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侍従の夜更け

晩餐後のナーガさんのお話です。

 今日は立て続けに、信じられない出来事が起きた。


 最初に魔王様…アバドンが魔神封印の支度から消えたときには背筋が凍りついた。この非常事態にどこに消えたのかと。

 彼はペットと戯れるがごとく魔神と相対するが、あの禍々しいモノの力はこの国、この星すら滅ぼしかねん。

 それはいい。無事に済んだことだ。崩壊の危機にさらされたことなど、過去にも無数にあった。


 目下の問題はこれだ。この少女はなんなのだ。


 あらためて、城にふたりが現れてからの映像を見る。

 彼女は馬頭のコスプレをしたアバドンにしがみついている。彼が王国から救助したという話だ。

 アバドンが嘘などつくはずがないので、この話は真実だ。


 だが、しかし。

 馬頭の得体のしれない人外の生物に身の危険を助けられたからといって、あのような信頼の目を向けることができるか?


 過去に延べ一万五千人以上の遭難救助した異世界の勇者からの聞き込みによって、あの異世界には知的生命と呼べる存在は、王国と同じ種族しかいないのは調査済みだ。

 仮に私が力をすべて失った状態で異世界に放りだされ、なんの予備知識もないままに自分とは異なる異形の存在に助けられたとする。安心して異形に身を任せることなどできるだろうか?


 ありえんな。恐ろしい。

 あのコスチュームも出来が良すぎだ。子供が見たら失神もの。大人でも泣くわ。

 私もあんな化け物には関わりたくないぞ。


 つり橋効果か?姫の精神が男のままなら可能性はあるが、姫のアバドンに対する感情は恋着の類ではないようだ。このときのアバドンは失神レベルの馬頭の化け物だからな。

 出会って間もない得たいの知れない男に対して、ずっと気心が知れている相手に接するような少女。

 この時点では恋愛感情などではなく慕情に近いものなのかもしれん。


 儚げな見た目に反して、随分と胆力がある少女だ。ふむ、興味深い。


 異世界からの罠かと推測したが、その線もなさそうだ。彼女はこの世界の存在など知らなかったようだし、事実この世界に対するなんの知識も持ち合わせていなかった。

 あれが演技ならば暗示による洗脳レベルだ。そもそも、なんの力も持たぬ者をこの世界に送り込んでなんになる?


 あの忌々しい神からの刺客かもしれぬとも思ったが深読みのしすぎだろう。


 神が下界に関りを持たなくなって数千万年ほど経つ。竜族の長老方の話によれば、奴は我々竜族に対してなにやら怨嗟のようなものがあるという。過去にあった竜族と神の争いがどのような物だったのかは、長老たちが口を閉ざすので内実は知らんが。


 アバドンと我々が困難を極めすべての生命が滅びかねなかった、あの大陸統一大戦争にも無関心だった奴が、今更この世界や魔王アバドンに関わってくるとも思えん。が、神が襲撃した場合を想定して主要施設の映像記録を残すようにしていたことが、今回は別の形で役だったようだな。

 それはともかく、姫はごく普通の一市民。たまたま召喚されてしまった不運な異世界人。立場はそれで間違いないだろう。


 だが、この美しさ。これが数時間前まで男だったとは。

 容姿は男女ともに美しい者はいる。アバドンとて見てくれは凄まじく美しい。


 だが、着ぐるみを脱ぎ、素顔を晒した彼をみた姫の反応はとても薄い。

 これは「馬頭の下には美青年の顔があった。おわり」といった表情だ。

 アバドンの容姿に関しては殊更の感情もなさそうだ。


 姫の美しさはまるで、初めから究極の美を創るつもりで全力で制作に励んだ結果、あのような容姿になったような……。創作物の少女が現実になったのが姫、とでもいえばいいのだろうか。


 なにより姫の場合はその所作。


 生まれてから身に着けてきた所作は数時間で変わるものではない。

 私やアバドン、それ以外の男が転性とやらをしたとして、ああまで自然に女のような仕草が出来るのか。


 少なくとも私には不可能だな。

 さきほどの食事の席でも、姫は椅子に腰かけていたときに足を閉じていた。意識した様子とも思えない。私が女になったとしても足など広げたままのはず。足を閉じるなどといったことは考えにも及ばないだろう。


 姫の性別が男だったというのは、実は誤解だったのでは?最初から女性で、転性の泉も効果はすでに失われていたのでは?と、アバドンに聞いたのだが「この世界に現れたときは間違いなく男だったぞ」と言っていた。

 アバドンの力は、さすがに性別までわかるようなことはなかったはずだが。そもそも彼は……。


「一応、召喚されたときに透視魔法で確認したぞ!変化前が男なのは間違いない。変化後は見ていないが、光が承諾してくれたら見せてもらうつもりだ。」とご機嫌に言っていたので、姫に余計なことは絶対に言うなと固く念押しをしておいた。


