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16話:加藤が結婚の件で香織さん宅を訪問

 この先をずーっと行くと丹沢山塊の東の端の山々を縦貫して2~3時間でヤビツ峠を抜けて,小田急線の秦野駅に着くと説明。つまり神奈川県の真ん中を横断する訳だと加藤が納得した。


 そして14時頃、帰り支度をして来た道を一気に北上し2時間で加藤さんの家に帰り、紅茶をいただいて別れ、帰って行った。夏休みが過ぎて、秋になり竜二は、懸命に働き今年も手取り250万円稼ぎ、預金が450万円となった。やがて1972年が過ぎて1973年を迎えた。


 竜二と範子は、初詣でに行って結婚と家族の健康、安全、商売繁盛を祈願した。その後、新年の挨拶をしに1月3日に加藤さんの家を竜二と範子が訪ねた。厳しい2月の寒さも和らいで3月が過ぎ4月を迎えた。

 

 1973年4月には1968年1月4日に買ったソニー株1万5千株が3回の分割で株数が188%に増えて28125株になった。ソニー株を1600円で全株売り税引き後利益3466万円で投資残高が3766万円となった。


 その話を範子さんに教えると範子さんが学校卒業し、すぐに結婚式を挙げましょうと提案。1973年範子さんは、アルバイトと学校の卒業論文作成で、忙しい日々を過ごした。4月を過ぎると就職のための会社訪問が加わり月に1回のデートか食事会位しか出来なかった。


 夏休みが終わると就職活動に東京、橫浜を歩き回る日々が続いた。最終的に英語を生かせる職場として大手商社が良いと考え大手5大商社を訪問し1番手と2番手の商社に的を縛り10月、M物産に的を絞ると会社を受験すると内定をもらった。


 忙しい大学4年生の1年が終わり1974年を迎えた。初詣でに出かけ範子のM物産の就職と健康、商売繁盛と祈願した。その後、今年も1月3日に加藤さんの家を訪ねると、今年いよいよ、矢島香織さんと結婚の話をするために相模湖町の矢島工務店に行くと話した。


 工務店が、忙しくない2月に、行こうと考えてると言い、行く日が決まったら私たちも応援について行くと言うと礼を言われた。訪問日が決まり次第、連絡すると語ってくれた。その後、矢島工務店へ行く日が。2月17日と決まったと連絡が入った。


 10時に加藤さんの家に行き、竜二と範子さんが。作戦を考えてトラックで出かける事にした。2月17日、朝10時、加藤さんの家につき3人でトラックに乗って出かけ11時に相模湖町の矢島工務店の矢島さん宅へ着き、大きなお屋敷の庭にトラックを止めて3人が降りた。


 玄関の呼び鈴を押すと、お母さんらしき人が出て来て案内してくれた。和室に通されると香織さんと横に頑固そうな白髪交じりの、お父さんが座っていた。加藤さんと竜二と範子さんが簡単に挨拶。座布団にすわり加藤さんが結婚したいと伝えると,苦々しい顔で矢島社長が見ているように感じた。


 そして最初にお母さんが、香織のどこが気に入ったのですかと質問した。加藤さんが、素晴らしい歌声、優しくて、美人で、気が利いて、家事全般がきちんとできる事と打ち明けた。


 次に矢島社長が、加藤さんに

「失礼ですが,あなたの今迄の生い立ちと生活についてお聞かせくださいと告げた」

「私の祖先は、九州。熊本の加藤清正の親戚筋の末裔と聞いておりますと語った」


「江戸時代、肥後国の江戸屋敷で仕事をしていて東京に土地をいただいたと告げた」

香織さんの両親は、驚いた様な顔をして聞いていた。そう言う訳で比較的、裕福な家で育ちました。しかし、戦後の食糧不足の時代、家にあった着物や焼き物など高価な品物を農家に行って売り、食料と物々交換して食いつないだそうですと話した。


「1947年、戦後まもない頃に東京大学に入学し一生懸命勉強していた」

「1948年春、結核になり長い闘病生活の末、やむなく東京大学を中退し治療に専念」

「22歳、高価な新薬で、結核がなおり社会生活を始めて家庭教師をして食いつないだ」


「しかし、ずっと家にいるのが困るようで、父が、お金を持たせてくれ家を出た」

「そこで東京近郊で、景色や空気の良く、実家からも近い藤野の町に古家を借りた」

「そこで生活を始め、近くの人を集め学習塾を開いた」

「そこで絵を描き、音楽を楽しみ教えたりして隠居生活を送っていると話した」


「香織さんが音楽教室を見学し、毎週の様に訪ねてくれる様になったと答えた」

「次に竜二に、あなた様はと聞かれ、私は川尻に住んでいる」

「先祖は、八王子が生糸や織物の商売で栄えていた時、山倉屋という店を開いていた」

「そこで絹織物の仲買の商売をして、その分家として川尻に住みついたと答えた」


「すると矢島社長が、あの山倉屋の子孫かいと言った」

「竜二は続けて、幼い頃から遊びほうけて山野を駆け回るのが性に合って中学を卒業」

「そしてアユやヤマメ、タケノコ、キノコ、山菜を取り売って歩き生活費を稼いだ」

「その後、18歳で免許を取って実家の小型トラックで駅止めの荷物運搬業を開始」

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