その7
魔王様に連れられて移動する。なぜかまたお姫様抱っこで。
もの凄いスピードで城内を走るので、振り落とされないように首にしがみつく。もちろん他意はない。
どこをどう走ったのか、僕たちは巨大な鉄の扉の前に立つ。ちなみにナーガさんは付いてきていない。
「この扉はなんですか?」
なんか中からいやーなオーラが漂ってくる。堪らなく中にいきたくありません。
「ここは封印の間。 御許に魔神封印の儀を見せてやろうと思ってな」
「魔神封印……ですか?」
ヤバそうな展開しか思い浮かばない。魔神?そんなのとこの人、今から戦うの?
その場に僕がいたらコンマ一秒で死にそうなんだけど。
「百年毎に現れる、はた迷惑なヤツでな。吾輩の敵ではないが、暇なので適当に相手をしてやっているのだ」
はた迷惑……。
このひとが、はた迷惑という言葉を知っていたことに僕は驚きを隠せない。
「そこで僕はなにをすればいいんでしょう?その場からは僕の死の香りしかしないです」
「安心しろ。吾輩があんな蚊などに光をどうこうさせるわけがないだろう。 御許は極上のドキドキ体験をすればよいのだ」
魔神討伐は吾輩しか体験できないことだから貴重なのだとドヤ顔をする。断っても引き連れていかれるんだろうなー。
「はぁ、わかりました。危険は絶っっっ対にないんですね?」
「モチモチ論だ。 御許の控えめな胸の手触りくらいモチモチだぞ!」
セクハラって同性でも成り立つんだっけ。今は悲しいかな体的には異性だから、もう有罪でいいよね。
「吾輩が危険がないと言えばないのだ。信じられぬか?」
魔王様が覗き込むように聞く。
なんで自信満々なのに微妙に不安げに聞くんだろ、このひと。
「……信じます。あなたは僕を危険な目にはあわせないんですよね?」
なんの根拠もないんだけど。
でも僕に敵意や悪意はないんだろうなって、色々なやり取りでわかる。
もしかしたら僕は詐欺に騙されやすいタイプかもしれない。
「当然だ! 御許が吾輩を信じる心がパワーになるのだからな!吾輩は嘘は絶対につかんのだ。絶対に、な」
出会って間もない男『だった』僕に、なんでそんな満面の笑みを浮かべるのかな。イケメンなので笑顔はスンゴイ絵になるのが腹立たしい。
下は紐パン一丁なのに。
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僕は物凄く天井の高い大広間で椅子に座っている。
目の前では魔王様が壮絶な戦いを演じていた。
ええ、そうです。魔神と。
これはなんのVR映画でしょうか?という光景が繰り広げられている。
彼は部屋に入ったとたんに、白いスーツに着替え始めた。
パンイチで僕を抱えて、この部屋まで来たのにはなんの意味が?
魔王様は『ヌハハ、効かぬ、効かぬ!』と高笑いで魔神の攻撃をいなしている。魔神が雷撃のような魔法を出したけど魔王様に弾かれた。
ちなみに魔神はザリガニっぽい顔をしている。
大きな角を生やした黒くて長い体毛に覆われた体長十メートル以上ありそうな化け物。口の辺りがウジャウジャ動いて気持ち悪い。
「光よ、のどが渇いた。飲み物をくれ」
「あーはい、どうぞ」
テーブルに置いてあった飲み物を魔王様に渡す。どう見てもスポーツドリンクのペットボトルにしか見えない。
僕はお茶を飲んでいる。これもどう見てもペットボトルに入った緑茶にしか見えない。
というかラベルに漢字で【茶】と書いてある。
……今はそれどこじゃない。気にしない気にしない。
ところで、無傷で呑気にこんな戦いを観戦していられるのは、魔王様曰く『魔王バリア』で僕を守っているからだそうです。
魔王バリア。まんますぎる。
僕に魔法が効かない設定は何処にいったの?バリアも普通に魔法だよね。
あとで魔王様に聞いてみると、僕の周りに絶対不可侵の魔法の壁を作ってるとか。さっぱりわかりません。
「王国の貧弱な威力の魔法といっしょにしちゃメ!なのだ」と、なぜかお説教された。理不尽を感じる。
要するに魔王様と王国では、魔力が桁違いだから僕にも効果があるってことなのかな?やっぱりわかりません。
「あのー魔王様。あなたが苦戦している気がしないんですけど戦いが終わらないのはなぜでしょう」
