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その36

「なにはともあれ、光さん、ようございましたわ!これで貴女はわたくしと、いえ、この世界で、ずっと魔王と生きていくことが、あちらの神からも公認となりましたわ!」


 神様が僕に飛びついてきた。

 いまこのひと、「わたくしと生きていく」って言おうとしてたよね?

 うん、まぁ、はっきりいえば僕はこのひとも大好きだ。

 だいぶ変わってるひとだけど、一緒にいると楽しいもの。

 言動が、かなりアレだけど。


「よかったわね、光。あなたが幸せになれて、私は本当にうれしい。いま、私も幸せよ」


 さっちゃんが涙ぐむ。……彼女が涙を見せたのを、初めて見た。

 物心つく前から一緒にいた僕たち。

 でも、さっちゃんはこれまで、つらい時でもうれしい時でも、涙を見せたことなんかない。


 ほんとに喜んでいるんだ。いまのこの僕のことを。

 僕はたまらなくなって、さっちゃんに抱きついた。


 ずっと一緒だった僕たち。

 これからも僕は、さっちゃんと一緒にいたい。

 すっとずっといつまでも。


 ふたりで抱き合ったまま、さっちゃんの温かい体温を感じていると、彼女は僕の耳元で囁いた。


「時の彼方で私のことを産んでね。絶対の約束よ」


 なにそれ、どういうこと?

 生む……産むかぁ。


 魔王様は王なんだから、やっぱり世継ぎとか必要なんだろうか。

 その命が無限かもしれない竜族。

 でも、当然、そこには種の営みがあるわけで。


 やっぱり恥ずかしいし、ちょっと怖い。

 だってそれって、つまりアレってことでしょ?


 元男とかを抜きにしても、魔王様が僕とそういうコトを……。

 たまに滾った彼のアレがズボン越しにでも大変なコトになったりもしていたけど。

 困る。恥ずかしい。

 想像しただけで、頭がクラクラする。


 でも、僕の命は魔王様と違って短い。

 ナーガさんだって竜族だ。その命はほぼ無限。

 この国の人は人間と違って長命の種族が多いと聞いた。


 ――それにテミスさん。


 彼女はエルフだ。

 ハイエルフの彼女も無限に近い命があるのだろう。


 僕がいなくなったあとも、彼らの人生はずっと続く。

 そのことに寂しさがないなんて言えない。

 はっきりと悲しい。

 僕は途中で消えてしまう。

 それに竜族と人の間に子供ができるかもわからない。


 でも、僕が生きてるあいだは精一杯幸せにいきよう。

 そして子供とか孫とか、みんなに囲まれながら、笑って人生を振り返れるような老後を送りたい。そんな人間になれたらいいな。


 ずいぶん、見通しが甘いかもしれない。苦労することだっていっぱいあるはずだ。

 だけど、今はそう思う。とにかく幸せになろうって。


 前向きなほうが、絶対いいに決まっている。

 それが失笑ものの、子供じみた甘い考えだとしても。

 彼と一緒なら、いつも明るく前を向いていたいから。


 みんなの「良かったですね!」「大変でしょうけど、わたくしもツイていますわ」の声に答える。


「ありがとう。魔王様とは限られたちょっとの時間しか過ごせないけど、たくさん幸せになるつもりです」


 ヤバっ。ちょっと涙が出た。ここは泣くところじゃないのに。


 そんな僕を見て神様がキョトンとした。

 釣り目でパッと見キツいかんじの彼女がそんな表情をすると、とても可愛い。

 神様からみたら、人間の僕の人生なんか一瞬の出来事なんだろうな。


「なにを仰いますの?わたくしは、いつもこう言っているではありませんか。「貴女と魔王は、ずっと一緒です」とね」

「あー、そんなことも言ってるような……?」

「それに、これもお伝えしましたよね?貴女はわたくしのエターナルですのよ。重ねて言いますけどエターナル」

「重ねて言わなくていいですけど、どういうことなんでしょうか」


 いつも聞き流していた『永遠』の言葉。


「そういえば、このことは言ってませんでしたかしら?わたくし、転性の泉には、とある効力を設けておりましたの」

「聞いたことなかったですけど、どんな効力なんですか?」

「わたくしの美少女の園で共に過ごすべく、転性したアルティマ美少女が短命種の場合、永遠の命が付帯される効力ですわ」

「永遠の命って……だって奇跡は、祝福は同じ対象におこせないって。二回奇跡をおこすと肉体から魂まで消えちゃうんですよね?」

「ですから、同時進行で祝福がかかるのですわ。これなら『二回』にはカウントされませんもの」


 なんだそれ。すごい屁理屈を聞いた気になってくるんですけど!


