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その27

「お父上にも公認されましたね。個人的には不本意ですが、おめでとうございます」


 あ、やっぱ、あなたは不満なんだ。

 公認はともかく、父さんにも、さっちゃんにも連絡が取れて良かったよ。さっちゃんもビックリするくらい、僕の話に納得してくれてたし。ホント、まったく疑った様子がなかったから、僕が逆に驚いたくらい。

 それはそれとして、今日もまた、テミスさんにお風呂で綺麗にしてもらっている。

 裸のお付き合いも、当たり前の日常になってしまって、恥ずかしい気持ちが全然なくなっちゃった。


 子供のころに、さっちゃんと一緒に入っていたことはあったけど、あの時はまだ、お互い子供だった。

 魔王国に来て何か月、何年も経ったわけじゃないのに、男として成長した自分が女の子とお風呂に入って、なにも思わないなんてヘンな話だと思う。


「父さんがあんなキャラだったなんて、今まで知らなかったけどね」

「恋は人を変えると言いますし。お父上も恋をして変わられたのでしょう」

「僕から見れば、あれは変わりすぎだと思うんだよねえ」


 ちょっとお馬鹿になっていた気がしまくる。誰さ?あのおじさん。


 そういえば、すっかりテミスさんに敬語は使わなくなったなー。彼女が使わないでくれっていうし、他人行儀だと思ったから。

 魔王様とナーガさん?いやー、あのひと達には、なんか駄目な気がするよ。


 魔王様は、もっと気さくに喋ってほしいんだろうというのはわかってる。

 でも、あんまり馴れ馴れしくするのもね。僕の勝手な線引きなんて必要ないのかもしれないんだけど。

 それはともかくテミスさんとはもっと打ち解けたい。


 精霊しか友達がいないといっていた彼女。

 べつに上から目線で「友達になってあげるよ」なんてつもりはない。

 僕だって友人が多いわけじゃないし、ひと付きあいが得意なほうでもない。


 魔王様とナーガさん、それにテミスさん。

 遠い昔から一緒だった三人。僕が生まれる遥か昔から、みんなは生きてきた。

 ヒキニートだったテミスさんを慮って、では決してないけど、彼女はこの先も魔王様たちと生きていく。

 だったら、もうちょっと人付き合いも上手になって、お城の人たちと円滑なコミュニケーションを図れれば。


 ……ぜんぶ言い訳なんだろう。

 みんなはこの先も、ずっとずっと永い時間、この世界で生きていく。

 元の世界に戻ろうが戻るまいが、僕はこのひと達。魔王様と、いつまでも一緒にはいられない。いろんな意味で僕は仮初かりそめのお客さんだ。


 魔王様とは、どんどん仲良くなってるけれども、なぜかテミスさんには今一歩、気が引ける部分がある。

 だから今のうちに。僕が存在する間にたくさん仲良くなりたい。


 僕がいなくなったら、この人たちはいつまで……僕を覚えててくれるのかな。

 あのひとは、いつまで僕を忘れないでいてくれるんだろう。


「姫様、湯から出ましょう。肩をマッサージします」

「あ、うん。ありがと」


 ちょっとのぼせたかもしれない。黙って彼女に肩を揉まれる。

 お世話されてるのが、本当に当たり前になってしまった。


「あの、テミスさん」

「なんでしょうか、姫様」

「その、ごめんね」

「……」


 肩を揉んでいたテミスさんの動きが止まる。

 どうしたのかと見上げると、僕を見つめる彼女と目が合う。


「それは」

「え?」

「それはなにに対する謝罪なのですか」

「あの……」


 慌てて目を逸らす。

 手を止めて沈黙したままの、うしろにいる彼女の表情は、もうわからない。


『いつもありがとう』

 こういえばよかった。だって彼女には感謝してるし。


 テミスさんは手を動かすと、マッサージを再開した。

 僕も彼女もなにも言わない。

 ――なんで謝ったり、慌てて目を逸らしたんだろう。


「私は……」

「なに?テミスさん」

「私は転性の泉に入ってもいいと思っています。私はハイエルフ。竜族と違い、この身に神の祝福はありませんから泉も使えます」

「なんでテミスさんがそんなことすんの?」


 肩を揉む手が、また止まる。お風呂場の湯気が重苦しい。


「そうすれば私の体は男。姫様の体は女ですね」

「そう、だね」

