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その26

 

「光、彼女がお前と話をしたいそうだ。名前は美樹みきというんだ」

「う、うん」


 ……なにを話せと。

 父をお願いします?急に結婚ってどういうことですか?

 いつから父を好きだったんですか?

 色々聞きたいような聞きたくないような。


「もしもし、光ちゃんですか?」

「あ、はい」


 優しい感じの声が聞こえた。

 当たり前だけど母さんとは違う声。でも安心する声。


「はじめまして。あなたのお父さんと仕事をしています、美樹、です」


 下の名前しか言わないのは、すでに入籍をすませて僕たちと同じ名字になったからなのかな……。


「あなたのことは毎日聞いてたの。課長、あなたのお父さんは事あるごとに、あなたの話をして写真を見せてくれて」

「……父が、色々とすみません」

「ううん、あなたの話を聞くのは面白いの。ウチの社員はみんながあなたのことを知ってるのよ。とても可愛くて優しい子だって。あと料理が上手で勉強が好きで運動は苦手とか」

「優しくはないですけど、まぁ料理は好きで運動は苦手です、ね」

「朝食と夕食のメニューなんかもね。洋服の好みとか宿題の内容だったり。何時に寝て何時に起きたとか、ふふ、好みの異性のタイプとか」

「え?」

「放課後に寄った場所や、お風呂でどこから洗うのか、なんて話はよく聞いてたわ」

「なんですかそれ!ホントなんですか!?」


 父さん、あなたは一体、会社でなにをしてるのさ!

 あと、明らかに父さんが知りえないことを、なぜ父さんは知ってるの!?


「だから、あなたのことは身内みたいに勝手に思ってて。でも、ごめんない。急にお父さんと結婚なんて。あなたに前もって、なんの相談もなしに」

「……正直に言うと急すぎる展開だとは思います。いきなり結婚てどういうことなのって」

「ホントそうよね。ごめんなさい……」

「でも、なんていうか、父には幸せになってもらいたいというか」

「……光ちゃん」

「ですから、美樹さん。父をよろしくお願いします」

「ありがとう、こんなあり得ないくらい急な話なのに。あなたは本当に思っていた通りの娘さんね」

「あの美樹さん、なんていうか、僕は一応は息子なんです。娘じゃないです」

「ふふ、可愛い声でなに言ってるの。あなたのお父さんも会社であなたの事は『うちのお姫様』って呼んでるのよ?」


 美樹さんにも急すぎる自覚はあったんだ。急だと思ってないのは父さんだけかもしれない。そして繰り返しになるけど、僕は父さんのお姫様ではないよ!


 僕の中の父さんのイメージが崩れていくような。

 いつも笑顔を絶やさない、朗らかな優しい父だと思っていたんだけど、あんなに妙な発言をする人だったっけ。


 でも、美樹さんはひとの良さそうな女性だ。

 いま電話で話しただけだから本当の人柄はわからないけど、僕を気遣うことも言ってくれていた。

 会社で一緒に仕事をしてるんだろうし、父さんは彼女のひととなりは、よく知っているはず。


 ――ああ、そうだ。そうだった。

 僕は会社での父さんを知らない。

 僕の写真を見せびらかしてるのは、さっき知ったけど。


 一日の中で、僕と父さんが過ごす時間よりも、父さんと美樹さんが過ごす時間のほうが、ずっと長い。

 美樹さんとは昨日今日知り合ったわけじゃない。


 今までのふたりには僕が知らない、いろんな出来事があったんだろう。

 父さんが、魔王様と僕の過ごした時間を知らないように。

 それに父さんの気持ちは父さんのものだ。僕が口出しできることじゃない。


 もしかしたらテミスさんが、魔王様から僕のことを初めて聞かされたとき。

 彼女も今の僕みたいな気持ちだったんだろうか。


 父さんが勝手に再婚話を進めてて少し腹が立つのと、笑顔でおめでとうと言いたいのが混ざったような複雑な気持ち。


 彼女はどこ?あ、神様に強烈なハグをされている。

 うん。関わると僕にも被害が及びそうだから、そっとしとこう。

 テミスさん。あなたの頑張りを無駄にはシマセン。神様と仲良くしてね!

 彼女からの視線が、もの凄くイタイ。うん、目をそらしておかないと。


「光」

「なに、父さん」


 美樹さんから父さんに代わった。声が浮かれているけど、なにが楽しいのさ?


