表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/47

春休みの私たち

 ただ、懸案事項はまだある。旅行のような一過性のことではない。


 光の内面――心だ。


 あの子が可愛いのは、なにも容姿のことだけではない。

 が、光の内面が、誰もが尊ぶ光り輝く聖女のような心かというと、それはない。


 光は平凡で、とりたてて特徴のある性格はしていない。

 ポヤっとしたところは多少、本当に多少あるが、それだけだ。

 再度言う、それだけだ。異論は認めない。


 おそらく、光の内面を慕う人間は多くはないと思う。

 あの子が例えば水ならば、私のことを「なぜ、あんな水を甘露のように飲んでいるのだ?」と滑稽に思う者もいるかもしれない。


 人は誰もが邪の面を持つが、これは仕方がない。聖人君子など世の中にいない。


 光も聖人君子ではない。ごく普通の感性だ。

 ただ、あの子は尖った面が、どこにもないと言えばいいのだろうか。


 他人を悪く言わない。言動に裏表がない。

 悪口を言わないというのはとても簡単そうで、その実難しいことだ。

 あり得ない話だが、光はそもそも他人を悪く思うことがないのかもしれない。


「誰々のこういうところが嫌い」

「誰々がこんなことをした、あんなことを言うので嫌い」

「担任のキュウリがキモすぎて吐きそう」

「誰々が下心丸出しで光にぶつかった。あいつは斬首しよう」

「よその小学校の女子が集団で光を見学しにきた。むしろ男子のほうが多い。奴らは二度と表を歩けなくしたほうがいいかもしれない」

 そういった話が、あの口から出たことはない。


 私もあまり悪意は持っていない人間だが、光の悪意や害意といったものがない心に惹かれる。

 改めて気づかされたが私は幼少の頃から、光の見た目ではなく内面に癒されているのだろう。


 突出したところはなにひとつない。けれど、尖ったところが一切ない。

 丸くて暖かな、ふんわりとした柔らかい子。引き寄せられないはずがない。


 そういう人間は探せば他にも、いくらでも転がっているだろう。

 光のような人間が、この世にあの子ひとりしかいないなどということもないはずだ。


 それでも私は光がいい。

 あの子でなければもう駄目だ。無理なのだ。

 私の渇きを癒す水は光だけだ。あの水でなければ絶対に飲めない。


 代替品などでは満たされない。それは理屈ではない。

『とても優しいから』や『とても誠実だから』といった要素がなくても、ただ光と一緒にるだけで嬉しくなれる。

 なんて素敵なことだろう。


 人と人の繋がりは損得勘定ではない。

 私は自身の父母と光のお父さん、亡くなった光のお母さんはとても好きだ。

 だが光に対する好きは別物だ。


 心そのままに意思疎通ができるなら、あの子が食用ガエルになっても構わない。もちろん食すことなど決してしない。


 キュウリが援交女子に金を吸い取られすぎたのか、私たちに理不尽に絡んでくる時がある。

 光も被害にあう。それどころかキュウリは欲情した目で、あの子を見ている節がある。

 光はまったく気づいてないが光以外は皆気づいている。

 けれど光は「先生もストレスとかあるんだよ、たぶん」と柔らかく微笑むばかり。じつに可愛い。


 私は幼稚園のときに『短気は損気』という言葉を理解した。

 私の堪忍袋は袋ではない。叩いても落としても壊れないステンレスのコップ。それが私の堪忍袋だ。衝撃にも強い。


 私は我慢ができる女だ。

 ただ、どんなに丈夫な堪忍袋でも、残念ながら容量には限界がある。


 キュウリが光に向けているあの目。あの視線は一滴の汚水だ。

 ただの袋ではないステンレスのコップは破れない。

 だが垂れた汚水は、いつかはコップ一杯の汚水になる。


 私は我慢ができる女だ。水は表面張力がおこるのだ。

 そう、私は我慢ができる。短気ではないのだ。


 さて、念のために言うが、光は頭がお花畑ではない。ないったらない。

 お花畑ちゃんではない例を挙げよう。


 光の頬は、マシュマロよりは柔らかく、突きたてのお餅よりも少し固いといった奇跡の肌触りだ。

 私は光の頬をムニムニと引っ張るのが大好きだ。


 ムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニ。


「いつまで、つねってんのさ!さっちゃん!!」


 調子に乗って延々とムニムニしてると最後は怒り出す。


 林間学校の部屋割りで揉めた時もそうだが、ちゃんと怒の感情は持ち合わせている。うん、可愛い。一安心だわ。


 子供の頃に天使だったのに、大人になったら薄汚れる人など枚挙に遑がない。

 けれど、悪意がない夢の国で生涯を過ごすわけにはいかない。


 私に出来るのは、あの子が薄汚れた心に触れぬよう気を付けることだけだ。

 全身全霊で気を付けようと私は心に誓う。

 百万ガロンの聖水に、一滴の墨汁を垂らすことも許されないのだ。


 ちなみに光は清廉潔白でもない。

 食べ物のことだと私欲にまみれる。

 良く言えば食べることが好き。悪く言えば食い意地が張っている。


 地元の行列が出来る超人気ケーキ屋。

 人気ナンバーワンのシュークリームを食べたいと光が言ったので一緒に並ぶ。

 お一人様三個までの商品を、三十分並んで二人で計六個買った。

 光はキラキラした目で「もう一回こっそり並んじゃおっか」と、おばちゃんみたいなことを言いだした。


 食べ物――好きなもの、好きなことが絡むと小悪魔ちゃんになるみたいだ。可愛い。


 光の家で仲良く食べる。

 程よい甘さのクリームでふんわりした生地が美味しい。

 だらしない笑顔で幸せそうに食べる光。唇のクリームを舐めとっている。


 アラート!アラート!



※誤字を修正しました。

誤字などは見つけ次第、コッソリなおします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