⑤
少女は帝下在都について語る。
帝下在都が異性として愛したのは妻だけであり、少女、小江社幸と性的関係に発展することはなかった。そこで少女は強硬手段に出た。「薬を飲ませて、寝ている時に手を出した」そう、少女は明かした。(しかし、これが少女を弁護する理屈になるかは不明だが、少女が強硬手段に出たとき、まだ帝下は伴侶となる女性と婚姻していなかった)
「帝下の妻を殺したのは、男を取られた復讐か?」
「……多分、それもある」
釈然としない回答。これは少々意外だった。
「でもそれだけじゃない。あの女がパパを殺したの。あたしの大切な人を、あの女は二度もあたしから奪い去っていった。あたしには、あの女を殺すしかなかった」
帝下の伴侶が人妻となる前、人殺しを生業としていた事は知っている。
そして彼女は政府の望む働きをして、免罪となり、晴れて帝下と夫婦となった。
「お前はあいつと、どういう仲なんだ?」
その質問はまるで怪物の膿を抉り出すみたいでぞっとしたが、その膿が物語に終末をもたらすという心許ない信念が俺を動かした。
「それは、その日記を読めばわかるよ」微笑する少女。「あたしがダーリンの物語の中に存在したことを証明してくれる、あたしの宝物」
この手記を誰が書いたかは、筆跡が語っている。
帝下在都。
それがこの手記の筆者の名だ。
文芸家気取りの知り合いが書いた文章を読むのは愉快なものではなかったが、俺は亡き友人の遺筆を開ける。
それは日記というより、一冊の小説とでも言うべきものだった。