その8
魔王様が床に寝そべってカモンカモン!と手をクイクイする中、僕が半べそをかいていると大広間にナーガさんがやってきた。
魔王様に「お疲れさまでした」と言いつつ、僕の様子が変なのに気づき、どうしたのかと尋ねてくる。
肉便器宣言の魔王様に「そういうプレイは寝室かバスルームでお願いします」と苦言を呈して、僕をトイレに案内してくれる。
プレイ、ってどういうことですか……。いや、いいです。聞きたくありません。
案内してくれたトイレは洋式で、トイレットペーパーも備わっていて(ダブルロールだった)揚げ句ウォッシュレット完備だ。
……ここ、魔法がまかり通るファンタジーな異世界でいいんだよね?
女性の体でトイレ。行為自体には、なんの感情も湧かない。
こんなに開きなおれるのも、きっと神の祝福とやらのせいなんだろう。
「魔王様、姫様。お食事の用意がございます」
ナーガさんに連れられて豪華な食堂にきた。映画で見たような長ーいテーブルと装飾の凝った椅子が置かれている。
テーブルの上には、これまた豪勢な食事が並んでいた。順番に出てくる形式じゃないみたい。肉料理が圧倒的に多い。
魔王様の後ろにナーガさんが控えている。僕と魔王様の二人だけでこれを食べろと?
夕飯……。時間が気になりスマホを見る。着替えてても、これは肌身離さずに持っていた。
買い物でスーパーに向かったのが午後いちだったから体感では今は夕飯時。スマホの画面をチラッと見ると七時三十分になっていた。
王国に召喚された時は『勇者』の文字にちょっと浮かれたけど、頭を冷やせば僕は失踪してるのと同じじゃないか。
父さん、心配してるだろうな。
うちは父子家庭で家事は僕が一手に担っている。
夕飯の支度どころか洗濯物も干しっぱなしだ。
夜に家の明かりもなく僕もいなかったら、心配しないわけはない。
幼馴染のさっちゃんにも連絡がいくだろう。僕が繁栄に連絡を取り合う仲のいい友人というとさっちゃんくらいしかいないから。
父さんのことを考えたら頭が真っ白になった。やばい、ちょっと泣きそう。
「どうした光よ。食が進んでないし泣いているではないか」
「姫様のお口には合いませんでしたか?」
魔王様とナーガさんが聞いてくる。魔王様は茶化した様子もない。
なんで、そんなに優しく聞いてくるんですか?魔王様。紐パン半裸男のクセに……。
「いえ、父のことを考えてました。僕は買い物中にこの世界に攫われたようなので、父は僕が行方不明になったと心配してるんじゃないかって…」
「ふむ、まったくあの王国はろくなことをせんな。水に流すと約束した手前なにも出来んのが腹立たしい」
「送還の泉の調査と同時に召喚の巻物も破棄したかどうか調べましょう。何百年後になってまた勇者召喚などされたら面倒です」
あの国のことはよくわからないままだった。不安を紛らわせるためにも色々聞いてみよう。
「王国は魔王様の実在性もわかっていないようでしたけど、なんで異世界人を召喚してまで魔王様討伐なんて計画を立てたんでしょうか?」
僕の疑問にナーガさんが答えた。
「潮の流れの関係なのか昔からあの国の遭難した漁船が、領海を超えて我が国に漂流することがありまして」
「遭難ですか」
「ええ。と言っても国交もありませんので、こちらが決めている国境ですが。その漁師を救助した際の記憶操作の魔法が不十分だったのでしょう。魔王国のことを断片的にでも覚えている者もいたのだと思われます」
「それが民間伝承で語り継がれた?」
「おそらくは。捕虜ではないので拘束はせずに、ある程度自由に留めておきました。それが数少ない魔王国の情報となったのでしょう」
でも、御伽噺レベルで異世界から人を攫ってまで討伐騒ぎを起こしますか?
