そのふたりは、そして――
この回が、事実上の最終回です。
「じゃあ、魔王様。僕からいくつか質問があるんですけど、いいですか?」
「わかった。光が聞きたいことに答えよう」
出会ったあの日を思えば、遠いところまで来た僕たち。
なら、もう遠慮なく、聞きたいことを全部を聞いちゃおうかな。
「まず最初に。勇者召喚にイラついて王国を滅ぼしに来たっていうのは、なんだったんですか?」
「それは……」
「ドナさんが言ってました。「魔王様は勇者召喚に関心がなかった」って。あと、僕が召喚されたから王国に来たって」
「……」
「それってどういうことなんですか?」
魔王様は言い淀んでいたけど、観念したのか重い口をモゴモゴ動かしだす。
早く言いなさい。
「たしかに、勇者召喚という行い自体には興味はなかった。どのような遭難者でも、救助すればいいだけだ。たとえ、それが迷惑な勇者という存在でもな」
「やっぱり、迷惑なことは迷惑だったんですか」
「ナーガから聞いていたのだ。実務にあたる海上警備隊が渋っているとな。だが、仕事があるのはいいことなのだぞ」
「それ、無駄な仕事だから渋ってるんじゃないですか」
「迷惑なのはナーガの小言と、勇者と王国に対する愚痴のほうだ。ヤツの話は毎回内容が同じで、しかも長ったらしくて話がシツコイのでな。あの陰険メガネの優男め。毎度毎度ウンザリするわ」
「毎回、同じようなことをナーガさんが言うのは、毎回、何度でも同じお説教を言わせるようなことを、魔王様がしてるんだと思いますよ?」
ナーガさんと現場のひとは大変だ。
魔王様には、もっともっと、いままで以上に、ダラーっとした日々の過ごし方を教えてあげなきゃ。
「我輩が危惧していたのは、召喚された勇者の能力だ。どんな知られざる力を持つ異世界の者が現れるか、わからぬからな。だから、召喚の日は王国の動向に注意を払っていたのだ。召喚門から来る者の能力……例えるなら、気を探っている、と言えばよいのか」
「僕の世界には、魔法とか使う超人みたいなやつはいませんから、杞憂だったと思いますけど。それで、僕が来たのがわかったんです?」
「心の色を見る能力は封印されているのでな。だから異世界人の能力を探っていたのだ。だが、あの時、王国の召喚門から感じたそれは、我輩が知らないものだった」
「……」
「万年生きてきた中で、初めて感じる温かくて柔らかい気。吾輩はそれに触れたくなったのだ」
「それが僕、ですか?」
「そうだ。門から現れたのが光、御許だった。だから吾輩は、初めから御許を見ていたのだ」
勇者と王国滅亡が目的じゃなくて、僕が目的だった。
僕だけが彼の目的だった。
「じゃあ、顔が気に入ったから嫁にするっていうのは……」
「……照れくさいではないか。温かそうで柔らかい気に触れたい。初対面の光の内面に、ただ、触れてみたかったなどと言うのは。なので、一目惚れをしたと……」
「嘘をついたんですね?自分の誓いを破って」
「……そういうことになるな」
僕だけのために誓いを破ったんですね。
恥ずかしくて本心を言えなかったから。
王国の勇者召喚にイライラしたと言って。
僕の顔が気に入って、一目惚れしたということにして。
そう、ずっと違和感はあった。
だって、魔王様は、僕の顔に惚れたって言ってたけど、ただの一度も『綺麗』とか『かわいい』って褒めてくれたことがなかったんだもの。
だから、嘘をつかないはずの彼だけど。
僕の顔が好きって話はどうなの?って、ちょっと思ってた。
神様は、いっつも『かわいいかわいい詐欺』?ってくらい、連呼してるけどね。
「男のままだったら、どうしてたんですか?普通なら嫁にはできませんよ」
「男でも女でも、嫁でなくともかまわん。とにかく、一緒にいて話をしたかった。恋仲とまではいかなくても、吾輩と既知にの間柄になってくれれば嬉しいと……」
お友達で過ごすつもりだったんですか。
さっきも思ったけど、もしそうなら、僕たちはどうなっていたんだろう。
ううん、そんなこと、考えても意味がない。
いまの彼と僕の関係以外は考えられないし、IFなんか考えたくもない。
「透視魔法で男のときの僕の裸を見たのはなぜですか?心の色は見ないようにしてるのに、僕の裸は躊躇せずに見るんですね」
「それは……この者は何者だと驚いた。あとはどうしていいかわからず、つい透視魔法を使ってしまったのだ。なぜ使ったのかは自分でもよくわからんのだ」
「駄目ですよ?もし僕が最初から女の子だったら、もの凄く軽蔑する行いです」
「ああ、反省している」
ほんとかなー?ほんとに反省してるのかなー?
