曼珠沙華が山葡萄へ姿を変容させることはあると思うかい?」
「曼珠沙華には花言葉がいくつかあります。そのうちの一つが『転生』です」
「つまり、曼珠沙華が山葡萄に生まれ変わることもあり得ると?」
「断定はしませんが、可能性としては興味深いものだと思います」
彼女は本から目を離さずに、僕と奇々怪々な会話を繰り広げる。
「北海道新幹線の限定グッズは如何ですか~?」
台車を転がしながら売子さんがクリアファイルをすすめて来る。
そこには新幹線のイラストがプリントされている。
これを僕はちょっとした思いつきで購入した。
「北海道新幹線には『はやぶさ』と『はやて』という二種類の列車がある」
僕はクリアファイルの絵を指差しながら話をする。
「時速三〇〇㌖以上で走るものを『はやぶさ』と呼び、そうでないものを『はやて』と呼ぶ。盛岡以北は全て整備五線に該当するため時速二六〇㌖を越えて走行することができない。よってこの区間のみを運行する新幹線は『はやぶさ』としての要件を満たすことは不可能である」
「その通り。ただし『はやぶさ』と雖も整備五線の間は時速二六〇㌖より速く走ることはできない。よってこの区間を抜け最高速度に達したとき、奴等は動き出す」
僕は線路の振動を耳で吸収する。
「もうすぐだ」
車内を銃声が走り抜ける。
「動くな!」
二人の男がAK-47で乗客を威嚇し出す。
「咄嗟に耳栓をしといて良かった。耳栓なしで発砲音なんて聞いたら、鼓膜が破れかねない」
これは僕が初めての実弾射撃で強く実感したことでもある。
新幹線を制圧した彼等は、悲鳴を上げる女性に罵声を浴びせ、不審な動きをする者に銃を突きつけた。
僕の隣に座る少女は、まるで何事もないかの如く微動だにしない。
(これは山葡萄なんて可愛いものじゃない。例ふるなら、これはブラックパールだ)
一分十二秒後、後方の車両から男達の指揮官らしき人物が入って来た。
彼は僕を含めた乗客のことなど、何の興味も示さずに僕の横を通り過ぎて行った。
当然だ。
彼が用のある人間は、十号車にいるだけで、僕達はただの巻き添えに過ぎないのだから。
だが奴が僕に用無しであっても、
「こっちはお前に聞きたいことがあるんだよ」
僕は通路に出て静かに南部大型自動拳銃乙型をコマちゃん(コマンダー)に向ける。
「ほう? 聞きたいこととは?」
コマちゃんは至って冷静であり背を向けたまま僕の対応をするが、部下二人は真逆の反応で、大慌てで僕を後ろから狙って来る。
「『北の死神』李眞泌はどこだ?」
「南部大型自動拳銃か。結構な骨董品を使うのだな。この国にはこれ程までに富が溢れているというのに」
「質問に答えろ。李眞泌はどこにいる?」
列車は確実に線路を走行しているはずなのに、僕はその揺れを一切感じなかった。
まるで足がぴったりと床に張り付いているかのように。