「あの国は建国以来、際立った文明の進歩もありません。主な産業は麦栽培と酪農。一方、我が国は大変に進歩し栄えた国です。豊かな我が国に夢想をしたのでしょうね」
それに、とナーガさんは付けくわえる。
「異世界人ならどうなっても王国には特に被害がないですし、最初は彼らも『まぁ実在したらいいよね、夢の国』くらいの少年の冒険的なノリだったと思われます」
ひどい、ひどすぎる。そういや王様も大臣もいい加減なひと揃いだったっけ。
あ、でも。
「一緒に旅する予定の魔法使いさんがいましたよ?王国民だと思いますけど」
魔王様とナーガさんは揃ってウンザリ顔をした。
「勇者か従者かあるいは王国の官僚か。修行の旅等といった地道なことはやっていられなかったのだろう」
「まぁそうでしょうね」
スタートは野うさぎからだもの。リニアモーターカーでも作るのかってくらい長期化計画だ。
「奴らは三百年ほど前から、無謀にもチンケな船で我が国に向かってきおってな。その度に遭難するのだ。タチの悪いことに毎回、魔王国の領海内でな」
「毎回ですか」
「そうです。三百年前から毎月一回勇者召喚が行われ、その度に確実にご一行が遭難します。常に遭難者がいないか監視し、毎回救助して王国に送り返す。人的にも経費的にも無駄な手間がかかります」
「吾輩たちを殺そうとする困った連中だが見捨てるわけにもいかんのでな」
「漁師と同じく従者にも断片的に魔王国を覚えている者がいたのでしょう。その情報でさらに舞い上がったのかもしれませんね。実在するかもしれない夢のような国を手にしたいと」
三百年間、毎月一回。この人たちは律義に遭難者を救助していたのか。しかも国元に送り返してる。
「漁師さんや従者の記憶は完璧には消せないんですか?魔法の力でも」
綺麗さっぱり忘れてれば面倒事は回避できた気がしないでもないけど。
「記憶操作は、じっくり掛けると脳を損傷する恐れがあるのでな。吾輩、非人道的な行為はしたくないのだ」
勇者の記憶は異世界人ということで、記憶操作の魔法の効果で心身に甚大な影響があるかもしれない懸念があったために、かわりにトラウマになるくらいの魔王様の恐怖映像を植え付けて返したそうです。
『ちょっと王国滅ぼしてくる』の、ノリのくせに真っ当なことを言う魔王様。三百年間の地味な勇者派遣は我慢の限界だったのかな。
「記憶を消す前に従者に聞いたところ『魔王が住む地に勇者を送り出したらこっそり帰ってきてよい、と王様から言われた』との情報を得ました」
「あー、そういうことですか」
チュートリアルが終わると離脱するNPCみたいだ。
「まぁ最後に吾輩に嫁を紹介してくれたと思えば今までのことも安いものだ!奴らには多少感謝してやらんでもないぞ」
「ええ、仰る通りです」
なにをどう言えばいいんだろう。僕は曖昧に笑って誤魔化した。
色々と話しているうちに不安はちょっと和らいだから……まぁいいや。
その後、寝室に案内された。魔王様は『夫婦は寝床を共にするもの』と駄々をこねたけど、ナーガさんが姫も一日で色々あってお疲れなのでお控えくださいと、フォローしてくれた。
無駄に広い部屋に入り、隣接したこれまた無駄に広い浴室で体を洗う。自分の体なのに腫れ物にさわるようなかんじ。
石鹸の薔薇の香りが心地いい。
あぁ、やっぱり本当に女の子になっちゃってるよ。とボンヤリ考えてお湯に沈む。
竜のオブジェの口からお湯が出ていて、なんとなくそのお湯を頭に被ってみたりした。
状況を考えれば大泣きするのが正解のはずなんだけど全く涙は出ない。疲れのほうが比重が重いんだろう。
中身まで女の子になっちゃわないように、ホントに気をつけなきゃ……。
お風呂から上がって用意された寝間着を見る。薄い水色のネグリジェだった。もう今さらなので大人しく袖を通す。
カーテンを開けて外を見てみると、すっかり宵闇の景色だった。この部屋は城の中でも高い階層みたい。
遠くのほうまで夜景が見える。
この国は夜でも灯りが消えないんだな。変に地球、というか日本のようだ。
「とりあえず疲れた……」
バフっと勢いをつけてベッドにうつ伏せで突っ伏す。半日にも満たない時間にイベントが濃縮されすぎの一日だ。
こんなフィクションのような出来事が次々と起きて、よく半狂乱にならないもんだと人ごとのように思う。
「起きたら男に戻ってないかな……」
ナーガさんの『神の祝福』という言葉を思い出す。無理だろうな。
父さんと幼馴染のさっちゃんが、僕がいなくなって大騒ぎしてるだろうと考えながら僕は目を瞑る。
……勇者じゃなくて、ただのツッコミキャラだ僕。と、どうでもいいことを思いつつ眠りに引きずり込まれた。
お読みくださりありがとうございます。
評価していただけたり、ブックマークを登録してくださる方もいて本当に驚いています。感激の一言です。
完走目指して投稿しますので、よろしくお願いいたします。
お読みくださる方の昼の憩いのお手伝いができれば幸いです。