でも、ここでネチネチ言うのも、なんかね。まぁ、今の体じゃないから執行猶予にしときます。
自分で自分のしてることや、考えてることがわからない。
それは僕にも、よくわかることだから。
「このお城に来た初日に、もしも僕が元の世界に帰るってグズってたら、どうしました?」
「最初は舞い上がってしまったのでな。そのことを留意していなかった。気持ちが落ち着いてから、あらためて気づいた」
「なにに気づいたんですか?」
「光と離れるのは辛いが、本人の気持ちを無視するわけにはいかん。御許の幸せが吾輩の幸せなのだ。帰りたいというなら、あらゆる可能性を試して、無事に帰還させるつもりだった」
「そうですか……」
やっぱり、初めて会ったあの日の彼は浮かれていたんだ。
だから突拍子もない行動を繰り広げていた。
あれ?でも。
「いまだにセクハラっぽいコトをしてるのはなんでです?」
「光の反応を見るのが面白くてな。赤くなったり恥ずかしがったりする御許を見るのが、どうにも愉しくてやめられないのだ……ダメか?」
「ダメに決まってます!もう、そういうのは絶対ダメですからね?好きな女の子をからかう男子のレベルを超えてますよ!いいですね?絶対ダメ!」
「うむ。一応、留意しておく」
なんで素直にやめるって言ってくれないの?
ちょっと!なんで、顔ごと目を逸らすの?
ねえ、僕の目を見てください!?
でも、セクハラ以外は、いままでずっと、僕のことを第一に考えていてくれていた。
だから帰る話になると「帰るな」って一度も言わなかったんですね。
本気で僕の気持ちを最優先にしてたから。
そうですか、えへへ。
そうだよね。
だからこそ。
「えっと……魔王様」
「どうした、光。そんな情けない顔をして」
いつも僕を想ってくれていた、あなたに。
「さっきの僕とテミスさんのやり取りを……聞いちゃいましたよ、ね?」
「ああ、聞いていた」
……このことを言わないと。
「ごめんなさい。魔王様を失望させちゃいましたね…‥僕はこんなやつなんです。いいやつでもないし、心が温かくも柔らかくもないんです。テミスさんの気持ちを以前から知っていたのに、なぁなぁで済ませていました。今のいままで、僕が僕自身を認めなかった、ただそれだけのためにです」
「……」
「そして彼女にイヤな思いをさせました。なのに、魔王様と一緒にいられることで頭がいっぱいで、嬉しくて仕方ないんです。もう、テミスさんのことは考えてもいません」
「吾輩も嬉しいのだ。なぜ、そんなことを言う?」
「いまの僕の色を見たら、きっと汚い色です。僕は普通の人間です。綺麗な心なんか持ってません」
上から目線でテミスさんを振ったと話す僕。
泣いて去った彼女を思いやることもない。
なのに魔王様の顔を見ていると、幸せな気持ちになってくる。
自分のことしか考えていない。こういう時に、他人を思いやることができない。
結局は、魔王様に淡い夢を見させていただけ。
居もしない、幻のような素敵な女の子の夢を見せていた。
期待外れの想いを抱かせてしまった。彼を騙していた。
そう思うと……空っぽになった胸が、重い喪失感で押し潰される。
「僕は特別な人間じゃありません。平和になってからの魔王様は、お城のひと以外とは関わりを持たなかったんですよね」
「そうだな。城の者や古い友以外との個人的な接触は、する気もなかった」
「だから僕が気になったんだと思います。……たまたま異世界から来た僕が、たまたま、いままであなたのまわりには、いない感じだったから」
