その30
神様は魔王城に、頻繁に顔を出すようになった。
というか住みついている。
僕の部屋のお向かいをもぎ取り、居を構えています。
ドアが意味もなく輝いていて、目に入るととても鬱陶しいです。
「わたくしが光さんのそばにいないと、世界が崩壊することが判明しましたの!」
と、白目で顔に縦線を入れながら言っていた。絶対嘘だと思う。
「今さらですけど、僕のいた国とこの国で、言葉とか文化が一緒なのはどうしてなんですか?」
とある昼食のときに同席していた神様に聞いてみた。
彼女は昼食に限らず、毎日毎食同席しているんだけど。
「神様は僕のいた世界には関与していないんですよね?」
「ですわ。そもそも、あちらの神とは面識もございませんし。連絡網に書いてあった確認のサインを見たことがあるくらいですわね」
神様同士の連絡網って、なにが書いてあるの?
「じゃあ、どうして色々と共通点があるんですか?というか同じ過ぎて怖いくらいなんですけど」
「なにか不都合がおありなんですの?」
不都合はないけれども。むしろ助かっていることしかない。
でも、異世界でお互いに、ここまでなにもかも同じなんて、隠された秘密があるとしか思えないよ。
「光さんは、すべての事象に綿密な理由付けがないと納得いかない困ったちゃんなのですわね」
「困ったちゃんの称号は神様のものだと思いますよ」
「現代人にありがちな、あるがままを受け入れられない病……。わたくしの美少女が、そんな病に罹っているなんて」
「綿密な設定もなにも……。理由もないのに、ここまで一緒ってあり得ないですよね?あと、あなたの美少女じゃないですから」
なにか知られたら困ることでもあるんだろうか。
百合百合しい神様だけど、なにか隠し事でも……。
「例えば光さん。貴女がテレビを見ていたとしますわね」
「ええ」
「テレビのCMを見て、ふとチャンネルを変えたとします」
「はい」
「変えた先のチャンネルで、おなじCMがまったくおなじタイミングで流れていたとしたら、どう思います?」
「どう思うですか?まぁ、こんな偶然もあるんだなぁ、とかでしょうか。……ってまさか」
「ええ、そうですわ。貴女は察しがいい娘ですわね」
「賢いですわねぇ」と言って僕に頬ずりしてきた。またですか。
「偶然に理由など付けられませんわ!たまたまですのよ。それ以上でもそれ以下でもございませんわ」
「納得しろって無理ありすぎですよね!?そもそも、例えにも答えにもなってませんよ?いまの話!」
オーホホホと笑う神様。「これ以上わかりやすい例えもありませんわ」とご満悦だ。
結局、理由はわからない。まあ、どうしても解き明かしたいわけじゃないからいいんだけどね。正直、どうでもいいし。
「よいではないか光よ!」
魔王様が僕に笑いかける。
この人は、やっぱり僕の右隣に座っている。
向かいとか左隣には来たためしがない。当然歩いている時も彼が右で僕が左。
右にいないと魔力が落ちたりするんですか。
どんなに広い場所や席でも万事そうなので、僕もそれが普通のことだと思うようになってしまった。
普通ってどんな意味だったっけ。
「言葉が同じおかげで初めて会った時も吾輩は御許に声を掛けられ、御許は吾輩に助けを求めることができた!自然の摂理とは素晴らしいな!!」
「大自然の仕組みについて語っていたわけじゃないですけど……そうですね、あの時は本当に」
助かりました。――嬉しかった、と思います。
「本当に愛してしまいました。だと!?」
「言葉の先を予想しなくていいです。当たらないんですから」
僕たちを満足そうに見つめているナーガさんと、無表情に控えるテミスさん。
邪神騒動や神様降臨以降は、のんびりとした穏やかな日常。
これが僕の変わらない大切な日常。
なんだか妙な日常風景が、当たり前になってきちゃったよ。
「結局『神隠し』ってなんだったんでしょーか?」
ずいぶんと、勿体つけた話だった気がする。
その話を聞いたのも転性の泉の報告のときだから、シリアス度が高かった。
消えた女のひとは、どうなったんだろう。本当に神様が攫ったのかな?
