その33
あの国会の翌日。
さっちゃんと詩乃ちゃん、それに神様が僕の部屋でお茶を楽しんでいる。
曰く『女子会』だそうで。なので魔王様は今はいない。
ちょっと魔王様に話したいことがあったけど、夜までに会えればいいかな。
彼はご機嫌だ。
神様と初めて顔を合わせたときとか、あの休暇法の話を聞いたときは抜きにして、あんまり不機嫌なときは見たことはないけどね。
そして、その……婚姻が議会で取り上げられて、彼は上機嫌だと思う。
ただ、僕にはそのこと。婚姻のことは話さない。
なんだか僕だけモヤっとしてる気分だ。
法案は審議するまでもなく、速攻で可決されましたよ、ええ。
僕の存在って公にはされてないのかと思ってたけど、議員さんたちは普通に「姫様」って呼んでたし、あんな法改正の話まで出たってことは、結構知られてたのかもしんない。
それって、どうなんだろ?僕は元男で、しかも異世界人なのに。
いいのかな、あんな話を進めちゃって。
でも、たぶん、魔王様のご機嫌はマックスを超えている。
大騒ぎはしていないんだけどね。静かに喜んでいる気がする。
婚姻の話は僕の同意もなしで進めないと、彼は言っていた。
だからあの法案は、彼以外の人たちによって話が進められてきたんだろう。
ってことは、周囲も僕たちを認めてるってことだよね。
ふたりの仲が、みんなに認められてうれしいのかな?
民から恐れられてるかもしれないと思っていた自分が、結婚してお祝いされる。
じゃあ、なんで当事者の僕とその話をしないの?婚前交渉がどうこうとかの話はするクセにさー。
ていうか、ギンギンになったり紐パンになったりキスしようとしたりする前に、あなたは僕に話すことがいっぱいあるんじゃないかな!
まさか、その話題を僕としたくないから避けてんの?
あーなんかムカつく。あとで、ほっぺた引っ張ってやる。
僕から聞くのも……なんかね?
悔しいわけじゃないけど、なんで僕から聞かなきゃいけないのさ、って思ったり。
まるで、僕がそれを待ちわびてる、みたいに思われないかな……とか考えてしまう。
なんだろう。最初、あの人はハイテンションキャラが売りなのかと思ってたけど、やっぱり違う。
どっちかっていうと優しい兄さん的なほうが、素の彼みたいで。
それが、なんでたまに変態チックなハイテンションキャラに変貌するんだろ。
変態はテミスさんもか。この親子は謎すぎる。
でも婚姻って。
うん、たしかに一緒がいいとは言ったけどさ……。
婚姻って結婚だよね。
それって、つまりはそういうことになるわけで。
「僕は男なんですよ」
女子会で男を主張する男女子。
だって、やっぱり……。
「どうしたの光?路線変更したマンガで誰もが忘れていた初期設定を、急に持ち出す展開みたいなことを言いだして」
さっちゃんが雷おこしをハムハムと食べて訝しげに聞く。
クール系美少女の彼女が可愛く食べる様はギャップがあって和むんだけど、いまは浸っているときじゃない。
「路線変更って性別を変更されたことを言ってんの?一応、男だった初期設定を忘れたことは、僕自身は一度もないよ」
「魔王さんとふたりで愛を誓いあってたじゃない。彼の胸に自分を預けながら手を繋いで「ずっと自分たちは一緒」だって言って」
…………どういうこと?
「いつそんなことしたっけ。僕にはまったく覚えがありませんが」
「国会でしてたじゃないの。あんなにも熱烈な愛の告白を光が大勢の前でするなんてって、私も柄にもなく胸が熱くなったわ」
「驚きですよね!私はいっぱい人目がある場所で愛の誓いなんて、恥ずかしくて絶対にありえないくらいみっともないバカップルで無理ですけど、ひか姉は凄いです!もう最高!ですね!」
「あー、光さんもやるときはやるんだって思いましたわ。見ていたひとはみな、ご馳走様って感想でしょうね」
ぎゃあああああああああああああああああああああああぁぁ!!