「お前の旦那に代わってくれるかな。電話でなんだけど挨拶がしたいんだ」

「旦那じゃないから!さっきから思ってたけど、なんで父さんは僕の嫁入りを喜んでんのさ!」


 父さんは自分の結婚で浮かれてるのかな?

 父親としては、お相手の人物とか人柄を見極めて判断したほうがいいんじゃないのかな。

 でも、魔王様の人柄を否定されたら僕は普通に怒る、けど。


 はっ!嫁入り前提で考えてるけど、なにがどうしてそうなったの?

 ……父さんの思考に毒されちゃったかな。


「魔王様、父が話をしたいそうなんですけど構いませんか?」


 彼は電話している間、僕を見守っていた。

 神様とギャアギャアやりあっていた時は、僕の手を握ったり肩を抱いたりしていた。

 けれども、電話中は一切触れもせずに、ただ静かに見守るだけだった。


「自分が大変な時なのに父と再婚相手のことを考える、か。御許はなかなかお人よしだな」

「いいえ、聞き分けがいいふりをしてるだけかも、です」

「ふりなのか」

「とくべつ、親思いの優しい良い子でもないですから。ただ、もっと簡単な息子だった気もするんですけどね」


 以前は、単純に物事を考えたり決めていたと思ってたんだけどな。

 もしかしたら、いままでは重大なコトを自分で考える機会が、なかっただけなのかもしれない。

 だけど、こうも思う。


「事柄によっては、あなたの次くらいにお人よしかもしれません」


 魔王国にとって鬱陶しい勇者の僕を助けてくれた。

 そして、神様絡みの祝福持ちの面倒な存在の僕の世話を焼いてくれる。


 ひと目惚れだといって肌の接触をやたらしてくるし、アレになったアレを見せつけられたりしたけど、男の性的な欲求を本気でぶつけない。

 彼の力や立場を以ってすれば、僕のことなんか、どうにでもいくらでも自分の好きなようにできたはず。


 そして、僕が元の世界に帰るという話になると寂しそうにする。

 けれど「帰るな」とは、決して言わない。


 ホントにヘンな人だ。変人で変態で意味不明な強さのヒト。

 ヘンなひとに纏わりつかれてるから僕もヘンになるんだろう。

 この異世界で出会ってしまった彼がヘンだから。


 僕がヘンになるのは祝福のせいじゃなくて、彼がヘン過ぎるからだったんだろう。

 彼の強すぎる魔力が解明されていない何かの働きをおこして、僕をおかしくしているんだ。


 魔王様は僕の頭をクシャクシャと、ちょっと乱暴に撫でる。

 ……髪が乱れるから丁寧に撫でてください。


「どうもこの度は」とか「さすがお父上!良くわかっておられる」だの「婚前交渉はしない」といった言葉が聞こえてきた。

 そう、婚前交渉はしない、と。うん、覚えとこ。


「魔王様と姫様の婚姻も姫様のお父上、さらに神も認めたこと。これほど喜ばしいことは建国以来です」

「喜ばしいですか……。あのひとは僕の外見だけが目当てらしいですけど」

「どういうことでしょうか?」

「本人に言われたんです。僕の見た目がたまたま彼のストライクゾーンだったそうですよ?お城には可愛い子が他にもいるのに、なんで僕の見た目に反応したんでしょーね」

「魔王様がそう仰ったのですか?」

「ええ、人の価値は見た目がすべてだって言ってました。……その言葉を。そんなことを僕は喜べばいいんですか!?」


 なんだこれ……。吐き捨てるように言ってしまった。

 そのことに無関係なナーガさんに当たり散らしてるみたいじゃないか。


「そうですか。魔王様が、そんなことを仰って……ふふ、ふふふ」

「え?」


 ナーガさんが微笑んだあとに、吹きだした。

 可笑しくてしょうがなくて、とても良いことがあったような笑顔。

 このひと、こんなにも柔らかく笑えるんだ。

 いままで、ごめんなさい。冷笑しかしないのかと思ってました。


「姫様、ご安心を」

「なにをですか?」

「なにもかも、です」


 まるで話が見えない。



 ……どうして、八つ当たりみたいなことをしてしまったんだろう。

 内面を気にしてほしいと思っているから?いや、まさか。

 それじゃ、性格を好きになってほしいみたいじゃないか。


 いやいやいやいやいやいや!ないから!

 好きになるとか、好かれたいとか、そういうのないから!!

