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その32

「うわぁ、すごいなぁ」


 眼下に多彩な人種の方々が、緊張した面持ちで座している。


 僕は今日、魔王様と一緒に、魔王国の国会議事堂に連れてこられた。

 今まで魔王城の敷地内から出たことがなかったから、初のお出かけと言ってもいいかもしれない。

 社会科見学なのかな?


 ここに来た理由を魔王様に聞いたら「吾輩も知らん!ナーガにいけと言われたのだ!」だって。

 そのナーガさんは一緒に来ていない。

 出かける時に「姫様にすべてを託しますので」と、にこやかに、でも、なんだか真剣な様子で送り出された。


 そういえば、ナーガさんは初対面の時と比べたら、随分と人当たりが柔らかくなったと思う。

 正確にいうなら『僕当たり』が柔らかくなったのかな?

 初めて会った時の、あの射貫くような視線はビックリしたなぁ。

 といっても、まだあれから二十と数日しか経ってないんだよね。


 なんだか随分と遠いところにきた気がする。

 場所はもちろん異世界だから遠いんだけど、あっちの世界で暮らしていたのが遠い昔のような?そんなかんじ。


 で、目の前には、その異世界要素満載のひと達が並んでいる。

 ファンタジー世界でお馴染みの多様な人種。


 魔王城でも見かけたけど、これまでお城で働くひと全員と接触があったわけじゃない。

 ごく限られた人たちとしか面識がないから、ここまで大勢の異世界人を見るのは初めてだ。


 そして、この場は圧倒的に、おじさんが多いです。

 議員さんに中年以降の男性が多いのは、異世界の魔王国でも同じなのかな。

 でも猫耳や犬耳のバーコードヘアスタイルのおじさんは、あんまり見たくなかったかも。

 普通のおじさんに犬耳と猫耳のカチューシャを付けたら完成しそう……。


 他にはドワーフやエルフもいた。見た目が若い人は長命種なのかな?

 あの犬っぽいのはコボルトさん?あそこの一際おっきい人は巨人族なんだろうなー。

 けっこう圧巻。

 邪神討伐以来の異世界感に、思わず「ほぅ」と息が漏れる。


 あぁ、そういえば邪神以降には神様もいましたね。

 百合好き金髪縦ロールの見た目は意地悪お嬢様ルックだけど、一応異世界要素あるよね。

 百合嬢のインパクトが強すぎて、他の面が霞んでるから忘れてたよ。


 で、魔王様と僕は、議長席の後ろの高い場所に設えた魔王様専用の席に、ふたり並んで座っている。

 椅子がこれまた、いかにも王族用って感じの物で居心地悪いというか。

 議事堂中の視線が集中してるみたいで、文字通り晒し者状態。


 うーん、これは想定外だったなぁ。

 ホントはちょっと嫌なんだけどね。かといって逃げるわけにもいかないし。

 普通人の僕は、こんな耳目を集める経験をしたことないけど、魔王様は涼しい顔をしている。

「初めて来たがここが国会か!思ったより立派ではないか!!」と、はしゃいでいます。

 国の頂点のはずなのに来たことないんですか、そうですか。



「退屈ぅー……」


 まあ、わかってた事だけど。

 イメージしてた国会中継が、そのまま目の前で行われているから、本当にただの見学会。

 今までこういうのに興味がなかったから、いい経験だって思って最初は真剣に見てたんだけどね。

 そのうち飽きてきました。ごめんなさい。

 魔王様なんか露骨に欠伸してるけど、僕は表面上だけは真剣に見ているフリを続けているからギリギリセーフ、のはず。


 ああもう!退屈だからって、こんな場所で急に手を握んないでくださいな。

 人に見られます。視線が!


 でも、なんだろう。

 なんとなく、議員さんたちに覇気がないような。

 物凄く緊張した面持ちで粛々と場が進行している。

 議会って、こういうものなのかな?

 もっと怒号とかヤジが飛んだりするのかなって。


 そう思っていたけど……気づいてしまった。

 みんなが、魔王様を前に極度に緊張していることに。


 議員さんのひとり、ドワーフのおじさんが、チラっと僕たちを見上げたと思ったら慌てて俯く。遠目で見えにくいけど、冷や汗を流す様子。

 あのかんじは正確には僕たち、ではなく魔王様に怯えているのは間違いないと思う。


 大陸の大戦争を制した建国の父。

 百年ごとに襲来する、恐怖の魔神を封印する魔王様。

 こないだは宇宙の災厄みたいな邪神まで蹴散らした。


 でも、称えられて崇められてるって前に聞いたことあったんだけどなー?

 なにせ、宇宙の危機まで救ったんだもの。


「魔王様?ここには初めて来たって、さっき言ってましたけど」

「うむ!吾輩には関係ない場所なのでな!!この席も当然、初めて座ったぞ」

「えー?国のトップなのに政治の場に来ないってどうなんですか」


 ていうか、いい加減そろそろ握った手を放してください?


