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五年生の私たち

 五年生になった私たち。


 光は家事全般を担うようになった。

「父さんが外で頑張っているんだから僕は家のことを頑張らなきゃ」と微笑む。


 光の顔に笑みが戻ってきて私はホッとする。

 あの子の笑みの価値は宇宙規模だ。

 私以外が価値の恩恵を受けるのは業腹だが仕方ない。

 光の笑みを他人に見せなくするには、あの子をマスクマンか鉄仮面伝説にでもしなければならない。


 妹を怪しい色物枠に押し込むのは許されざるので、世間に対するちょっとしたお裾分けだと思えばいい。

 私も悲劇を経験し、今年で十一歳にもなるので精神が成長したのだ。


 私は友人がかなり増えた。

 上級生である六年生も含め、学内の大体の学童を掌握、もとい有効……いや、友好な関係を築くことに成功した。特に同性である女子との関係は、様々な面において今後も極めて重要だ。


 ついでに株などで、かなり儲けた。

 私はあまり感情が動かないタイプだが、その私が驚愕するほどの大金を手にした。

 具体的な金額は言えないが、このお金を元に出来ることが広がる。

 お金って素敵ね。大体の行為が許されるんだから。


 おまけで腹心も手にした。些事は任せることにする。

 何かと有能で便利だが、ここで語るほどの人物ではないので仔細は省略する。


 五年生では林間学校がある。私たち女子は光と同室になろうとした。

 女子から反対意見など出るはずはない。光と同室になることは当たり前のことだからだ。


 だが、担任からストップが掛かった。

「男女を同室には出来ない」が、あの野郎の言い分だ。

 意味がわからないわ。なんだそれ。


 ピーラーで表面を物凄く適当に剥かれたキュウリみたいな顔をした三十後半の男。それが私たちの担任だ。

 残念キュウリがヤツのあだ名。命名者は私だ。


「では先生は、月守君を男子の部屋にすると?」

「当然だ。月守は男子。男子?うん、男子なんだからな」


 この発想が貧困な男は、二度も三度も四度も五度も光を見つめなおす。

 やめてほしい。平凡以下下男へいぼんいかげなんの視線で光の輝度が少し下がったわ。


「つまり先生は、第二次性徴期を迎えた男子の檻の中に、月守君を放り込むと仰るのですね」

「遠藤、お前、なに言ってんだ」

「月守君を今一度ご覧ください。そしてその後にクラスの男子を見てください」


 奴は光をまじまじ見つめる。

 これはギルティだが、見ろと言ったのは他でもない私なのでやむを得ない。

 だが、お前ごときが、私に対して「お前」呼ばわりするな。


「さぁ先生?万が一、いえ、いちいちにでも事案が発生した場合、先生の指示により部屋割りが行われたことが、白日のもとに晒されることになりますよ」

「一が一って、なにか起こること確定じゃないか」


 起きるに決まっているだろう。理解力の乏しい教師ね。

 精液がパンパンに詰まったお前の脳が、一番理解できるはずだと思うのだけれど。

 面倒だ。担任に耳打ちする。汚い耳にウンザリだ。


「話は変わりますけど先生。買春と売春って真逆なのに発音は同じですよね」

「なんの話だ?」


 私は囁く。


「北高、二年二組。市立高、一年五組」

「おまえ!?」

「サキちゃんとユナちゃん。フフッ、可愛いお名前の可愛い子達ですね?」


 私たちは同室になることを勝ち取った。

 当然の権利と義務なので勝ち取ったという表現は不適切だが、とにかく戦いは終わった。


 が、真のラスボスは意外な人物だった。


「え、なんで女子と一緒の部屋なの?僕は男子なんだから、普通に考えて男子の部屋だよね?」


 光が正論ぶった物言いをする。

 普通。普通ってなに?私は眩暈を禁じ得ない。


「光、よく聞いて。林間学校は遠足とは違うの。そこには宿泊があるのよ?お泊りよお泊り」

「もー、さっちゃん、馬鹿にして!僕だって遠足と林間学校の違いくらい知ってるよ!」


 光がプリプリと怒っている。

 激レアな怒り顔!撮影班は、もちろん激写したでしょうね?


