その29
「元気そうで安心したわ。変わりないようね」
ちょっと痛いくらいに、さっちゃんが抱きついてくる。
僕も彼女をギュッと抱きしめた。……ずっと会いたかった。
うん、でもさ。
「いや、なにもかも変わったよね?とくに最重要の性別が真逆なんだけど!?」
魔王城の僕の部屋。そこには会いたくて仕方なかった幼馴染の顔があった。
神様が召喚の門を作って、僕たちの世界とこの世界を繋げてくれたから。
やっぱり、あっちの世界に干渉できないという話に疑問が残りすぎる。いや、感謝はしてますけど。
そうして彼女が、こちらにやってきた。
父さんは仕事が忙しくて今日はこれないらしく「もう会社やめる!」と騒いでたけど、美樹さんに抑えといてもらった。僕が止めるのも面倒だし。
「そうね、二十三日ぶりだけど髪伸びた?」
「いやいや「髪切った?」の、ノリで言わないでよ。論点はそこじゃないから」
おかしい。僕とさっちゃんは物心つく前からの付き合いだ。
幼少から同じ時を過ごし、語り遊び、共に過ごした。
以心伝心とは言いすぎかもしれないけど、お互いに気心がしれている。
そんな彼女と意思疎通が出来ない。こんなことは初めてのような気がする。
「さっき、魔王さんと会って話をしたのよ」
「ああ、挨拶して話もしてたね」
「その時に彼が言ったの。「光が光であることが最重要なのだ!」って」
「う、うん?」
「つまりはそういうことよ」
「ごめん、ぜんぜん理解できないんだけど」
どうしよう。父さんの次は幼馴染が壊れてる。
これも転性の影響なんだろうか?
ここは、こないだ考えた混乱させないような男アピールをしなきゃ。
「僕は男だよ」
「まぁ、そうね」
「魔王様も男なんだけど」
「ええ、そうね」
「なんで男の彼の元に、男の僕が嫁にいくことを賛成できるのさ」
「光」
さっちゃんが、じっと見つめてきた。
切れ長の吸い込まれそうな優しい瞳。昔からなにも変わらないその眼差し。
「な、なに?」
「あとで一緒にお風呂に入りましょう。せっかく髪も伸びたのだから、私が洗ってお手入れしてあげるわ」
「いやいやいやいやいや!!おかしいよ!話がかみ合ってないよね!?」
たった三週間くらいで幼馴染が変わってしまった。
あ、変わったのは僕のほうかなー。性別的な意味で。
そんな、ちょっと話がかみ合わなくなった幼馴染と僕を見つめる視線がある。
「さく姉!再会に興奮するのはわかりますけど、私もひか姉とお喋りしたいです!」
さっちゃんと連れ立って僕に会いに来た、初対面のその女の子。
「あぁ、ごめんなさいね。存分にお喋りしてちょうだい」
「ふふ、ありがとうございます。こうして、ひか姉と会うのは初めてですね。私は妹の詩乃です。よろしくお願いします!光お姉ちゃん」
ベリーショートのヘアスタイル。クリクリした大きな瞳の可愛い子。
父さんが再婚相手の美樹さんには娘がいると言っていた、その本人。
こないだ、ちょっとだけ電話で会話はしたけど直接会うのは初めてだ。
「いま中三です。お姉ちゃんたちの、いっこ下なんですよ!」
「あらためて初めまして。ねえ、詩乃ちゃん」
「なんですか?ひか姉」
「異世界移動の不可思議現象に、あんまり驚いてないよね」
「そうでもないですよ?ビックリです。世の中不思議なこともあるんだなぁって」
まぁ、僕もあんまり動じなかったのかな?
