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その31

 ダラダラと、また日が過ぎてゆく。


 魔王様が、お茶の時間に僕の部屋を訪ねてきた。

 考えてみたら、この部屋に彼が来たのは初めてだ。


「ここが光の部屋か!なかなか良い物件ではないか!」

「この部屋って、あなたのお城の一室を間借りさせてもらってるんですよね」


 賃貸物件を見に来たひとみたいな感想の魔王様だけど、この部屋は魔王城の一部、つまりは彼の所有物だ。

 ていうか部屋を用意してくれたのも、あなたなんじゃないでしょうか。

「吾輩のモノは嫁のもの!嫁そのものは吾輩がアレコレしたいのだ!」と言い出したのでスルーする。


「この壁に吾輩の全裸ポスターを貼るのを提案するがどうだ!?魅惑の居室の出来上がりだぞ!」

「それは魅惑的ですね。貼られたらポスターの話を暴露して、別の部屋の使用許可をナーガさんに取り付けるだけですけど」

「ツレナイ嫁だな。ところで御許の枕の匂いを嗅いでもいいか?」


 変態質問をしてきたので、無言でお腹にパンチをお見舞いする。

 腹筋が鉄みたいに固くて、僕の指がジンジンと痺れただけだった。

 なんかズルい。


 それにしても、なんで今日は下ネタ全開なんだろう?

 まさか部屋でアレコレする妄想でもしてないでしょうね?


「では私はこれで」


 あれ?お茶の用意をしてくれたテミスさんが、部屋を出てっちゃった。

 てっきり僕たちを監視するみたいに、ガン見でもするのかと思ってたのに。

 気を使ってくれたのかな?でもテミスさんがいないと、部屋に魔王様と僕だけになっちゃうんだけど?


 しーん。


 えーと、密室にふたりきり。

 なにこれ。どうすればいいの?トランプ?リバーシ?


 テーブルを前に椅子に座る。

 いつもの定位置の右隣の魔王様。

 顔を見上げようとすると首が痛い。


 なぜ、彼の顔を見ようとしたんだろう。

 話すときに顔を見ないのは失礼だから?

 ……話してないときも顔を見てる気がする。


 たぶん、気のせい。うん、気のせいだ。

 それじゃまるで、僕が彼をいっつも見つめてるみたいじゃないのさ。


「穏やかな昼下がりに会話を楽しみつつお茶を飲む。テラスではなく、御許の部屋でというのが格別だな!」

「どうして今日はテラスじゃなくて、この部屋に来たんです?部屋に顔を見せに来たことなんてなかったですよね」

「心配になってな」

「え?」


 なにが心配なんですか?。邪神だの神様だのもおわった話。

 最近は特になんのトラブルもないと思うけど……。


「幼馴染や妹に会ってホッとする。だが御許は。光は元の世界に帰れない」

「……」

「自分がこの世界に取り残された。いつまでこの暮らしが続くのか不安になった。そんな風になっていないかとな」

「いえ、そんなことは思ってもいなかったですけど」

「そう考えたら、むしろ吾輩が不安になってな。御許の生活の場を見てみたくなった。ただそれだけなのだ」

「ありがとうございます。でも心配しないでください。あなたが、いま言ったことなんか考えたこともなかったですから」

「そうか。だが不安になったら、いつでも吾輩に言うのだぞ」


 どうして彼は、いつも僕のことを思ってくれるんだろうか。

 ああ、そっか。僕のことが好きなんだっけ。魔王様好みの顔の僕が。

 このひとは僕のことが好き。



 ――僕はこのひとのことが――



 いや、落ち着け、僕。こんなことは前にもあった。

 思い出して!どうしてた?どう切り抜けたんだっけ?


 天体観測は開けた屋上で、密室ではないけどふたりきり。

 Q なにしたっけ。

 A  ふたりで並んで腰かけて手を繋ぎました。

 はいアウト。


 塔の天辺でお話。

 Q なにをしてたっけ。

 A この世界に来た直後の僕の裸を彼に見られたことを告白された。

 後日、記憶消去の魔法は魔王様には効果がないから、裸画像は未来永劫忘れないと聞かされ泣く。お願い、忘れて。


 肉じゃがを作って彼に食べてもらった。

 Q あの時はなにしてたっけ。

 A  抱きあってました。

 アウトどころじゃないですよねー!!