 あることをすると必ず怒るけど、この子はあまり怒らない。

 今も怒るというよりは、拗ねたというのが正確だろう。


 けれど、いい顔を頂いたわ。

 日常のちょっとした幸せに私は感謝する。


「どうしたの?さっちゃん」

「気にしないで?話の続きだけどお泊りよ。そこの連中と同室になる恐れがあるの」


 光の後ろで男子連中が「いよいよこの時が」とか「香りのいいボディソープを調べなきゃ」あるいは「勝負パンツを買う時が」だのと目で語っている。

 私は他人が光の事を考えている場合に限り、読心術が冴えまくるのだ。

 こいつらには林間学校は病欠になってもらう。


「楽しみだよね。山登りにキャンプファイヤー。あ、夜って枕投げするんだっけ?」


 超新星のような笑顔の光。

 このままだとベタな輪姦学校が確定してしまう。


 光は周りには流されない。

 パッと見、気弱で周りに流されやすそうに見えるけれどそんなことは一度もない。

 私と意見が合わない時でも「しょうがないな、じゃあ、さっちゃんの言うとおりにするよ」なんてことは言ったことがない。たまには言いなさい。

 我儘なわけではない。自分が理不尽と感じたことには、決して従わない。


 例えば、私は幼少時から光にスカートを、何回も何回も何回も何回も何回も履かせようと試みている。

 年の二分の一はチャレンジしている。ちなみに最大の協賛者は光のお父さんだ。

 どんなに宥め賺しても成功した試しがない。神は死んだ。


 言うまでもないが、私は倒錯的な思考など持ち合わせてはいない。

 光がどんな装いも似合うのは、陽が西へ沈むのと同じくらいの常識だ。

 もちろん全裸だって似合う。この私が言うのだから間違いなどない。


 唯々、極々必然の方向性を光に指し示したかっただけなのだ。

 光のために用意した素敵なドレスが、いつか日の目を見るときが楽しみだ。


 そんな風に、周りに流されることなどない光なので、私たち女子が「男子と同室などハルマゲドン」と、いくら言っても聞き入れはしないだろう。


 まぁいいわ。

 妥協案としてコテージを一棟、光のためだけに借りることにしよう。

 費用は私のポケットマネーで賄えばいい。




 さっそく計画が頓挫した。学校からストップがかかったのだ。


 五年生の女子児童が、学校行事でコテージを貸し切ろうとは、なにを考えていると。

 押し切った場合、このまま問題が大きくなると私の両親に知られる。

 お金の問題が露見して、預金残高をはじめ私が去年から立ち上げている様々な会社やら組織やら、その他諸々が親にバレてしまう。


 腹心に丸投げ?駄目だ、校内での自分たちのことは自分で処理したい。

 なんでも人任せにしては悪い癖がつく。

 私はあくまで普通の小学五年生。ここは引くしかない。

 お金で解決しない事情もあることを学んだわ。


 シンプルにいこう。男子連中によく言い含めるのだ。

 長々と言っても効果が薄れる。彼らに一言だけ告げた。


「あなたたちに不幸が起きるわ」


 ここまで簡潔に言って通じないようならば、悲しいけれど仕方ない。

 そう悲しいことだ。私も四年生の時のあの悲劇で学んだ。

 けれど仕方ない。全ての悲しい事柄も光という存在の前では無意味だ。

 そう、仕方ないのよ。



 幸いにも林間学校は何事もなく終わった。


 光は登山やキャンプファイヤーを満喫していた。

 キャンファイヤーで光の歌声が夜空に溶ける。

 炎に照らされた光の笑顔。


 今年発足させた文化保全財団は、さっそく素晴らしい記録を残すことだろう。

 また楽しみが一つ増えたわ。


 懸案事項の光の部屋割りも問題なし。人選は私自らした。

 選りすぐりのエリート人畜無害君たち。


 といっても光の意向は無視しない。

 光が同室になって、つまらないと感じる人選では無意味だ。

 仲が良く、然も光によからぬ思いを抱かない男子たち。……いるか?そんなやつ。


 読心術が発動する。ふむ、いるにはいるのか。

 性的な興味よりも、まだゲームや漫画に夢中な男子。

 これを神の奇跡と呼ぶのだろう。うん、いい仕事をしたわ、私。


 だが、再度やんわりと言い含めることも忘れない。

 さらに今年になって立ち上げた組織の部隊に目立たぬ所で監視させようか。

 ここまですれば、ほぼ間違いないだろう。

 ああ、どういう組織で、なんの部隊かは極秘よ。


 けれど、やはり私は愚かだった。まるで成長しない駄目な人間だ。


 自身のヒカリニウム不足を全く考慮していなかった。

 これはキツい。キツいというか無理。死ねる。


 夜に私はフラフラになりながら光の部屋に行く。

 光は熟睡していた。無害君たちは壁際で正座をしていた。彼らは寝ないのかしら?

 とりあえず無害君たちをはじめ、部隊も全て人払いする。すまないわね。


 ……補給補給、と。

 光から嗅いだことのない香りがした。

 浴場の備え付けの石鹸だろう。


 ふふふっ、こういうのも悪くないわね。


 一時間のつもりが、結局そのまま寝てしまって、朝までふたり一緒だった。

 光が起床する前にお暇する。無害君たちにはキチンと詫びを入れよう。


 私は暴君のように振る舞うつもりはないし、そもそも同級生に対して、なんの権力も持たないただの女子児童だ。

 だが、彼らの趣味や好きなものは把握済みだ。それでご機嫌を取ることにしよう。

 まぁ詮無きことだ。来年の修学旅行も楽しみだわ。


 あとは家事をする光のために、近所の潰れかけたスーパーマーケットを買い取ろうか。

 最高の食材を格安で提供する店舗が近所にあれば、光も喜ぶだろう。

 光のためだけに存在するスーパーマーケットだ。


 もちろん他の客が来るのは拒まないが、なにしろ極上品を格安で買い物ができる店舗だ。

 あの子が欲する商品を、あの子が毎回確実、且つ自然に購入できるシステムを構築させねば、いざ、光が買い物をする段になって品がないといった事態になれば、店の存在意義がない。


 スーパー一店舗の不採算など他で穴埋めすれば良い。

 お金なら、もう黙ってても秒単位で、いくらでも転がり込んでくる。


 お金を稼ぐ手段など、今の私にはいくらでもあるのだから。




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