四年生の私たち
四年生の冬の私たち。
事件はなんの前触れも遠慮もなくやってきた。
それはあまりにも突然の出来事。光のお母さんが事故で亡くなった。
光とよく似た顔をした優しくて、とても素敵なひと。私も大好きだった。
身近なひとがいなくなる。初めてのことに私も狼狽えた。
光――光はもっと悲しんでいる。
私が駆けつけると、光は泣き悲しんだりなどはしていなかった。
あの子は弔問客へ、せっせとお茶を出したりと働いていた。
「光、あなたなにをしているの」
「えっと、お茶出し?」
「あなたはしなくていいんじゃないの?お手伝いしてくれる方も来ているのでしょう?」
私の両親もいる。知らせを受けた母は泣きじゃくった。父も相当ショックだったようだ。だが、そんな二人も今は黙々とお通夜を手伝っている。
「うん、でも父さんも挨拶したり色々してるし。それに」
「それに?」
光は俯いて一点を見つめながら言った。
「動いてたほうがいろいろ楽なんだ。ありがとうさっちゃん、心配してくれて」
光はリビングへと消えた。私は廊下に、ひとり取り残される。
そうか。人は悲しみで居たたまれない時は、行動したい時もあるのか。
私は色々と知ることが将来のためだと思っていた。
けれど、そんなことは知りたくはなかった。
温かな光の家。遊びに来るといつも光のお母さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、さっちゃん」
その温かだった家を、今は知らない大人たちが黒い姿で行き来している。
人が大勢いるのに空気が冷たい。冬の空気のせいじゃない冷たさ。
背中が寒くて痛い。そして心臓を棒で押されるような鈍い痛み。
私は最後まで棺の中を見られなかった。
親しい人が、物言わぬ姿で箱の中に入ってるという事実を認めたくないから見ることができなかったのかは、自分でもわからない。
私は光が、私の平凡な日常の中の非日常だと思っていた。
けれど平凡な日常は、ある日なんの前触れもなく壊れて、想定外の本物の非日常がやってくることを思い知る。
知った風な子供の私はなにも知らなかったんだ。
告別式が終わっても光は涙を見せなかった。
初七日を終えたあとの最初の土曜日に私は光を自宅に招いた。
「最近あんまり食べてないでしょう?」
「うん、なんか時間もとれないし色々バタバタしてたし」
「今日はおじさんは仕事なのよね」
「そう、溜まってる仕事があるって言ってた」
「うちの両親も夜までいないから。とりあえずお昼を食べましょう」
「うん」
「今日は私が奢るわ。デリバリーになるけど光の好きなもの、なんでも注文しましょう」
葬儀が終わって以来、光は外出をしたがらない。学校が終わるとすぐに家に帰って、そのまま籠っている。
「好きなもの」
「そう、あなたが好きなもの。なんでもいいわ」
「好きなもの」
光はそのまま固まった。
……失言すぎだ。自分の迂闊さに吐き気がする。
『好きなもの』この言葉に光が反応しないはずがない。
お母さんを喪った今の光が反応しないはずがないのに。
私は大馬鹿だ。
光は唇をへの字に曲げて「うーうー」と唸った。目の涙が溢れる。
光を抱きしめた。思えば私自身の欲以外で、この子を抱きしめるのは初めてかもしれない。
しがみ付き嗚咽を漏らす。物凄く熱い涙。
私の胸元は涙ですぐにグショグショになった。
「ごえんえ、ごえんえ」と光は声を漏らす。
ごめんねと言ってるのだろう。なぜ謝るのか。
「私はあなたのそばにいるわ。私たちはずっと一緒よ、どこまでもいつまでも」
光は疲れて眠るまで泣き続けた。