「いい所に気づいたな!さすが吾輩の嫁」
「あ、そういうのいいですから」
魔王様は魔神の角をへし折りながら言う。魔人が苦悶の声をあげる。
「こいつは吾輩の膨大な魔力を奪いに定期的に異界からやってくるのだ。が、こいつも魔力の宝庫なのでな。戦いながら吾輩が魔神の魔力を奪ってやっているのだ」
「そうなんですね。時間がかかるのは一度に魔力を奪えないから、ですか?」
「いや、ただの運動だな。こいつと戦うのは軽く汗をかくのに丁度いいのだ」
百年に一度の大イベントって言ってませんでしたっけか。
「毎回あちこちに出没されると面倒なのでな。ここに魔力の渦を設置して封印の間として魔神を誘い込むことにしたのだ。それが魔王城の始まりなのだ」
魔神誘致のためにお城を建設。なんかシュール。
「あ!魔王様うしろ!!」
僕と話すのに夢中になっていた魔王様に魔神がうしろから襲い掛かる。
……バリアで先に進めない。
魔王様はちょっと呆けたあとに、魔神に回し蹴りを決めてニヤリと僕に問う。
「光よ!吾輩を助けようとしたのか?」
「いえ、なんていうか…。魔神が襲い掛かってきたのに気づいてないのかなーって…」
「気づいてないわけがなかろう!ふふん!心配して吾輩に駆け寄って愛の口づけをしてくれるつもりだったのか!!」
「誇大広告ってどういうものなのか、僕わかったような気がします。キスとかないですから!」
魔王様はそんな僕を満足そうに眺めなると、魔神を容赦なくブン殴り蹴りを決める。
「む、魔王パンチと魔王キックのコンボでだいぶHPが減ったようだな。ちょうどいい頃合いだ。光よ見るがいい。これが吾輩必殺必中のビーム」
「魔王ビーム、ですか」
「なぜわかった!?やはり二人は心が通じているのだな!!」
「技名の流れ的に誰でもわかると思います」
その魔王ビームで魔神は最後はあっけなくやられた。
床に描かれた魔法陣のような紋章が輝いて魔神が沈んでいく。
「ヌハハ!!これにて成敗」
暴れん坊の上様的なBGMが流れるかと思ったけどそんなものはありませんでした。
「どうだ光よ。吾輩の強さに惚れ惚れしただろう」
「えぇ、まぁ強かったですね。凄かったです」
どうやらこの人は魔力だけでなく肉弾戦も強いみたいだ。ますます王国は僕に死ねと言っていたとしか思えなくなってくる。
「強いのはわかっている!惚れたか惚れ惚れしたか愛したかどうなのか!」
「ていうか魔王様。どうしてあなたは僕を嫁だとか言っているんですか?男だったのを知ったうえで」
とても大事なことなので聞いてみた。
なにがそこまで、この人を駆り立てるのだろうか。
「光よ」
「なんですか」
「吾輩の目を見るのだ」
そう言って僕をエメラルドグリーンの瞳が覗き込む。真剣な眼差しに、ちょっとドキドキする。
別に惚れたとかではなく緊張しているだけなので、絶対に他意はない。
「人の価値は見た目が十割だ!吾輩は御許の外見に惚れたのだ!!」
「…すみません。リアクションの取り方がわかんないです」
怒ればいいのか悲しめばいいのか喜べばいいのか…喜ぶのはないな。てか内面は一切関係ないんですか。
ちょっとイラっとしたのはなんで?なんか感覚がずれてるような。
うーん、転性の泉に落ちてからまだ数時間しか経ってないけど、内側の精神のほうまで女の子にならないように気をつけないと……。
(僕は男、ぼくはおとこ、ボクハオトコ…)――我が家の家訓にしたいと思います。
魔王様は満足そうにスポーツドリンクを飲んでヌハハと笑った。左手は腰に当てていました。
「話は変わりますけど魔王様」
「うむ、なんだ光よ。新婚旅行はナーガが手配しているだろうから安心しろ」
「むしろ不安になりました。そういう話ではなくてですね。……言いづらいのですけどトイレはどこでしょうか」
観戦?しているときにお茶を飲みすぎたっぽい。この世界に来てから一度もいってないしそろそろヤバイ。
「光よ」
「なんですか」
また僕をじっと見つめる。けど今はそんなやり取りをしている場合じゃなくなってきてるんです。
魔王様は床に仰向けになり、こう叫んだ。
「吾輩は光の肉便器!さぁ遠慮は無用!さあさあさあ!」
「やっぱりこの人変態だあああああああああああああああ!!」
僕は人生で二度目の絶叫をあげた。