その5
飛び立ったと思ったのもつかの間のこと。気づくと僕は天井が物凄く高い石壁の広間に魔王さんといた。テレポート?
「えと、ここは何処でしょう?」
機嫌を損ねたら、首とか胴体を刎ねられそうなので僕は平身低頭の気持ちで聞いた。一応はあの場から助けてもらった、のかな?恩人だし。
「ヌハハ、まぁ待て勇者よ」
馬頭の魔王さんは抱えた僕を脇に卸すと背中を向けて指をさした。
「勇者よ!すまんが背中にあるチャックを引き下げてくれんか。自分では届かんのだ」
「あ、はい。チャックですか」
驚愕の情報。魔王の背中にはチャックがあるみたいです。
異世界生物の生態は不思議に満ち溢れている。
国を亡ぼせる魔力があるのに自分の背中のチャックは下せないんだ。
首元から腰のあたりまでチャックを下すと(ホントにあった)中にきめ細かな白い肌があり汗でキラキラしている。
ナニコレ。
「ふうう!やはり暑いなこれは」
そういうと馬頭を両手で挟んで、そのまま上へスポっと引き抜いた。ぎゃー!ホラーだ!自分の首を!!
馬頭の下から現れたのは……。
光に照らされたように輝く長い金髪。
エメラルドグリーンの切れ長の目。
意志の強そうな薄く締まった唇。
面長の端正な美青年の顔がそこにはあった。
「ふーむ。せっかく作らせたが、このスーツは駄目だな!通気性が悪すぎてかなわんぞ」
そう言って――さっき僕が開けたチャック付きの体はどうも着ぐるみだったようだ……それを脱ぐ。
脱いだ着ぐるみを脇にポイした馬頭魔王の中身は――長身の紐パン超美青年でした。
「ちょ、ちょ!なんでパンイチなんですか!しかも紐パンて」
こぼれる!アレがこぼれる!
「このスーツはちょいと暑いと聞いたからな!涼しい恰好をしていたのだ!今思えば吸水速乾ランニングでも着ておけば良かったかもしれんな」
腰に手を当てて仁王立ちでふんぞり返る。ぎゃー!見えそう見えそう!!
「勇者よ、名はなんという」
「あ、月守光です。名字がつきもりで名前がひかり」
汗でテラテラと輝く細マッチョの紐パン魔王さんが僕を見下ろす。
うぅ、視線が気になる。僕はなんとなく胸を隠す。男なんだから平気なはずなのに気恥ずかしい。
Tシャツは乾いたけどデニムは生乾きでちょっと気持ち悪い。ウエストも前より細くなったみたいで、下着が見えそうな気がして慌てて腰を押さえる。
僕を見つめる魔王さんはニヤっと口の端を吊り上げてこういった。
「歓迎するぞ!光!吾輩の花嫁よ!!」
えーなにその展開。
「えっと魔王さん……いえ魔王様」
今の僕の生殺与奪は魔王さん、魔王様が握っている。なにが彼の逆鱗にふれるかわからないかうちは下出に出よう、うん。
「なんだ、吾輩の麗しき妻よ」
麗しいとかいい始めた。これは速攻で誤解を解かなきゃ後々やばい。
「えーっと今はこんな成りですけど僕、本当は男なんです。王国の転性の泉に落っこちちゃって女になっただけですので」
魔王様は物凄くわかりやすい『なにいってんだこいつ?』って顔をした。あんまり腹芸は向かないタイプっぽい。
「ふむ、それで?」
「いえ、ですから男を嫁に迎えるのはどうかなと。いつ泉の効力がきれて男に戻るかわかりませんし」
そう。神様がなんのつもりで創ったか知らないけど、あの泉の効果は一時的なものなんじゃないかなって思う。そうじゃないと僕が困る。
「男だったのは知っているぞ!宮廷魔術師が召喚魔法を唱えて、光が現れた時から一部始終を覗いていたからな!」
あの王国、警備がザルじゃないか。
とはいえこんな規格外生命みたいなのをどうこうできはしないんだろうな。できるなら僕らを異世界から呼んだりしないだろうし。
てか知ったうえでの花嫁宣言なのか。王様といいこの人といい、この世界は同性愛が盛んなんだろうか。
愛の形を否定はしないが僕個人はノーマルで生きていきたい。
「では話も早いと思います。僕は男なんです。男性に嫁ぐわけにはいきません」
女の子と付き合ったこともないのに男性の元へお嫁にいくとか無理ゲーすぎる。
「光よ」
「な、なんですか」
魔王様が前の前に立ち、僕の肩に手をおく。
めちゃめちゃ大きいなこの人。二メートル超えてるんじゃないの?彼の顔を見ようと見上げると僕の首が凄い角度になる。
キラキラ輝く瞳が僕を見つめている。
彼の瞳を見ると胸が張り詰める。なんで?
「吾輩ギンギンであるぞ」
「え」
ギンギンってつまり……。
その言葉で思わず視線を彼の下腹部に向けると――
そこには紐パンの前を突き破りそうな特大なアレがアレして超アレなことになっていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」
僕は生まれて初めて絶叫をいうものをあげた。
魔王様は魔力や体も大きいみたいだけど別なモノも大きいみたいです……。