 ヤバイ。思い出したら顔が熱い!

 いや、ここでテンパっちゃダメ!

 そうだ、密室って意識するから妙な感じになるんだ。


 密室じゃなければ、ふたりきりなんてことは、よくあることだ。

 うんうんそうそう、よくあることだから。


「よくあることですよね!?」

「ふむ、いきなりそこから入られても吾輩には話が見えんが、御許の言うことなら間違いないなどないな」

「……なんで話が見えないのに肯定するんですか。適当に言ってません?」

「信頼だな。光の言うことに間違いはない。もっとも間違ってたとしても、吾輩は光の言葉がすべてだ!」



 どうすればいいんだろう。

 僕には彼の信頼に答えられるものなんか、なにもない。なにもしてない。

 ひたすら、魔王様の厚意と好意に甘えて過ごしているだけだ。

 なんだか、居たたまれなくなってくる……。


 椅子から立ち上がり、窓辺に行って外の風景を眺めてみる。

 日当たりの角度が計算された、柔らかな西日が差し込む窓。

 魔王様たちが力を尽くして平和になった、この国の栄えた街並みが見える。

 振りかえって部屋を見る。視線の先には彼が座っている。


 テーブルに戻り椅子に座る魔王様の隣に立つ。

 椅子は背の小さな僕の身長でも座りやすい高さ。そのぶん、背の高い彼は座りにくいかもしれない。

 椅子に座ってても彼の目線のほうが、ほんの数センチだけ高い。ほんとに大きなひとだ。

 でも、いまはほぼ並んだ目線。彼と並んでいる目の高さ。


 僕を見る魔王様は不思議そうな顔をしている。

 そうだよね。お茶の最中に立ったりウロウロしたりして、あげく彼の隣に立って黙ってるんだから。

 本当に自分でも不思議だ。わけがわからない。


 結局、また窓辺に戻ってボンヤリと外を眺める。

 はー、いい天気。いまは頭を休めたい。


 ボケっとしていたら、魔王様が横に並んだ。

 いつもの定位置、僕の右隣。あなただけの場所。


 なにを話すでもなく、唯々、窓からの風景を見る。

 こんな風に穏やかな時間が流れていくのは、とても好き。


 ずっと、いつまでも。

 こんな時間が永遠に続けばいいのにと思う。

 魔王様には可能でも、僕に無理な話なのはわかってる。

 ただのないものねだり。


 頭を休めるつもりが、ボーっと意味のない考え事をしていたら、背中から肩にかけて重みがのしかかる。

 いつのまにか後ろに立った魔王様に背中から抱かれていた。


「大丈夫か?光」

「なにがですか」

「なにもかもだ」


 大丈夫。

 なんだか寂しい気持ちになったりするけれど、僕は大丈夫。


「そうですね……。いま、こうして後ろから抱えられると恥ずかしいから、あんまり大丈夫じゃないかも、です」

「そうか。こうされるのはイヤか?」

「……イヤじゃないです、よ」

「光がそばにいるだけで吾輩は心休まる。こんなことは生まれてはじめてだ」

「僕も……いま、とても穏やかな気分です」


 イヤじゃないのはどうしてだろう。

 なんで、こんなにも穏やかな気持ちになれてしまうんだろう。

 温かい体温を背中に感じて、ちょっと冷たい彼の手に触れる。


 愛の形を否定はしない。

 でも僕個人は、ノーマルで生きてきたいって、思っていた。


 窓ガラスに、薄く僕たちが映っている。

 逞しい男の魔王様と、どこからどう見ても女の子の僕が、目の前に映っていた。


 性別も住む世界も変わってしまったのに、変わらない日常だと思っている僕。

 自己同一性が崩壊することもなく、日々の出来事を楽しんでいる僕。


 いつまでも、こんな時間が続けばいいのに。

 ずっとずっと、こんな風に過ごせたらいいのに。


 テミスさんが戻ってきたのは、だいぶ温くなったお茶をふたりで黙って飲んでいた時だった。





 程なく、父さんと美樹さんも顔を見せにきた。

 美樹さんは声と同じく、本人もとても優しい雰囲気の人だった。