 透視魔法か。直球すぎる。

 そんな魔法が存在するのも、お前がその魔法を会得していたのも初耳だぞ。隠し玉の魔法があるのなら、あの大戦争の時に使っておけ。覗きに使用するな、大バカ者め。危険やもしれぬ異世界の勇者を相手にしたのだから、致し方ないのかもしれんが。


 だが本人には永遠に黙っておいたほうがいいこともあるのだ。嘘をつかないことと、余計なことを言わないのは話が違う。


 アバドンは「光は召喚でよびだされた時からあんな雰囲気だった!性別が変わっても容姿に変化はほとんどなかったぞ!おっぱいは多少膨らんでいるがな。あれは良いな!うむ」と言っていたが、これまた姫には余計なことは言うなよ?絶対にだ!


 もしかすると我々が調査しきれていない、異世界の未知なる不可思議があるのかもしれん。

 どう見ても少女にしか見えない少年、か。異世界とは不思議に満ち溢れている。姫のような存在は、異世界では珍しくもないのか?


 厄介ごとに関わりたくはないと、おざなりな聞き取りで済ませていたのは失敗だったかもしれん。まぁ、その姫も今は正真正銘の少女になってしまったので、私としては今後のことを考えれば、これほどの僥倖はない。



 また映像を見てみるか。

 私は姫に随分と警戒されてしまっているようだ。最初に不躾な視線を向けてしまったのが頂けなかった。露骨に距離を取られてしまっている。

 彼女がアバドンの腰にしがみついているのは無意識なのか?


 私とふたりきりになった姫の警戒はピークに達している様子。退室するアバドンに縋りつくような不安の目を向けている。フッ…、内心が表情でわかりやすい女性だな。


 あのときも認識はしていたが、私とはだいぶ距離をあけて会話をしている。これは第三者の視点だと実によくわかる。アバドンが横たわったくらいの距離。二メートルほどの間が姫と私にはある。


 これは人と人とが会話をする距離ではない。

 おかげであのときは、多少大きな声で話さなければならなかった。今後は姫に対する態度には最大限の注意をせねば。

 戻ってきた下着姿のアバドンをみた姫は嬉しそうに駆け寄っていく。待ち人来る、か?

 半裸の男に密着するように接近する少女。ふたりが出会って、このときはまだ一時間ほどしか経っていないはず。


 私ならば、初対面で下腹部を起立させて、自分に見せつけようとした男の半径五万キロメートル以内には、絶対に近づきたくはないが。


 というか、あの男はなにがしたいのだ。姫に己の肉体美でも誇示したいのか?やめておけ、引かれるだけだぞ。というかお前は誰だ?


 おまけに魔神封印の儀にまで姫を同伴させるとは。

 姫の保護に使用したバリアの魔力で魔神五十体は倒せそうだ。それ以前に、異世界転移と転性で混乱している姫を、お前がこれ以上混乱させてどうする?

 強さを見せつけたかったのか?子供か、お前は!

 まずは姫に対して誠意をみせるべきであろう、まったく。


 今日は私も混乱すること頻りだ。だがまずは姫。彼女のこと。

 彼女の体内からは、我々竜族にも残滓が在る神の呪い…祝福が感じられる。


 早急に検査をしたいが、城に着いたとたん急に検査などすれば姫が不安に思うであろうし、彼女が不安になるような事態ならばアバドンが許可しないに決まっている。今日明日のうちには無理だろう。


 アバドンと話しているときの姫の笑顔を思い出す。

 ここは気を急いても詮なき事。彼女には、この世界に慣れてもらうとしよう。


 永遠の我が親友にして主君である魔王アバドン。彼のためになるならば私は何事も躊躇わん。とにかく里心がついて不安に思う姫の気を紛らわせる手立てを考えねば。


 まずは王国の泉の調査。これはすでに依頼してあるので結果待ちだ。送還の泉の調査は簡単には進まないだろうが。姫にもお伝えしたが、どこに繋がっているかもわからん。

 人体実験などすればアバドンが怒り狂うだろうし、そもそも送還された先から戻ってこれなければ実験も無意味。王国が召喚の巻物をどうしたかも気になるところだ。


 転性の泉は実験しないわけにはいかんが、これは問題ない。サンプルにはあてがある。

 まずは動物実験からだろうが、これも調査団にまかせよう。


 ふう…今夜は家には帰れんな。今できることから始めるよう。……妻には連絡をしておくか。


 アバドンは浮かれて自室に戻っていったが大丈夫だろうか。

 余計なことはしないよう、釘を刺しておいたが不安になってきたぞ。


 食事の席でアバドンと楽しそうに会話をしている姫。


 その映像の笑顔をみていると、少しだけ私は癒された。



光を第三者の目から見たら、こんな感じです。光本人が否定しても他人からは、こう見えています。

この先、話が進んでいくとタグが増えていきます。

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