 あ、でも、好かれたいっていうか、嫌われたくはない、かな……。


 だいたい、もし好かれたいって思っても。

 僕の内面に好かれるところがあるのか、わからない。

 自分の良い面はこういうところです、そこに好感をもってほしいです、なんていえるところだってなにもないのに。


 あの時、テラスで魔王様に僕は言った。「自分は没個性なヤツ」だって。

 なのに、いまさら自分の内面を気にしてるって、なんなんだろう。


 でも、でもだけど。

「褒めるところがひとつもない」とか「惚れる要素がなにもない」なんて思われないのなら。

 見た目がすべてだって言ってくれたことを、素直によろこんでもいいんじゃないのかな。

 彼にとって無価値なヤツじゃないのなら、それでもいいのかもしれない。


 ……だから、なんで、意識してもらう方向で考えを纏めようとするの?

 あーダメ。わけがわからなくなってきちゃった。

 感情がグルグル渦を巻いて眩暈しそう。


 以前の僕ってこんなヤツだったっけ。

 こんなに意味不明なコトを考えるヤツだったけ。


 今の自分を遠くのほうから見つめてみる。

 うわぁ……、目を逸らしたい。

 みっともなくて、ただただ、メンドくさいだけのヤツがそこにいた。


 どうして、こんなヤツになっちゃったんだろう。

 自覚がなかっただけで、元々こんなヤツだったの?

 ううん、もしかしたら昼食がまだだから、脳に栄養がいってないからかもしれない、よね。だって、もの凄くお腹が減ってるもの。


「あー、ところでナーガさんにお聞きしたいことがあるんですよ」

「なんでしょう?姫様」

「この世界に、あの神様以外を祀った厄除け大師ってありますか?」

「この国は今まで神を祀っておりませんでした。ですから神関連の施設はありません。魔神や邪神は便宜名ですので神と言えるかどうかは微妙ですね」

「ですよねー、知ってました。厄除けー、やくよけー」


 これは仕方ないからセルフで済ませよう。

 あの神様は、魔王様やテミスさんよりも、アレ的にヤバい気がする。


 ――神様のアレな危険から、あなたは僕を守ってくれますか。


 ……なんで、あのひとに守ってもらうって発想が、すぐに浮かぶの?

 彼は僕にとって、なんなのだろう。保護者?


 魔王様が父さんと話し終わったみたい。

 スマホを返してくる。なぜ、そのまま手を包み込んでくるんですか。

 早く手を放してくださいな。いまはなんか気分的にダメです。


「どういうことだ?」って聞かれても。

 とにかく、いま触れられるとダメなんです。


「父さんも憑き物が落ちたみたいに、自分のまわりの世界が見えたということで光にはわかってもらいたい」

「とりあえず、父さんの事情はわかったよ。それよりも、会社で僕の写真を見せるのは止めにしてね?」

「ダメダメ!見せないなんてとんでもない!これは父さんのライフワークなんだからな」

「やめてっていってんでしょ!ライフワークの言葉の意味を調べてといて!」


 最後に父さんは「さっちゃんには、それとなく本当の事情を話しておいた」と言っていた。

 本当の事情って、いまの僕のこの状況?どう説明しても納得しないと思うんだ。


 また連絡するからと電話を切る。

 ごめん。いまは父さんのことよりも、僕自身のことでいっぱいいっぱいになってるよ……。

 まあ、父さんはひとまず安心だ。新しい不安要素もできたけど。


 あ、さっちゃんに連絡しなきゃ。僕から直接、無事だって伝えないと。

 でも、うーん?いったい、なんて説明すればいいやら。


 聡明なさっちゃんのことだし、順を追って話せばわかってくれるはず。

 現実的で理解力が高いあの幼馴染なら、拙い僕の説明でも理解してくれるよね。



 一 異世界に拉致られたあげく、珍妙な泉に落ちて女になりました。元に戻る見込みはありません。


 二 異世界の魔王の嫁にされそうです。


 三 僕たちの世界の神の代理に舐めまわされそうなので帰れません。


 以上を真面目に説明して信じさせなさい。



 あ、眩暈が。



次回は全六話(暫定)からの閑話になります。

それぞれが微妙な長さになりそうですので、次話の閑話にかぎり、一日の間に纏めてアップしたいと考えています。

(7/9の12時から17時まで、一時間に一話を順次投稿(予定)です)

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