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爆破テロの主犯格として浮上したのは、まだ高校生の少女だった。彼女が大事そうに抱えていた一冊の日記。それは、一年前に殺害された、舞川刑事の友人による物だった。
一年前、粉雪の舞う夜の街を、三本の線が引き裂いた。
一つは帝下の命を、もう一つはその女の命を、そしてもう一つは、この少女の運命を、三発の銃弾が破壊した。
最初に駆けつけたのは、たまたまPCを走らせていた、俺だった。
重傷を負って横たえた女を、上から庇うようにして息絶えた友人。
その光景が、未だに俺の網膜から消えずに残っている。
「そうだね」と少女は自分の膝に目を落として答える。「あたしが殺した。あたしが、ダーリンを殺したの」
口惜しげに唇を噛み締める少女。
その瞳は、痛切だ。
帝下を殺害した人間は未だに割り出されていない。
そいつが凄腕の狙撃者だということ以外、何もわかっていない。
「帝下を殺したって、どうやって?」
この少女にSR-25を使いこなせるとは思えなかった。
そして誰の目にも映らずに、男女の命を奪っていったなんて、思いたくもなかった。
「パパの友人にお願いしたんだよ。あの阿婆擦れ女を殺してくれって」
その女のことを口にする時の少女は、まさしく、人殺しそのものだった。
彼女は続ける。
「でも馬鹿だなぁあたし。人を恨むことで、大好きな人を大切にすることを、忘れてた」
零れ落ちる涙を、少女は洋服の袖で抑え込む。
少女のピンク色の唇が、わなわなと震えている。
「でもダーリンもバカだよね」ぴたりと少女の震えが止まる。そして、「あんな女を庇うために、自分を犠牲にするなんてさ」と少女は言った。「あの女を庇いさえしなければ、あの人もダーリンを撃ったりしなかったのに」
「『あの人』っていうのは?」
「だから、パパの友人だよ。『暗雲の与一』っていって、有名なスナイパーだって聞いたから、女を殺してくれるよう頼んだの」
取調室に入ってきた咫白が、耳元でこう告げた。
(((「容疑者の父親は、中核派の中心人物で、三年前に何者かによって暗殺されています。それと、この女には子供がいました。松江のアジトで匿われていたところを、警視庁が保護したそうです」)))
一年前の犯人が「暗雲の与一」なる人物であることを教えると、咫白は取調室を後にした。
「お前、子供がいるんだってな?」
容疑者を極力刺激しないよう、柔和な声で切り出す。
「警視庁の奴等が松江で保護したそうだ」と事実を告げてから、「きっと今頃は婦警と楽しく遊んでいるだろう」と出任せを添加する。
「うん」と少女は照れるように、もしくは後ろめたいように、下を向く。そして少女は告げる。「あたしと、ダーリンの子」
俺は肩を脱力させて背凭れに体重を預ける。
天井に付いた随分とコスパの悪そうな電球を見上げて、両手を額に乗っける。
それから再び少女を見据え、
「帝下在都は別の女と結婚していた。だがお前とあいつは関係を持った。そういうことか?」
「関係は――」と少女は言い淀み、片方の目から一筋の落涙が通る。少女は言う。関係は、「何もなかった」