 顔立ちが詩乃ちゃんとよく似ている。


「親子四人で一つ屋根の下で暮らしたかったけど、光ちゃんも大変だものね。ストーカー予備軍に狙われているって聞いたわ」


 ギュッと僕を抱きしめて「旦那様に守ってもらってね」と言う。

 ……いまは、とてもコメントしづらい。


 父さんも目を潤ませながら僕を見つめていた。


「光がお嫁か……。認めたくなかっただけで、いつかこんな日がくるのはわかっていたんだ、うぅ……グスン」


 へえ、そうなんだ。僕はこんな日がくるなんて夢にも思ってなかったよ。

 そして僕自身は、なにかを認めたわけでもないんだけど。

 あと、鼻水垂れてるよ?あ、美樹さんに拭いてもらってる。

 しっかりした大人の男のひとだと思っていた父さんが子供みたい。


 学校には病欠と伝えてあるそうだ。

 こんな日数を休学してるんだから、もう入院レベルだねえ。

 授業についてけるかな。まだ学校に戻れるかは未定も未定だけど。


「父さんも悩んだけど、正直に「異国のやんごとなきお方のところへ嫁ぐことが確定した」って言うのもマズイかと思ってさ」


 うん、病気じゃないけど、余計なことは一切伝えないでよ。

 ある意味、いまの僕は病気なのかもしれないから。

 てか、父さん的には確定なんだ。そうですか。

 うん、訂正するのも面倒だからべつにいいよ、もう……。


 詩乃ちゃんが「こないだお姉ちゃんたちと一緒にお風呂に入っちゃった!すっごく楽しかったの」と、やっかいな事を暴露しだす。

 美樹さんが「じゃあ、今度はお母さんとも入りましょうね?なんなら今すぐ入りましょうか」と宣いだして焦る。勘弁してください。


 さらに父さんが「じゃあ父さんも!いやいやこの年の娘と入るなんて……いや、しかし」と体をくねらせて悩みだした。動きが怖い。

 入ること前提で悩んでるみたいだから、一応言っとくよ。


「なにがどうなっても、絶っっっ対に父さんとは入んないからね?」


 なんで突っ伏して泣いてんの?

 だって、普通に考えて僕が父さんと一緒に入るって言うわけないでしょ!


 美樹さんが帰り際に「都内にこんなお城があるなんて初めて知ったわー」と言って喜んでいた。

 この世界への召喚の門はどこにあるのかと前から思ってたけど、うちの一階のリビング隣の、あまり使ってない和室にあるそうだ。

 うちからそのままここに来た美樹さんだけど、都内と思い込んでるようなので是正するのはやめとこう。


 そして「頑張って光ちゃんと詩乃に弟か妹をお届けするからね」と誓いを立てる彼女。

 僕の家族、か……。


「あのね、お母さん」

「……光ちゃん」

「両親の家族計画なんか、物凄く知りたくなかったよ!」

「あら、うふふ、ごめんなさいね。……ありがとう、光ちゃん」


「光」

「なに?父さん」


 さっきまで締まらない笑顔だった父さんは、急に真面目な顔をした。


「お前が好きになった人と、会って話すことが出来てよかったよ」

「…………………………………………………………………………………………」






 父さんとお母さんは、仕事の都合もあるから頻繁には会えない。

 その代わりというわけじゃないけど、さっちゃんと詩乃ちゃんは毎日来てくれる。


 二人とも忙しいと思うし、身内に毎日会わないと寂しくてどうにかなりそう、とかないから無理しなくていいと言ったんだけど。

 さっちゃんは「ヒカリニウムも摂らずに何十日も生かされた私に、これ以上負荷を掛けて精神の均衡を保てっていうの?光がおかしくなったのかしら」と、意味不明なことを言いだしたので、なにも言わないことにした。


 詩乃ちゃんは「大丈夫ですよ!勉強は授業を聞いてれば予習も復習も必要ありません!」と凄いセリフをケロっと言った。優秀すぎる。

 そのあとに「いっつも一緒にいなくても、友達は全員キツ目に罵っておけば、精神的にも肉体的にも悦んでくれますから問題ないです!」とも言っていた。

 ……詩乃ちゃん?