「……」
「温かくも柔らかくもない。僕はトゲトゲしいところだってあります。怒ってイライラすることもあるし、自分の幸せのためなら他人を傷つけもするんです。穏やかで優しい心なんか持ってない」
あなたにとっての特別でもなんでない。
戦乱の世の中ならいざ知らず、この大陸も、いまは平和な国。
僕なんか探すまでもなく、どこの世界にでもいる大勢の中の、ただのひとり。
あなたが思っていたような、暖かくて柔らかい心を持った、たった一人の存在じゃない。
そして彼にとって、僕の顔も無価値だった。
魔王様にとってはなんの魅力もなかった、ただの異世界人。
それが僕。……本当の僕だ。
この一か月。一緒に過ごしたあなたは、よくわかったはず。
僕が、特にいいところもない、ただの没個性なやつだってことを。
「光よ、温かい心や綺麗な色とはそういうことではないのだ」
「……」
「黄色が存在しない世界の者に、解説だけで正しくそれを理解させるのは難しくはないか?程よい温かさとはどういうことかを口だけで説明しろ、と、御許は言われても困るだろう?」
「そうですね、僕は説明が下手ですし」
「それと同じことだ。温かな心とは一体なにかとは、口では説明できぬ。それに御許は汚い心の色などしてはいない。見なくても、それはわかる」
「そう……ですか」
なんか、ちょっと納得できない気がしないでもないけど。
「吾輩は光が良いのだ。似たような者が存在していても、光でなければ駄目なのだ。光が隣にいれば、それだけで良い」
「……」
「御許は愛した者と同じような者がいたら、似た者をかき集めて、そこから自分に適した一番都合が良い者を見繕うことなどしたいか?」
「……いいえ、絶対にそんなことしない。似たひとがいたとしても……僕が好きなひとは、ひとりだけです」
「吾輩もだ。代わりなど何処にもいない。一緒にいて、こんなにも嬉しい気持ちになれる者など他にいない。いや、いてもいなくても、そんなことはどうでもいい」
魔王様は僕を見つめて静かに言った。
「光だけを愛している」
こんなことを言ってくれるこのひとを困らせたくないし、これ以上は聞いても、なんの意味もない。
彼は僕のことが好き。そのことさえあれば……もう、それだけでいい。
それだけで、僕は満たされる。
魔王様の手が僕の肩に、そっと置かれる。
彼の手に触れてみる。その少し冷たい手に。
とても心地のいい手。
冷たすぎもせず、温かみがないわけでもなく、僕にとって、ホッとする体温。
彼の気持ちだって、僕には心地がいい。
熱すぎもせず、冷たくもなく温いわけでもない。
ハイテンションだったり、寂しげだったり。
格好いいところも、ちょっと可愛いところも、ヘンなところも。
彼みたいなひとが、他にいるのかは知らない。
こんなひとは探しても、やっぱり他にはいないのかもしれない。
でも、他にいてもいなくても、どうでもいい。
僕には彼の他には誰もいない。
――僕も彼だけだ。
「吾輩からも御許に聞きたいことがあるのだがよいか?」
「なんですか?どんな下着が好きかですか?パンツなら贈らなくていいですよ。あんなにあっても履ききれません」
大型特注パンツ専用チェストが必要なくらいの量なんですけど。
「茶化すな……。御許は、光は吾輩でよいのか?得体の知れない力を持った強大な竜の魔王。そんなおぞましい存在と共に、普通の人間である御許が永い時を生きるなど」
「そうですね……うん、きっと大丈夫です。だって、あなたがいるんですから」