「吾輩、政治には関わっておらんのでな」

「え?」

「吾輩とナーガは政治には関与していないぞ。建国の仲間の中には政治の道に進んだ奴もいたが、吾輩は一度も携わったことはないのでな。多少、意見を言ってナーガから伝えてもらうことも稀にあるが」


 そうなんですか?

 国王として、いろいろ取り決めているのだとばかり思ってました。


「吾輩は混乱期以降は、城の者以外と、かつての仲間以外で個人的な交流を持った者はいない。ナーガは懇意にしている政治家や官僚、起業家が多いらしいがな」なんて話をする。

 忙しいとか予定が立て込んでいるなんてセリフを魔王様とナーガさんから聞いたことがあるけど。

 じゃあ魔王様の仕事ってなんですか?


「この国を見守るのが吾輩の務めなのだ。仲間と共に心血を注いで作り上げたこの国を守ることだ」

「う、うーん?防衛みたいなものですか?あの王国の勇者を追い払うとか魔神とか邪神から国を守るみたいな」


 王国の勇者は――僕だよ!

 魔王様に追い払われるとか泣く。

 いや、もう【元】ですから!元!ね?


「言葉のとおり、見守るのだ」

「まぁ僕は社会経験がないから、具体的な職務内容を聞いてもピンとこないかもですけど。考えてみたら異世界のお仕事ですしね」


 猫耳おじさんを見て思いだした。そういやここは異世界なんだ。

 僕のいた世界にはない職種があっても不思議じゃない。

 現に彼は『魔王』が仕事なんだし。


「吾輩は国中を見てまわるのだ」

「見学ですか?」

「見回りだ。悪漢はいないか、困っている者はいないか。国民が、みな満足して暮らしているかを、日々、国を見ていなければならぬのだ」

「それって……」


 死が大陸を支配した過去の戦争を仲間と共に平和に導いた魔王様。

 彼はいまの平和が、些細な切っ掛けからでも崩れ去ることが怖い?

 だから、ちょっとしたトラブルでも見逃せないのだろうか。


 恐ろしいほどの力を持つ、生きた伝説の魔王。


 この世界のひとから見ても、恐ろしいまでに強大な力を持つ彼が、いつも国を見てまわる。

 邪神をも倒した魔王様が、自分たちのすぐ傍に、目の前に本当にいることがある。

 悪事を働く者はいないかと。


 なにかをしたら、スグに自分は消されてしまう。

 かつての戦争で敵対していた者のように。


 さっきのドワーフの議員さんの怯え様。

 魔王様が国民に、どんな風に受け止められているのか。


 ――畏敬と共に畏怖の象徴。


 魔王様自身も、それを知っているのかもしれない。

 自分は国民の敬愛の対象というわけではない、と。


 圧倒的な力を持ち、抗うことは自分たちの破滅を意味する、最恐の魔王。



 みんなは彼を知らない。

 ――こんなに優しいひとなのに。



 粛々とした雰囲気の中でそれは起こった。


「続いて魔王様休暇法案に関しての――」

「それはなんだ?」


 魔王様の声が鳴り響く。大音量じゃないのに場内全域に響き渡る。

 魔力?てか『魔王様休暇法案』ってなにそれ。


 議長さんが振り向き、魔王様を見上げる。

 この人はゴブリンのようだ。

 緊張のせいなのか、カタカタ震えている。


「ま、魔王様は、遥か昔から休暇を御取りになられておりません。ですので、魔王様にお休み頂けるよう、国から……」

「そなたらは吾輩に、この国を見るな、城に籠って目を離せ、と言うのか?」


 決して脅しているわけじゃない。

 彼は穏やかな笑みで、静かに優しく問いかけるだけだ。

 でも、なにこのピリついた空気。

 魔王様のキャラが、今は負の方向でいつもと違うような。


「国民には法定休暇があると以前に聞いた。吾輩のことは放っておいてもらおうか」

「あ、あの……」


 ちょちょちょ!議長さんがガタガタ震えだした。

 議員席を見ると、そっちのほうも全員怯えたように腰を抜かしている。まるであの王国に魔王様が現れた時みたいに。

 この状況はヤバイ。なにかしてるわけじゃないけど、なにしてんのさ!?

 それはまあ、なんでもいいや。とにかく彼と話をしよう。


「えっと、魔王様。休暇を取ってないってなんですか?」

「吾輩はこの国を見守るのが仕事。それが民と、かつて散っていった仲間に対して吾輩ができる唯一のことだからな」


 見回りでも見守りでも、国の頂点が休みを取らないって、みんなやりづらいと思うんだけど。


「王が休まないで働くって下で働いてる人は困るんじゃないでしょうか。上が張り切ってるのに自分たちが休んでいいのかな、とか皆なっちゃいますよ?」

「吾輩は政治にも関わっておらんし、会社経営などもしておらんのでな。民も吾輩のことなど気にしなければよいのだ」


 うわぁ、生ける伝説の建国の父が休みなしで働いてるのを気にするなとか言ってるし。

 普通に無理でしょ?強制はされてないけど、お休みが欲しいと言えない雰囲気のブラック企業って、そんなかんじ?


