年長さんの私たち
箸休めのようなお話が六話続きます
私の名前は遠藤さくら。
特にこれといった特殊な自己紹介はできない凡庸な女だ。
ひとつあるとするならば、幼馴染の月守光のことだろうか。
彼女、いや彼は、私の平凡な日常の中の非日常だ。
光は私の家のお向かいに住んでいる。
お互いの親は年も近く子供は同い年。子の誕生を機に張り切ってマイホームを購入。
そんなよく似た境遇なので打ち解けたのだろう。
お互いの家を行き来する間柄になるのに時間はかからなかったそうだ。
物心つく以前から私と光は一緒。
光はいつも私の後をくっついて回る子だ。そんな光を私はお姉さんぶって可愛がった。
私は感情が希薄な子供で、なにに対しても冷めた目を向けていたが光は別。
あぁ、こんなにかわいい子が私の妹。
そう。私は、はじめは彼を女の子と信じて疑わなかった。
彼が妹、女の子ではないと理解したのは、着替えたり一緒にお風呂に入ったりした時に『自分と体が違う』と気づいたから。
三才なんて男女の違いなど特に意識はしない。
意識する子も中にはいるだろうが、裸にでもならない限りあまり違いはない。
それに光の可愛さの前には性差など無意味だ。
「光は男の子なのよね」
「うん、エヘヘ」
なにが面白いのかエヘヘと笑って私にしがみつく。どうしよう、たまらん。
「私がお姉ちゃんで光は妹ね」
「さっちゃん、男の子は妹じゃなくて弟っていうんだよ。ママがいってたもん」
自慢げに光が言った。カワイイなこのヤロウ。
「じゃあ光は私の弟ね。話はかわるけど、幼稚園に入っても小学校に入っても光は私の妹だから」
「なに言ってるかわかんないよぉ」
よぉ、の余韻が可愛すぎる。私は光をギューッと抱きしめた。
ミルクのような甘い匂いが光からした。あぁ幸せ。
私はそんな幼児期を彼と過ごす。
幼稚園に入っても光の可愛さは変わらなかった。いや、ますます可愛くなった。
そして私たちは、あっという間に年長になる。
歌の時間に一生懸命歌う光。
これはまさに天使の歌声ね。録音しなければ。
園庭を笑顔で駆ける光。
これは素晴らしい写真が撮れそうだ。
「さくらちゃん」
「なんですか、先生」
いい所で邪魔が入った。私の至福を邪魔しないでもらいたい。
「携帯電話はお母さんが持たせているの?幼稚園にいる時は使っちゃダメよ?」
なんだそれ。この女はなにを言っているんだ?
光の記録を残すためだけに発明された機器を、今使わないでいつ使うというのか。
「そうですか、ところで先生。勤務時間内に携帯で彼氏と連絡を取り合ってデレデレしている幼稚園教諭がこの園にいるってご存知ですか?」
「さくらちゃん?」
「園児は先生が注意すればおしまいですよね。では教諭が勤務中に使用しているのは誰が注意すればいいのでしょう?園長?保護者?どちらにも連絡したほうがいいのでしょうか」
「……なにが言いたいのかしら」
「簡単なことですよ、お互い、些末なことには目を瞑りましょうということです。私たちは立場も状況も違いますけど、同じ道具を同じ時間内で使用しています」
「あ、あなた、なんなの?」
「共犯、と呼ぶのは聞こえが悪いですので、ここはお仲間さんと言いましょうか?ウフフッ、一緒なんですよ?私たちは」
黙認って素敵な言葉ね。ねえ先生。お互い素敵な時間を過ごすにはお互いの行為を認めなければいけないの。
女は青い顔をして他の園児の元に向かう。くだらない時間を過ごした。
今の時間で何十枚の写真が撮れたと思っているんだ、あの女。
「さっちゃん、なにしてるの?」
『天地創造』
駆け寄ってきた光の笑顔を見た私の頭に、そんな言葉が浮かぶ。
「なんだよこいつらイチャイチャしてるぞー」
「ホントだーイチャチャしてるー」
「いちゃいちゃー」
ヘラヘラと薄汚く笑う、頭の悪そうな小僧が三人寄ってきた。
幼稚園児の段階で、イチャイチャからかいをするとは、マセたガキね。
面倒なので、言い出しっぺの小僧に金的を喰らわせる。
「あっぐ」
汚らしい呻き声を聞かせないでほしいものだ。
股間をおさえて蹲る小僧とあとの二人に私は告げた。
「いま騒いだら殺す。つぎにまた、ちょっかいをかけてきたら殺す。このことを告げ口しても殺すわ」
もちろん本気だ。禍根を断つためには仕方ない。
生きている人間は面倒だ。
死体はいい。物も言わなければ、未来に煩わしさが訪れることもないのだから。
蹲る小僧は声も出せず急所を押えている。汚い絵面を見せるな。
残りの二人は歯をガチガチと鳴らしているだけ。
人間、本当に恐怖していると歯が鳴るのね、なるほど。
やはり実体験に勝る勉強はない。
蹴りの角度と速度に問題点があることも把握した。
今後のために格闘技を習おうか?
「さっちゃん、どうしたの?」
光は空を飛ぶセキレイに夢中で、こちらのやり取りに気づいていなかった様子。
光の目に汚らしい物が映らなかったことに安堵する。
短気は損気という言葉を理解した。
「なんでもないわ、あっちにいきましょう」
「うん!」
去り際にもう一度連中に目を向ける。
園児がどの程度聞き分けがあるのかわからない。若干不安になる。
泣き喚いたらどうしようか?
妙案が思いつかない私は、彼らをじっと見つめた。
彼らは泣き叫ぶことはなかった。固まったように動かない。
まぁ大丈夫でしょう。大丈夫じゃなければ、その時はその時だ。
空に舞うセキレイが目に映る。まだ暑い日もあるが、そこかしこに秋の気配。
この後の寒い季節が過ぎれば春が訪れて――私たちは小学生になる。
次話は13時です。今日の17時までの間に、一時間毎に閑話を投稿します。
※誤字を修正しました。