血の繋がりはないけど、我が家はタフな一家なんだろうか。
それに僕と彼女、初対面同士なのにスムーズに会話も出来ている。
この子なら僕の話を理解してくれそうだ。よし、詩乃ちゃんにアピールしとこ。
「あと、一応、僕は男だからね?神様が創った泉に落ちて女になったことも偶発的だから、実際はあなたの姉じゃなくて兄なんだよ」
これは強く主張しておかなきゃいけない。決して僕自身にではなく詩乃ちゃんへという意味で。
あれ?それでいいんだっけ?なんか、よくわかんなくなってきた。
「そうですね!お父さんとさく姉に、赤ちゃんの頃からの栄光のアルバムを見せてもらいました」
「栄光て」
昔の写真て言えばいいんじゃないの。僕の地味な人生に栄光なんてないよ。
でも、そっか。詩乃ちゃんは父さんのことを、普通に「お父さん」って呼んでくれているんだなぁ。
「赤ちゃんの時点で物凄く可愛かったんですね。あ、赤ちゃんの頃のスッポンポンの二人もバッチリ見ちゃったです。エヘヘ」
「う、そうなんだ」
僕はともかく、さっちゃんは幼少から美人っていう言葉がよく似合う。
赤ちゃんとはいえ、素っ裸の自分の写真を見られたことが恥ずかしい。
うん、けど、それで僕が男だったことは理解できたと思う。
「こんなに素敵なお姉ちゃんが、ふたりもできるなんて嬉しいです!」
「君も、まるっきり話がかみ合わないタイプなんだね!」
幼馴染と新しい家族が異世界に来てくれた。
なのにアウェイ感がまったく薄れないんだけど。いや、むしろ濃くなったような気がする。
でも、こないだ魔王様との間にあった出来事。一時でも、あの恥ずかしさを忘れられる。
なので幼馴染と妹には、本当に感謝をしよう。……いまも思い出すだけで胸が苦しくなる、あのキス未遂を、この騒ぎで忘れよう。
「ミラクル美少女たちとの入浴大会が始まると聞いて駆けつけましたわ!」
あぁ、面倒なひとが来ちゃったよー。この機会を逃すとも思えなかったけどさ。
「神様。この度は光といつでも会えるように取り計らって頂きありがとうございます」
「あ、どうもありがとうございます」
さっちゃんと詩乃ちゃんが頭をさげるのを微笑みながら見ている神様。
ふたりが頭を下げた瞬間に、慈愛の顔からエロい顔に変わったコトは、ツッコんだほうがいいんだろうか。
「お二人のような銀河可愛らしい子が、この世界に遊びにきてくれるんですもの、大歓迎ですわ。それに神様、なんて他人行儀に言わないで『お姉さま』と呼んでくださいまし」
「わかりました、お姉さま。今後ともよろしくお願いいたします」
「さくらさん!あなた素敵すぎますわ!ええ、いいでしょう。あなたをわたくしの真の妹として、その存在を刻みますわ」
「私もですか?お姉さま」
「勿論ですわ!詩乃さん。これからも、ずーーーーーっっっと仲良くしていきましょうね。オホホホ」
ふたりをまとめてハグする神様。
なんで、こんなに馴染んでるの?女の子同士は仲良くなるのが早いのかな。
「安心なさって、光さん。あなたの存在は私のエターナルなのですわ。重ねて言いますけどエターナル」
「べつに不安に思ってないですから重ねて言わないでもいいです」
永遠とはどういうことでしょう。
僕の彫像でも立てるのか。やめて頂きたいです。
「そんなことよりお風呂ですわ!さあ、みなさん。張り切ってまいりましょう」
オーホホホホと高笑いする神様。
今さらだけど、なんでこんなキャラ付けなの?この人。
「三人でごゆっくり。僕は部屋で待ってますのでー」
「なに言ってるの光。あなたがいなければ入浴も始まらないのよ」
「私、お姉ちゃんたちとお風呂入りたいです!」
なにを言ってるのさ、彼女たちは。あんだけ男アピールしたのに、僕。
「なんどでも言うけど僕は男なので。女の子と裸の付き合いをするつもりはないよ」
「えー!大丈夫ですよ?私は全然気にしません。というか気にする理由がないですよぉ」
「良い子ね、詩乃。頭を撫でてあげるわ。そういえば光は小学六年生から私と一緒にお風呂に入らなくなったのよね」
「ちょっとさっちゃん!?そういうこと人前で言わないでよ!」
さっちゃんと結構な年まで、一緒にお風呂に入っていたのがバレてしまった。恥ずかしすぎる。
小学校高学年となれば、男女ともお互いに色々心身の成長があるよね。一緒にお風呂とか危険にも程がある。
なんで当時の僕は深く考えないで一緒に入っていたんだろうか。あの頃は残念な子だったのかな?
それはそれとして、さっちゃんに頭を普通に撫でられてるだけの詩乃ちゃんが「あふん……お姉さま、もっと、もっとご褒美を」と言いながら、ウットリした表情を浮かべているのはなんのコント?