 一方、僕は毎日おいしい物を食べている。

 といっても贅沢三昧をさせてもらっているわけじゃなくてね。


 王室には毎日、各地から献上品みたいに名産品やら特産品が、たくさん送られてくる。

 今までは魔王様があんまり関心を示さなかったから、王城勤めの人が食べたりお土産に持って帰っていたそうな。


 せっかくなので魔王様と僕で食べようということになった。

 言いだしっぺは僕。今日はどら焼きを食す。


 彼と僕のふたりきり。

 ナーガさんとテミスさん、それに神様も今はいない。

 最近のお茶の時間はそういう感じになっている。テミスさんも特になにも言ってこない。


 僕が魔王様にお茶をいれる。彼は一口飲むと「うまいな」と言う。

 それを聞いて僕も飲み、お茶菓子をふたりで食べる。

 今日もテラスに吹く風が気持ちいい。

 魔王様が僕のために最適化してくれた風量。


 この卵生地、すんごい美味しい。あー、やっぱ食べることは幸せだねー。


「御許はじつに幸せそうに食べるな。そんなにどら焼きが好きであるか!?吾輩よりも!」

「なんで食べ物と張り合うんですか。どら焼きに限らず食べることは好きですもん」

「ほお!『好き』か!甘酸っぱい告白を校舎裏で受けたような気持ちになったぞ!!」

「魔王様って学生経験あるんですか?てか、そんなにヘン顔で食べてます?僕」


 魔王様が僕の頬を指で拭う。

 う、食べかすが付いていたっぽい。

 ニヤっと指先についた生地の欠片を見せられた。恥ずかしい。


「蕩けるような顔であるな!蕩けてそのまま実家に流れていってしまわないか不安になるくらいであったわ」

「変質者予備軍に目をつけられてますので帰れませんから」


 明日は洋菓子があるといいな。


「帰還の話などしておらんぞ!?光の溶解の様相の話なのだ!!」

「魔王様は嘘はつかないんですよね」


 彼の唇の端に、どら焼きの餡子がついてる。

 やっぱり、けっこう子供っぽいとこがある。僕も人のこと言えないけどさ。


 よいしょ。椅子から立ち上がると、それを人差し指で拭って彼に見せてやった。

 ニヤっと笑う僕を見て珍しくキョドっている。


「嘘などではないな。溶けて蕩けて幾久しく!嗚呼憧れのバドイ航路のお話なのだからな!バドイはフリダンスで有名な人気の観光諸島なのだ!」

「はいはい。そうでしたね」


 拭った餡子を口に含む。

 ――こんなに少しなのに甘くて美味しい。


「嘘じゃなくて胡麻化しただけですもんね」

「光よ。御許は元の世界へ帰りたくはないのか?家族や幼馴染がいる自分の世界へ」

「自分の世界、ですか。……どうなんでしょうね」

「どういうことだ」


 彼の揺れる瞳に僕が映る。

 息がかかるほど僕たちは近い。彼の息が僕に触れる。


 そう、彼の息はいつも暖かい。このひとの心と同じで。

 ほのかに甘い餡子の匂いが鼻孔をくすぐる。


「王国で大臣さんが言ったんですよ。あの人も碌でもない人でしたけど、ひとつだけ共感できそうなことを言いました」

「あの変質者二号に光が共感、だと。まさか光もその枠だったとは」


 僕を変質者扱いしないでください。

 ――その道ではあなたのほうが遥かに酷いんですから。


「人間とは自分の行動を一から十まで理屈で説明できるものではない、って」


 なんだかよくわからない顔をした魔王様にちょっとだけイラっとしたから、彼の頬を両手で挟んでムニーっと軽く潰してみる。


 ふふ……ヘンな顔。ヘンなひと。




 イラっとした理由は聞かれなかったから教えない。






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