「……光」
「僕と、ずーーーーーっと、一緒にいるのがお仕事なんですよね?どんな時も、いつまでも」
「約束する。御許との誓いを違う事など、決して訪れない。それは未来永劫だ」
「ふふ、忘れませんからね。絶対の約束ですよ?お仕事に終わりはありません!ずっと一緒にいてくれなきゃ、です。それよりも僕はちょっとガッカリしてるんですよ」
「なぜだ?」
「えー?だって、最初に会った時の魔王様の印象なら、ここは「ヌハハハハ!これで吾輩たちは永遠!!幾久しくイチャつこうではないか!!マイ嫁」とか、締めるとこじゃないですか」
「むぅ……」
ハイテンションキャラが売りかと思っていた魔王様。
まさか、こんなふうになるなんて……なれるなんて思わなかったな。
ケタ違いに強い魔王国の王。
神にも匹敵するかもしれない最強の竜。
でも、その正体は小心者の優しいお兄さん。
僕の大好きな彼――愛しいひと。
ちょっとだけシットリした空気の、いまの僕たち。
あの出会いからは想像もできない。
出会ったときは思いもしなかった。
馬頭を脱いで紐パンであんなになって――
でも、こんな彼が。
どんな彼でも。
僕は魔王様が大好きだ。
「まぁいいです。これから、ずっとずっと一緒なんですから。永遠にハイテンションなんか無理ですもんね」
「光……」
ここは僕を抱きしめるシーンじゃないのかな。
いいや、めんどくさい。魔王様にしがみつく。
思いっきり、彼をギューッと抱きしめた。
肩にそっと置かれた手を感じながら、いまの僕の顔は絶対誰にも見せられない――彼にも見られたくないくらいに、だらしなくヘニャっと緩んでいるのがわかる。
でも……いいよね、これくらい。こんな顔をしたって許してくれるよね?
えへへへへへへ。
「だから、たまには面白キャラになってもいいですよ。シリアスなシーンで、おバカっぽいあなたも嫌いじゃないですから」
「ふむ、そうか……そうなのか!!わかった光よ!吾輩バカになろうではないか!御許のためだけに馬鹿街道を行くぞ!」
「あ、そういうのいいです。ヘンな馬鹿になんないでください」
止めとかないとヤバイことになりかねない。慌てて彼から離れる。
そんな僕を見た魔王様は、両手を広げて嬉しそうな顔で言った。
「では光よ!包み隠さず話した吾輩に、ご褒美をくれ!」
「ご褒美ですか?」
「うむ!名前だ!さきほどテミスと話していたときに言った、吾輩をその名を呼んでくれ!!」
あぁ、あれですか。
魔王様の名前。『アバドン』。
『魔王様』じゃなくて、その名前で呼んでほしいんですね。
たしかに僕も、いまだに魔王様から『勇者』って呼ばれてたら嫌だなぁ。
でもね。
「うーん、ダメです」
「な、なぜだ……!吾輩の至上にして至高の願いなのに」
魔王様が頭を抱え込むとヨロヨロと後ずさりして、そのまま膝から崩れ落ちる。
そのリアクションが、やっぱり普段の彼っぽくて、ちょっと笑ってしまう。
「だって魔王様は、僕に嘘をついてたんですから。ご褒美よりも先に、お仕置きが必要ですよ」
そう言って勢いよく、また、しがみつく。
もちろん他意がある。
そんな僕を――彼はよろけもしないで、しっかりと優しく受けとめてくれた。
ここまで書くことができたのは、ずっと読んでくださったあなたのおかげです。ありがとうございます。
残りは、あと二話です。
次話は閑話で、その次がエピローグとなります。
可能ならば、同日に続けて投稿したいと思っています。
次回更新は8/4 お昼の12時の予定です。