「わたくし、隠し事はないですけれど、秘めゴトはありますのよ」
すでに聞かなきゃよかったかなー?という気になってくる。
「わたくし謹製の秘密の美少女の花園への招待状を手渡すために、選りすぐりの美少女の元へ伺うのですわ」
「招待状?」
「ですわ。わたくしと刻の息吹を感じながら、素敵な庭園で美しく楽しい千代を過ごすのです。断られたことは一度もございませんのよ」
「消えた女のひとは、そこでなにをしてるんです?」
神様は、人差し指を右顎にあてて「うーん」と唸った。
「光さんは、まだ十五才ですのよね?あと三年ほど経ちましたら、ジックリネットリタップリ聞かせて差し上げますから、期待してくださいな?オホホホホ」
「あ、いいです。なんとなくわかりました。ええ、大丈夫です、もういいです。ありがとうございました」
実はここ数日、魔王様よりも神様と顔を合わせているほうが多いような気がする。
最初はあんなに纏わりついていた彼が、四六時中ベッタリすることが明らかに少なくなった。仕事が忙しいのかな?
神様は自室が目の前だけど、魔王様の部屋がどこにあるのか、僕は知らない。
うーん。魔王様はスマホを、というか連絡手段を持っていない。
「そんなものは不要!用があるのなら吾輩の元へ直に来い!と周りには言ってあるのでな!!」と言っていた。
なので、魔王様に会う場合、ちょっと探さなきゃってことも、起こるようになった。
なんかムカつく。どうしてムカつくのかはわからない。
魔王城は広大な敷地の中に、お城以外にも様々な建物や庭園なんかもあって、僕も全部を回ったことは未だにない。そんな中で彼を探し出すのは、とても大変だ。
なので魔王様にはスマホを所持してもらおう。ナーガさんに頼んでおこうかな?
「それは姫様が直接、魔王様にお伝えいただけますか?」
あれ、却下されちゃった。
いつもなら、なにを頼んでも「仰せのままに」としか言わない人が珍しい。
あ、言うことを聞いてくれて、いい気になってたわけじゃなくてね。
「魔王様が下着を毎日大量にプレゼントしてくるので困っています。なんとかしてください」とか「寝ようと部屋にいけば、神様が僕のベッドで全裸で待機しているので警備を強化してください」の、お願いをしたことがあるくらいで。
そうそう、僕が寝ているときは、魔王様親衛隊の方が部屋の前で警備してくれてます。ときには隊長のスレイブさん自ら、主に神様の強襲から警備してくれているんです。してても神様は部屋にいますけど。ほんと、ありがとうございます。
あと、魔王様からの下着のプレゼントも、相変わらず頂いている。
お陰さまで、僕とテミスさんは下着長者になってしまっています。
……なんか、結局はお願いしたことは、なにひとつ叶っていない気がしてきた。
まぁいっか。たしかに、なんでも人に頼むのはよくないよね。
僕は居心地がいいこの状況で、ちょっと増長しているのかもしれない。
やっぱり、自分でできることは自分でしなきゃ。
テミスさんも探してくれるっていうから、断るのもなんだしお願いしようかな?手分けして探そう。
「というわけで魔王様。スマホを所持してくださいな」
彼のほうからやってきたので、そのことを告げる。
「今日見つけてきた下着も可愛らしいのだ!」と興奮した様子で駆け寄ってきた。
相変わらず、自ら女性下着のお店にいってチョイスしているのだろうか?
恥ずかしいから、やめてくださいよ、もう……。
「スマホか。そんなものなくとも光にはすぐ会える!光探知レーダーは、あらゆる場所で有効なのだ!!その範囲は御許が宇宙の果てにいても察知できるのでな」
「無尽蔵にあるそうですけど、無駄に魔力を使わなくていいですから……僕から会いたいときに困るから言ってるんです」
「光が吾輩に会いたい、のか?」
「まぁ、なんていうか……だって、色々あるじゃないですか。やっぱりなんていうか、その……」
「そうか……」
自分でも、なに言ってんのかわかんないけど!
てか、魔王様もなんで黙っちゃうのさ。
そこは「ヌハハ!!吾輩に会いたいとは愛が育まれている証拠であるな」とか、軽口を叩いてほしいんですけど!
「では、さっそく所持することにしよう。そこのテラスで待っていてくれぬか?すぐに戻る」
「あ、はい……」
「ありがとう。気持ちが舞い上がってしまった。素直にうれしいのでな」
なになに!キャラ変わってますよ、魔王様!あんた誰さ!?
