③
警察は爆破テロの容疑者の検挙に乗り出す。
頽廃と悪徳を陰に色めく街・東京。
人々が酒臭い笑いに酔っている裏では、クスリに溺れ、借金に苦しみ、爆弾を作る者がいる。
一ヶ月前の「蝮」も、こういった泥沼に横たわる日常から生み落とされたものなのだと感じる。
だが世間はそれを忘れ、新たな「蝮」の卵細胞を培養し始める。
《《《――「一ヶ月前に発生した八橋大工業爆破事件の容疑者が、一時間前に警視庁によって逮捕されたことが明らかになりました。一ヶ月前の八月三十日に起きた八橋大工業爆破事件。この事件で、大手総合重機会社である八橋大工業の本社ビルが爆破され、八人の死者と三七六人の重軽傷者を出しました。事件の十五分後に人気ユウチューバーのチャンネルで犯行声明が出され、犯人を名乗るグループは東アジア反帝国主義武装同盟『蝮』を名乗っています。犯行声明の出されたアカウントは何者かによって乗っ取られていたことが、警視庁の調査でわかっています。一ヶ月に渡り素性を隠していた犯行グループですが、警視庁はおよそ一時間前に主犯と思われる人物を逮捕したと発表しました。逮捕されたのは住所不定の十七才の少女で、潜伏していたアジトからは十五㌕以上の爆発物が押収されています。犯人は更なるテロ行為を計画していたと推測され、犯行に関わった他の人物の捜査が早急に進められています」――》》》
警視庁八橋大工業爆破事件捜査本部。
咫白巡査が一冊の手記を差し出す。
「容疑者が持っていた物です」
麻紙で作られた、黄土色の表紙。
パラパラとページをめくる。
書かれているのは、見覚えのある字だった。
「これを、容疑者が?」
「ええ。押収しようとしたら、容疑者が物凄く暴れましてね。落ち着かせるのに、骨が折れましたよ」
死人の墓を掘り起こすみたいな気持ちで、取調室の扉を開けた。
中で座っていたのは、ちょっと派手な格好の、ごく普通の女子高生。
「刑事部の舞川だ」
音を立てて椅子を引き、腰を下ろす。
「小江社幸だな?」と俺が聞くと、少女は、
「そうだよ」と素直に答えた。
「この本に見覚えは?」
意地悪く手記を見せつけて、その手は絶対に離さない。少女は聊か不機嫌になって、
「ダーリンの日記だよ」と述べる。
「その『ダーリン』の名は、」と、その先を口にするのは、過去に保存されたきれいな友情を解れさせるかのように思えて気が引けたが、それでも口を動かした。「帝下在都だな」
「ダーリンはダーリンだよ」と少女は机を眺めながら応答する。
「あいつは、帝下在都は、一年前に殺された」