冷えたナイフ
さて、どうしたものか。
今、僕に向かってナイフを突きつけている少女。
僕のストーカーである彼女に対し一般的に取れる行動は限られているが、僕には沢山の選択肢がある。
なぜか。単純だ。
僕が、彼女を知り尽くしているからだ。
*
ところで、僕は彼女のことを知らない。
と、彼女はそう思っている。
「君は誰かな」
「ひっ…!?」
ふむ。
刃物を向けている相手に話しかけられただけでこの怯えよう。
やはり彼女は、この後どうするか考えていなかったらしい。
「う、動かないで…!…ください」
正体を明かす気はないのか。
最初からわかっているのだが。
「君の目的は何かな」
「へっ…!?え、えと、その…」
さて。
何か要求するなり解放するなりしてくれないと、僕はどうすることもできないんだが。
「あの…怖く、ないんですか?」
「何が?」
「え…こんな、刃物…向けられて…」
怖いわけがない。彼女に僕を突き刺す事なんてできはしない。
「そりゃ怖いさ。さっさと要求を聞いて、早く解放されたいと思うほどには」
「え、ええと…」
「うん」
「その、私は…あなたの、ストーカーです。あなたの事が好きです」
だろうね。
とは言えない。
「それで?」
「え、えと…付き合って、ください…」
おっと。
彼女にしては頑張ったじゃないか。
正直、耐えきれずに逃げ出すと思っていた。
顔はこれ以上無いほど赤いが。
「少なくとも刃物を向けて言う言葉じゃないかな」
「あぅ…」
「いいよ」
「!!??!??」
おお。
人間の顔はここまで赤くなるのか。
「え…いい、んですか?」
「うん。そうだ、せっかくだから家に来るといい。ストーカーなら家くらい知ってるだろ?」
家は知られているしなんなら盗聴器とカメラも仕掛けられている。あと合鍵も作られている。
まあ場所はわかっているので無力化しているが。
「え、ええ…?」
混乱するなよ。
さては君、受け入れられると思ってなかっただろ。
*
「お、お邪魔します…」
結局、押し切った。
彼女は押しに弱い。将来が心配だ。
まあ、もう気にすることもなくなるか。
「ちょっと待っていてくれ。お茶を用意する」
「あ、お、お構い無く…」
無視する。
彼女は甘いミルクティーが好きだ。
「どうぞ。ああ、別に何も入れてないから安心してくれ。不安なら僕が先に飲もうか?」
「い、いえ…いただきます」
ごくり。
本当に単純な娘だ。将来が心配だ。
いや、心配だった。
「ん…く、ぅ…」
何も入れてないわけないだろ。
ぱたり。
すやすや。
*
「ん…あれ、私…」
「2年3組、虚木葉」
「ふぇ…!?」
「2年前の5月14日から僕をストーキングしている。基本的には、尾行、盗撮、盗聴。カメラと盗聴器を仕掛けた時にワイシャツも盗んでいったね。そのカメラと盗聴器はここに並べたので全部だ」
「え…え…」
「僕の写真だけが入ったアルバムと鍵付きの日記帳は机の引き出しの二段目。それと、毎晩僕を象った人形を抱いて寝ている」
「え…なん、で…知って…」
「僕をストーキングするようになったのは僕に命を救われたから。左眼の包帯は、その時の怪我だな」
「ぁ…」
「さて」
ずい、と。
顔を寄せ、耳元で囁くように。
彼女とは逆の、言葉のナイフを突きつけて。
「僕は、君を誰より解っている」
「僕は、君を誰より愛している」
「末永くよろしく…ね?」
「…はい」
彼女は、弱々しく頷いた。