「あの時は光の成長に喜びを感じたものよ。「あぁ、光も大人に近づいたんだ」って。その記念にあなたの全裸もたくさん撮影したわ。もしかしたら一緒に入浴も最後になるかもしれないと思ってね」
「初めて知ったよ、そんな事実。その画像はデータごと破棄してね。帰ったら速攻で」
「そうそう光。あなた、テミスさんとは一緒にお風呂を楽しんでいるそうじゃないの?彼女に聞いたわ」
「え、いや……べつに楽しんでないし、それにあれはテミスさんが」
最初はお世話できなければ死ぬと言われたし。
それに今はもう友達だ。友達なら一緒にお風呂に入っても不思議じゃないよね。
なんかおかしいこと言ってるかな?僕。
さっちゃんは密着してくると耳元で囁く。
「テミスさんには恥ずかしくて聞けない、女の子の体のこともあるでしょう?」
「う、それは」
ない、とは言い切れない。
今まではどうにかなっていたこと以外の、聞くのは憚れることをこっそりネットで検索したのは内緒。
だって、そんなことを男の僕が、テミスさんに聞けるわけがないもん。
「女の子の中でしか話せないことがあるのはわかる?」
「まぁ同性でしか話せないことってあるだろうね。僕はそういうことを話すような男友達がいなかったけど」
そういえば男の親友っていたことがない。なぜだ。
もしかしたら、女の子っぽい顔のせいだったのかな。
軟弱な顔をしたヤツとは親友になれないぜ!みたいな?
「逆に女の子同士でも話せないことはあるのよ。むしろ同性だからこそかしら。でも安心して?お姉ちゃんがお風呂で全部教えてあげるから。女の子の全部をね」
「たしかに姉弟みたいに育ったけど、今はほら、ふたりとも成長したし」
もうお互い立派な男女だし?
「そこで話は最初に戻るのよ。あなた、今の自分の体を見なさいな」
「でも、これは本来のものじゃない、もの」
ここで折れちゃ駄目だ。
けど、知らなきゃいけないことがあるのも確か。
女の子になって二十日とちょっと。
これまで適当にしていたことや、知らなくても済んでいたことはあるけれど、この体で人生が続くからには、知識として身に付けなきゃいけないことも多いはず。
うーん、さっちゃんになら恥を忍んで聞けそうな気もするけど……。
「はいはい、みんなが、あなたを待ってるのよ。この世界のお風呂をお姉ちゃんに堪能させてちょうだい。全員姉妹になったのだから姉妹水入らずよ。お湯だけにね」
「いやいや!それ、うまいこと言ってないからね!?」
僕は幼馴染に剥かれた。
恥ずかしくて目も開けられない。僕はなにも見えない。なにも感じない。
そして、さっちゃん。
ソッチ方面の憚れることを知りたかったわけじゃないんだけど!
密着した耳元で、時に冷静に、時に面白おかしく自分を語る彼女。
よく、そんな普通の顔してられるね!?てか、なんで、そんなコトを僕が聞く羽目になるのさ!!
詩乃ちゃんまで便乗して色々言ってくる。
さっき顔合わせをしたばかりの僕に、なんでそういうコトを話すのかなー?
あー、なにも聞こえなーい!!
ここんとこ、男だった僕の思い描いていた『女の子とはこういうもの』が、ガラガラと轟音と共に崩れまくっていくんだけど、普通の女子同士ってこういうもんなの?それとも、やっぱり、僕のまわりにいる彼女たちが特殊なだけなのかなー?
うう、のぼせた。恥ずかしいけど誰も僕を逃がしてくれない。
そして姉妹水入らずと言っていたけど、姉妹ではないテミスさんも当然一緒だった。艶っぽい視線で、こっちを見ないでー!
ご機嫌の神様が「ここを美少女の聖地に認定しますわ!」と宣言する。
彼女も勿論お風呂にいた。もう好きにして。
「魔王さん、彼はいいわね。さすが光よ。あなたの目に狂いはないわ」
「なにがいいのか、なにがさすがなのか、なにが狂いがないのかサッパリわかんないけど、さっちゃんが喜んでくれるなら、それはそれで良かったよ。だから裸で抱きつくのは、やめてくんない?」
「困ったわ。さっきから光がなにに戸惑っているのか、私にはなにひとつ理解できないのよ」
さっちゃんにミョルニルさんを紹介してあげた。
昔聞いたさっちゃんの好きなタイプに、全部が当てはまりすぎてるっぽかったから。
デカくてゴツい顔で、マッチョマンで頭も良いし優しい感じだし、時には勉強を、ちょっと厳しく教えてくれたりもしてくれる。
だから、このひとなら、さっちゃんからの好感度はかなり高いと思うんだ。ふふ、上手くいくといいなー。
貴賓室にミョルニルさんに来てもらって、さっちゃんと対面する。
世間話などで、数分くらい談笑するふたり。いちおう盛り上がってるの?
さっちゃんは、ミョルニルさんが部屋を出て行ったあとに、黙って僕を抱きしめた。なにを聞いてもずっと無言。
照れてんのかな?