なんでみんなが知ってんの?
あと一応言っとくけど、愛を誓いあってたわけじゃないからね!
「なんでもなにも国会中継よ。遊びにきたら、ふたりは国会にいったって聞いたからテレビ中継を見てたのよ」
「リアルタイムで全国放送らしいですわ」
ははは……おわった……。
見られてた、しかも彼女たちのみならず、不特定多数のひとにまで。
もう外歩けない。
もうお城の敷地から一歩も出ない。
この部屋から出ない。
ヒキニート王を目指して邁進してやる!!
ううぅ、あの音声が拾われてるなんて思わなかったよ。
僕たちの座っていた席のどこかにマイクがあったわけでもないのに。
「ちなみに前回の国会中継は視聴率百パーセントを弾きだしたそうですわ。ネット視聴も過去最高というお話を伺いましたの」
「私も録画させてもらいました!ちゃーんと、お父さんとお母さんにも見せちゃいましたから大喜びしていいですよ?ひか姉!」
視聴率とかネット視聴が高くても、国民全員に見られたわけじゃないからセーフです。セーフ!!
あと、なんで父さんたちに見せちゃうかな!?
それだけはやめてほしかったのにいいいいいいぃ!!
「好きなんでしょ?彼のこと」
「……キライなわけない。……それは認める」
「私がどうこう言うことじゃないから深くは聞かないけれど光はどうしたいの?」
「どうしたいって、僕は……」
「往生際が悪いですね、ひか姉!でも、そんなモジモジしたお姉ちゃんに性的興奮を覚えちゃってる私がいます!あ、ウソです、さくらお姉さま!シスターノータッチ精神は遵守しますです!アダダダダダ!痛い!イタいです!シャレになんないです!コメカミが割れます!中身出ます!あぁん、もっと!もっと!!……あふん」
「えーっと、さっちゃんと詩乃ちゃん。それなんのコント?」
わかってる。
あの王様や父さん。それに魔王様も言ってた言葉。
「愛は時間ではない」
最初はなに言ってんの?って思ってた。
恋愛って、そんな急に出来上がるものじゃないって。
――いまの自分の気持ちは。
けれど、あのひとは男で僕も元々は男。
「いまはこんなだけど僕は……」
「男に戻りたいんですの?光さんがどうしても仰るなら成功するかは未知数ですけれど、創世くらいに気合を入れて、二度掛け可の祝福にチャレンジしますわ」
「え!宇宙が出来るのが見られるんですか?凄いです。今すぐ見たいです!この世界は滅ぼしてもいいから早く見せてください。ひか姉!私ワクワクしてきちゃいました!」
「滅ぼすて。いえ、戻りたいってわけじゃ……」
戻りたい?いまの自分を捨てて。
男に戻って、暮らしていた元の世界に。
いまのこの僕を捨ててでも。
今の僕と前の僕。
なにがどう違うのか。
どっちがいいのか。
この先どうしたいのか。
――もう、なにもかも認めてしまえばいいのかもしれない。
自分の気持ちを。本当の事を。
そうすれば僕は。
僕だけは、とても幸せになれると思う。
テミスさんが無表情に紅茶をいれてくれた。
立つ湯気を目で追いかけるとテミスさんと目があう。
じっと僕を見つめる彼女。
とても無表情なテミスさん。
彼女も国会中継を見ていたんだろうか?あの一部始終を。
テミスさんはなにも言わないけど。
……彼女にも見られていたのかな。
はぁ、どうしよ。
「ここが勇者様が攫われた魔王の城ですか。結構広いんですね?」
「え?」
なんの前触れもなく。
本当に唐突に声がした。
僕とさっちゃんと詩乃ちゃんに神様とテミスさんの五人だけの部屋に、それ以外の声。
忘れていない――いまも覚えてる。
最初は無理やり押し殺したような声だった。
そして別れ際には地声になっていた、その可愛い声。
「魔法使いさん……」
「あなたが攫われるときに名乗ったじゃないですか。ドナ、ですよ?お待たせしました」
王国の魔法使い――ドナさんがそこにいた。