「私たちの間には、なにも障害がなくなります」

「え、いや、それはだめだよ」


 そんなことしたらさ、だめだよ。それは。


「なぜでしょうか?姫様」


 彼女に答えられないままにお風呂を終えた。




「姫様は、私の女の子のからだが好き。という認識でよろしいのですね」

「そういう意味でだめって言ったわけじゃないし、そういう認識でよろしいってことでもなくてね?」


 今度は寝る前にテミスさんに絡まれた。お風呂でのシリアス感がゼロだ。

 なぜゼロかというと、テミスさんが半裸になって無表情なのに潤んだ瞳で僕を見つめて、文字通りベッドの上で絡んできたから。

 女の子のからだが好きだから泉に入るなと言ったわけじゃないのに、なんだって、こんなことになってんだろ。


「テミスさん、今日はなんかヘンだよ。いや、ヘンなのは前からだけど」

「姫様は私ではご不満なのでしょうか?」

「不満もなにも、なんで今こんな状況なのかもわかんないよ!」

「ひとは、人間は生き急ぐと聞きました」

「それは……だって、人間は」


 人間は生き急ぐ。ハイエルフのあなたとは生きる時間が違うもの。

 さっきも思った。彼女から見たら僕は仮初だ。

 超長命の彼女から見たら、僕たち人間の一生なんか、あっという間だろう。


「人間は生涯の伴侶や子を成すことを、すぐに結論を出すと聞いたのです」

「中にはそういうひともいるだろうけど、僕たちの時間の感覚でいったら、大体のひとはすぐに決めてるわけじゃないんじゃないかな」


 そういうのは、ひとそれぞれだと思う。結婚だって早婚とか晩婚は、ひとによっての事情があるだろうし。

 僕が魔王様と。それにテミスさんや、お城のみんなと出会ってそろそろ二十日が過ぎたくらい。彼女は彼女なりに、自分が想像する人間の時間の感覚で、僕に言い寄っていたのかな。


「私の感覚に姫様を付きあわせることは無理です。ですので、私が姫様に合わせてみました」

「長命種でも短命種でも一目ぼれってあるだろうけど、いきなり誰かを好きになったりとかは、少なくとも僕にはないよ?テミスさんから見たら、あっという間の人生でもね」

「ですが姫様は、一瞬でパパを好きになりました」

「え……」

「それはなぜですか?」


 いやいや、ちょっと待って。なにそれ、僕が魔王様を好き?しかも一瞬で?

 テミスさんから見たら、僕はそういうことになってるの?これは否定しないと。


 あ、でもキライなわけじゃない、好きだもん。

 でも、それって、どういう意味の好き?


「えーっと、なんていえばいいのかな。魔王様のことは好きだけど、そういうアレとは違うというか」

「私のことはおキライですか?」

「そんなことないよ!テミスさんのことも大好きだよ」

「ありがとうございます。では、私とパパでは、その好きは同じ『好き』ですか?」

「え……えぇー?」


 どうしよう。答えようがない。

 そのことは深く考えたく……ないから。


 テミスさんはどういう意味で僕を好きで、僕はどういう意味でテミスさんが好き?

 彼女は真剣だ。半裸だけど冗談で僕に迫っていたわけじゃない。

 ここはもうキッパリ断ったほうが……。


 断るって考えが、すぐ浮かんだのはなぜ?

 テミスさんのため?僕のため?

 それとも――


 ヤバい、知恵熱出そう。

 中学のとき、片思いして告白したらフラれたくらいの恋愛経験しかない僕には、この状況を解決するすべがない!


「すみません、姫様を困らせるつもりはなかったんです。私なりに人間の時間のペースにしたかった、それだけなんです」

「ううん……あやまんないで」

「今日は眠りましょう。私も無理をするのはやめます。ただ、姫様には幸せになっていただきたいのです」

「幸せ、僕の」

「宵闇はやすらぎです。私たちをゆるやかに眠りに誘ってくれる。いまはただ眠りましょう」


 さっきまで眠くなんかなかったのに、考えすぎたのか眠くなってきた。


「テミスさんの男になった姿は……見たくない」

「姫様……」

「僕は、いまのあなたが好きなんだから。それに……あなたが男になって……も……」


 テミスさんは半裸のまんま寝るつもりなのかな。

 どうでもいいことを思いながら、僕はすぐに寝てしまった。





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