いそいそと退出する彼。きっと速攻でスマホを手に入れてくるのだろう。
なにこれなにこれ!
なんでこんな初々しい感じのやり取りになってんの?
……はぁ、なにもしてないのに、なんか疲れた。
テラスに置かれた椅子に腰かける。
ここは相変わらず、気持ちのいい風が吹いている。
心地よく感じられる適度な柔らかい風。
僕のために調整してくれた優しい風。
テーブルに肘をつき、手に顎を乗せて、ボンヤリと遠くの景色を眺める。
雲も少なく、とても綺麗な高い高い青空。
城から見える街並み。広大な大地に山々や大森林。
湖に海も見えるパノラマの景色。
地平線の彼方まで絶景が広がる、その世界に見入ってしまう。
いつもの、この世界の風景。変わらない日常。
「あら、こんな所にいましたのね」
ご機嫌な神様が抱きついてきた。
ちなみに、これも日常に組み込まれているので、特に慌てることもありません。
「どうなさいましたの?随分とお疲れのようですわね」
「疲れたっていうか、なんていうか。魔王様にスマホを持っていてくださいって、お願いしただけですよ」
「スマホを魔王に?それはまた、なぜですの?」
「魔王様に会いたいときに連絡がつかないと会えないですから。彼、連絡手段を持ってないですし」
「魔王は、ずっと貴女に纏わりついているような気がしますわ?離れていることなんかないでしょうに」
「ここ何日かは、そうでもないですよ。どっちかっていうと今みたいに神様と一緒のことが多いです、僕」
神様は「あら、オホホ」といって僕のあちこちを撫でまわす。
「そうですか、そうですか。あらあらまぁまぁ」
「どっかのおばちゃんみたいになってますよ、神様」
「失礼ですわね!」と言いながら僕の頭をギュッと抱え込む。
「魔王が戻ってきたみたいですわよ」
「わかるんですか」
「ええ。あんなに膨大な魔力をまき散らしながら移動するんですもの。まぁ、わたくしの神力の髪の先ほどの力もありませんけれどね!」
あなたも対抗心を燃やすタイプなんですね。
妙な競争はしないでくださいよ?
「では邪魔者は退散いたしますわ。光さんがスマホの使い方を、あのお子に教えて差し上げなさいな」
「頑張ってくださいまし」と、ニマニマ笑いの神様がテラスを後にした。
僕は察しが悪いわけじゃないから、神様のあの笑いも、なにが言いたいのかわかってる。
うん、わかってる。納得してるかは別にして。
こないだは……その……キ、キス、とか?しそうになったもの。
でも、なんかなー。ほんと、なんかなーって感じで、それ以上考えられない。
フワフワとした気持ちが漂って、着地点を探しているような。
降りたいところは決まっているのに、降りていく勇気がないような。
降りたら最後、二度と舞い上がれることはない。
だから、このまま気持ちよく風に吹かれて漂っていたいだけなのかも。
心地よく優しく吹いてくれる風に、いつまでも甘えていたいだけなのかもしれない。
その後、スマホを無事入手してきた魔王様と番号交換も済ませた。
僕から連絡するのが主な使い道だろうし、とりあえず通話ができればいいかなって感じ。
前に父さんと話した時にスマホを使用してたし、所持してなかっただけでお城でも、全然使ったことがないわけじゃないみたい。
スマホ講座中の彼は、いつもの調子に戻っていなかった。
ハイテンションキャラのほうが今は助かるんだけど、口数も少なく僕の言うことを静かに聞いている。
なにこの恥ずかしさ。ただ使い方を説明してるだけなのに……。
ためしに通話してみよう。
離れるでもなく背中合わせになった彼のスマホと、すぐに繋がる。
「もしもし、魔王様ですか」
「ああ、光だな」
「ええ……聞こえてますか?」
「聞こえる。聞こえているぞ。スマホからも吾輩の後ろからも光の声がする」
「ふふ、こんなに近いんですからそりゃそうですよね」
僕たちふたりのまわりに、心地よい風が吹き抜けた。
とにかく当初の目的の連絡手段も出来ました。
うん、よかったよかった。
よかったですよね?魔王様。