 泉を使用した歴代の王たちの転性結果は、彼女の御眼鏡にかなわなかったそうで、奇跡の対象にならなかったそうな。

 発言からやってることまで、やっぱりこの神様は相当ヒドイと思う。


「もっとも、永遠の命は神が授けるなかでも、最上級中の特別最上級の奇跡。世界最高の超難関大学入試など霞んでしまう、難関中の難関ですわ」

「奇跡って受験なんですか」

「伝え忘れていたのは失敗でしたわねえ。わたくしとしたことが……オヨヨヨヨ」


「美少女がわたくしと永遠を過ごすのは当然のことですから、伝えるまでもないと思っていましたの」と、神様。


 でも、永遠の命はあくまで本人の希望次第。イヤなら輪廻転生コースもあるそうだ。

 なんていうかね?選択科目じゃないんだからさ。


「永遠って、どのくらいなんですか?」

「さあ?わたくしの命がいつ尽きるのか?と聞かれましても。自分の限界を無理やり決めてしまうのは主義に反しますわ」


 永遠とか命って主義の問題なの?


「わたくし、美少女と戯れられなくなるなど、時の最果てに辿り着いてもありえませんから。命が尽きるとか、ちょっとなに言ってるのかわかりませんわ」

「はぁ」

「あ、安心してかまいませんわ。光さんのお姿は、いまの時点で究極です。お年を召されるなんて禁忌中の禁忌。そのままのお姿で時を過ごしてくださいな」


 オーホホホと神様が笑う。

 十五のままで成長期が終わることを約束されてしまった。

 つまりは、身長もこのままの、百四十センチ台で終了が確約されちゃったよ!

 てことは、胸も……やっぱり、これ以上成長しないよね、ヒドイ。


 成長はともかく……それなら、この先も僕は。


「よかったわね、光」


 さっちゃんが僕の頭を撫でて言った。彼女は、いまの話にも動じた様子がない。

 僕の幼馴染は、どんなことがあっても冷静で、凄いなとあらためて思う。


 でも、これで彼と。

 永遠を生きる彼と共に歩んでいける。


 ……それはとても永い旅だろう。

 ただの普通人の僕がそんな悠久の刻を過ごせるのだろうか。

 でも彼がいれば、なんとかなる気がする。

 魔王様がいれば、僕はどんなことがあっても大丈夫。


 なんだか和やかな雰囲気。みんなが僕をお祝いしてくれている。

 素直にうれしい。

 みんなが祝福してくれることもうれしいけど、これからのことを考えると幸せな気持ちが止まらない。



 そして気が付くと――僕は闇に包まれていた。



 暗闇が僕を包んでいる。

 自分の指先を目の前に持ってきても、まったく見えない本当の闇。


「なに、これ……」


 なんだろう。怖いはずの暗闇なのに安心している。

 いつも感じているような安堵感。


「姫様」


 暗闇の中で声が聞こえた。


「テミスさん……」


 聞き間違うはずがない声。

 この闇は彼女が関わってるの?