 あれ……じゃあ、この人は今はほぼお城にいるけれど。

 たまに僕と一緒にいなかったのは、短時間でも国を見てまわっていたのかな。


 休みはいらないと言った魔王様。

 近いうちに、また国中を見に旅立ち、城にも戻らない日々がくるってこと?


 ――それってつまり。


「魔王様はそのうち、仕事でどこかに行っちゃうんですか?」

「吾輩はどこにも行かんぞ?この国にずっといる。まぁ王国へ行ったのは出張だと思えばよいな」

「僕の傍からいなくなる。そういうこともあるんですか」


 ……なに言ってるんだよ、僕。

 仕事や学校で家から外に出ることは当たり前だ。

 家族でも、一日の中では離れている時間のほうが長い。

 そもそも彼と僕は家族ではない。ないけれど、今は一緒にいる。


 会いたいときに連絡がとれないと、僕が困るからスマホを持ってもらった。今はちゃんと連絡できる。

 あれからは、また前のように一緒にいることが増えた。神様も相変わらず一緒だけど。

 でも、ふたりきりの時間も多い。


 僕はその時間が心地よくて好きだ。

 そんな時間が終わっちゃうのかと少し――少しなのかな。

 残念に思っている自分がいる。


 はぁ、また思う。

「なんかなー。なんだかなー」って。


「魔王様は前に言いましたよね?「僕と過ごすのが自分の唯一の仕事」って」

「言ったな。覚えているぞ。光が覚えているとは思っていなかったがな」

「忘れるわけないでしょう。……あれは嘘、なんですか」

「……」


 彼が僕を見つめて……ううん、違うよ。

 僕が彼を見つめてる。


 ――握られていた手を握り返す。

 大きな手だ。僕の手には余る。

 でも、しっかりと握る。


 いつもと変わらない。

 少しだけ冷たい、僕には心地よい彼の手の温度。


「いいじゃないですか、僕と過ごすのが仕事なら。仕事中も僕と一緒、お休みの日も僕と一緒」

「光……」

「それでいいじゃないですか」

「……そうだな。吾輩もそれでいい。いや、それがいいな」

「ふふ、そうですか」


 いいよね。うん、それがいい。

 この世界で、ずっと一緒に。


 僕たちは手を握る。

 ちょっとシットリしているのは、どっちの手が汗ばんでいるのかな。


 椅子から立ち上がって、彼の左胸におでこを当ててみる。

 心臓の鼓動が早くないのが、ちょっとズルい。

 これじゃ僕だけが、ドキドキしてるみたいだ。


 ザワザワザワ。


 あれ?なんか騒然としている。


 《うおおおおおおおおおおおお!!》


 轟音がした。うわっ!耳が痛い。


 なにこれ!

 議員さんが総立ちになって雄たけびをあげている!?

 あ、ここが議会だって忘れてた!議長さんもほったらかしだった。


 下を見ると議長さんも大泣きしながら歓声をあげている。

 えー!?今の話は聞こえてなかったですよね?

 さっき議会内に響き渡った魔王様の声も、僕と喋っていた時は普通の音量だったから大丈夫のはず。


 でも、魔王様は落ち着いたみたいだし、これで議会もスムーズに進行するだろう。ちょっとは、この国に恩返しみたいなことが出来たのかな。

 よく考えたら僕がお世話になっている色々な経費って、たぶんこの国の税金だよね。


 自分の欲求のため――

 認めよう。

 僕自身が魔王様と一緒にいたかったことからくる提案だったけど、終わりよければすべてよし、ってことにしてください。


 ささ、もう僕たちのことは放っといて、議会の続きをしてくださいな。

 そして、いまの僕をなるべく見ないでくださいね……。

 あ、魔王様!握っていた手を放してください?人前ですよ、見られてます!


 《姫様!姫様!姫様!姫様!姫様!》


 議員さん全員総立ちで、シュプレヒコールをあげている。

 どうすりゃいいのさ?この状況。


「ヌハハハハハハ!光よ。皆に手でも降ってやるがよい!!」


 魔王様が、ニンマリと、そう言った。

 えー?目立ちたくないんですけど。こんな衆目を集める席に座っといてなんだけど。

 はぁ、仕方ないかな……。

 この状況を作りだした原因は、もしかしたら僕かもしんないし。


 曖昧に手を振る。

 あはははは……顔が引きつっているのは許してほしいです。


 大騒ぎの中、魔王様も手を振る。

 割れんばかりの魔王様コールと姫様コール。

 わー、誰か止めて!



 どれくらい時間が過ぎたのか。

 ようやく議員さんたちが落ち着きを取り戻して、再び議会が進行する。

 魔王様はもう口出ししていない。ご機嫌に議会を見ている。

 僕も同じく見ているけど、政治の話なんで内容はさっぱりわかってない。


「最後に魔王様と姫様の婚姻、それに関する王室法改正案を議題とします」


 ゴブリン議長さんが告げる。

 うん、それは僕にも、どんな内容なのかは容易に想像がついたよ。

 へえ、そんな話を……。


 って、えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?




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