「テミスさん、この真っ暗なのは?」

「ここは闇の精霊の世界です。すべてが闇に包まれ、外の世界を見ることは叶いません」

「どうしてこんな場所へ?」

「姫様……」


 彼女が僕を呼ぶ。

 でも、言葉が続いて出てこない。

 彼女はなにを僕に言いたいんだろう。


「テミスさん。手、出して?僕の声のほうへ」

「はい」


 暗闇の中に、彼女の手の温もりを僅かに感じる。

 手探りでその手を取ると、そっと握った。


「なにか話があったんでしょ?だからここに連れてきたんだよね」

「はい……そうですね」


 また沈黙。彼女の手を握る力をちょっとだけ強くする。

 すると暗闇から彼女がこんなことを告げてきた。


「姫様は……この世界の記憶も消して、男に戻って元の世界へ帰ったほうがいいと思います」

「どうして?」


 テミスさんの声は真剣だ。

 暗闇なので彼女の表情はわからない。

 いつもの無表情なのかそれとも……。


 けど、その声はとても真剣だ。

 冗談で話をしてるわけじゃない。こんな世界に連れてきたんだし、なおさらだ。


「この世界は遠い未来だと思ってください」

「遠い未来?」

「ええ……。姫様がこの世界に来て一か月。あなたが、その時間をどう感じて過ごしていたのか、私にはわかりません」

「……」

「私やパパ、ナーガおじさんの時間は、姫様が想像するような時の永さではないと思います」

「それは……そうだよね」


 人間だって、子供と大人では同じ時間を過ごしても、時間の経ち方の感覚が違うって話を聞いたことがある。

 僕と父さんが同じ一年を過ごしたとしても、一年が過ぎたその速度もまったく違う感覚なのかもしれない。


 まして僕と彼女たちでは、寿命のケタが計れないくらい違う。

 カゲロウと人間の寿命のその時間の感覚よりも、さらに隔たりがあるのかもしれない。


「私は以前、姫様に言いました。「時はゆりかごのようなもの」だと」

「うん、覚えてる」


 彼女が僕に「好きです」と言ったあの日。

 眠りにつく前の僕に、そう言っていた。


「あの時、私は忘れていました。姫様が私たちとは違い、生の時間が遥かに短い種族だということを」

「そうだったんだ。まぁ、この国は人間もいないし仕方ないんじゃないかな」

「仕方なくありません。姫様はこのまま永い永い時間を、心の平穏を保ったまま生きていけると思いますか?」

「それは……正直、見当もつかないっていうか……今はまだわからない、かも」

「私はこのお城で二千年以上を暮らしています。私にはたったの二千年ですが、姫様にとって二千年とはどのような時間になるのですか?」

「二千年……ケタ違いに長い時間だと思う。正直、歴史の教科書?ってくらい遠い昔のお話」


 テミスさんは、またしばらく沈黙した。

 もしかしたら、この沈黙した時間も彼女の中では、たいした時間ではないのかもしれない。

 一分一秒。それらが積み重なって、十年、百年、千年。


 それがどのくらいの時なのか。

 いまの僕には想像もできない。


「私は姫様の、人間の時間の感覚に寄り添おうとしたことがありましたよね。ですが、私には結局、よくわかりませんでした」

「あのときね。うん覚えてる。それとは逆に、テミスさんの時間の感覚を僕がわかることはありえない、って思ったの?」

「姫様が時の重みに耐えきれなくなることが心配なのです。だって、あなたは命が長らえただけで、その精神は人間という時間が短い種族の感覚のままなのですから」

「僕が長い時間を生きていくことに耐えきれなくなるってこと?」

「わからないから怖いのです。それに、パパや私が、ずっとあなたの隣にいられるのかも、わかりません」

「うん……わかってる。魔王様もテミスさんも不死ってわけじゃないもんね」


 ハイエルフの彼女の両親は戦死している。

 魔王様だって邪神騒動のときは死を覚悟していた。


 永い命と決して死なない命は意味が違う。

 僕だってそうだ。ケガや病気で死ぬことはあると思う。まあ、神様はなにしても死なないのかもしれないけれど。


「この世界は永い時の旅の果て。魔王様も私もいなくなった、姫様ひとりの世界だと思ってください」

「みんながいない世界……」

「姫様が幸せと思えない世界、そんな未来があなたに訪れるかもしれない。姫様は未来永劫ひとりきりでも生き続けるかもしれないのに。なのにあなたを祝福して、共に生きていけることを喜ぶなんて私には」


「できません」と呟くあとには、沈黙が闇の世界を支配する。


 テミスさんは僕を心配してくれている。

 ずっとみんなと生きていける、楽しいことが訪れると浮かれていた僕を、ただひとり心配してくれた。


 それは嬉しいような、でも悲しいような。

 彼女の気持ちは、とても純粋で柔らかい。

 悲痛に訴えているわけでも、苦痛を脅すわけでもなく。

 ただ、僕に淡々と懸念を伝えてくれた。


 彼女の言うことは間違いじゃないんだろう。

 自覚してないわけじゃなかったけど、僕は多分に能天気なところがあるみたいだし、ネガティブなことを想像することがあまりなかった。


 だけど。それでも。

 もう決めちゃったんだもの。

 この一か月を忘れて、いままでの日常に戻るなんて考えたくもない。


 だから、いいんだと思う。


「ありがとう、テミスさん」


 僕は彼女の細い腕を引き寄せると、思いっきり、その体を抱きしめた。



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