その25
「僕がこの世界に来たことを父は知りません。凄く心配してると思うんです」
帰る、帰れないは置いといて、父さんと話がしたい。無事だよと伝えたい。
女性化した今の僕が無事なのかも置いといて。
「それでしたら安心なさい。代理に会ったついでに、貴女の家族にもコンタクトをとりましたの」
「女神降臨ですわ!」と、オホホと笑って言う。
僕の世界には干渉できないって設定はドコにいった。
「お父上には貴女がこちらの世界に来たこと。女性化したので問題ないこと。魔王のお嫁になったことをキチンとお伝えして納得していただきましたわ」
「最初のこと以外伝えて欲しくなかったです」
女性化したので問題ないってどういうこと!?
あと、まだ嫁になってませんからね!
神様が言うには、僕がこの世界に来たその晩には、父さんにすべてを話したから心配いらないそうだけど。
「父は納得したんですか?僕は何もかも納得出来てませんけど。父さんに僕が直接連絡する方法はないでしょうか」
こんな出来事を父さんが納得すると思えない。
神様が伝えたといっても夢を見ただけだと片づけそうだし。
「そうですわね。でしたら貴女のスマホを、ちょっとお貸しなさい」
神様が僕のスマホを手に取りじっと見る。するとスマホが輝いた。
「はい、どうぞ。これで貴女の世界と連絡が取れますわ」
「なにをしたんです?いまの輝きはなんですか」
「ちょっとした奇跡を起こしましたの。輝きはただの演出ですわ。「神様がなにかしたんだ」と、わかりやすいでしょう?」
オホホと手のひらを口元に寄せて笑う。
奇跡って同じ対象に起こせないんじゃなかったっけ。
「ですから光さん本人でなく『スマホ』という道具に起こしたのですわ。機種変するときは言ってくださいな。新しいスマホに奇跡を起こさないといけませんので」
奇跡とはスマホのオプションサービスかなにかですか。
神様は大はしゃぎで「エルフっ娘も素敵ですわね、貴女可愛いですわ。実に素敵です」と、テミスさんに絡みだした。
まぁいいや、とりあえず神様にお礼を言ってから父さんに連絡しよう。
今の時間だと仕事中かな。……心臓がバクバクいってる。
五コール目で父さんが出た。えーっとえっと。
「光?本当に光か?無事だって聞いたけど確かだろうな?」
「父さん!」
何日ぶりだろう。久しぶりに聞く父さんの声。
ヤバい、涙が出る。止まらない。
「仕事中だよね?ごめん。あと何日も連絡できないでいてごめんね。それと急にいなくなって」
どうしよう、なにから話せばいいか混乱してわからなくなる。
「話は神様から聞いたよ。リビングに輝く女性が現れた時は、お前を心配しすぎて頭がどうにかなったのかと思ったけどな」
「父さんは僕に起こったことは知ってて、それを全部信じている、の?」
「もちろんだよ」と、明るく言う父さん。
良かったぁ……。神様の言ってたことは本当だったんだ。安心からか、脱力しそう。
「それと僕の声って前と違くない?えっと、自分の声はよくわかんないんだけど、性別が、その……ちょっと違くなってて」
「ハハハ。鈴の音のような声だったお前の声が、鈴の音そのものに変わっただけだ。お前の声自体は全然変わってないから安心していいぞ」
「そっか……よくわかんないけど、父さんが僕だって認識してくれればそれでいいんだ」
ホッとする。父さんは、ちゃんと僕だってわかってくれたみたい。
「待ってくれ。場所移動するから」といった後に、通話口から離れた声で「少し外すから」というのが聞こえた。
そばには会社の人もいるだろうし、こんな話は聞かせられないよね。
通話場所も落ち着けたみたいで事情を語りだす。あの日帰宅した父さんは、異変にすぐ気づいたらしい。
「家は真っ暗で洗濯物は干しっぱなし。お前に電話も通じない。これは事故か事件に巻き込まれたと思って警察に連絡したんだ」
「ごめん、心配かけて」
「お前はちっとも悪くない。さっちゃんにも連絡したけどお前のことを心配していた。ツテを総動員して捜索するって言われたけど止めておいたよ」
一高校生のツテなんかじゃ、どうにもならないしね。
あとからさっちゃんと警察には、連絡の行き違いだったと謝罪をしたそうだ。
「で、その晩は寝ないで起きているつもりだった。闇雲に探しても見つからないし、お前が帰ってきたときに入れ違いでも困るからな」
「うん、色々とごめんね」
「夜の九時くらいだったかな。リビングにいた父さんのところに突然、女神さまが降臨したんだよ」
「なにがあったかは知ってるけど、普通に考えると意味がわからないよね」
「ハハハ。宙に輝く女性が浮かんでいるんだ。で、自分は別の世界の神様だと仰った。はじめは心配しすぎで頭がおかしくなったかと自分でも思ったけどな」
安否を教えてくれると言った神様に、父さんは藁に縋る思いで「あの子は何処にいるんですか?無事ですか?」と聞いたそうだ。
やっぱり物凄く心配させた。罪悪感で胸が締め付けられる。
「女神さまから事の顛末を聞いてお前の写真を見せてもらった。可愛いお前がさらに可愛くなって父さんは悶絶したさ」
「父さん……」
「お前が、そっちの世界で楽しくでやっていくって話も聞いてね。父さんもお前の嫁入りが、こんなに早く訪れるとは思っていなかったけどな」
「いきなり知らない異世界に連れてこられて、楽しくやれてるって本気で思ってんの!?」
「まさか酷い目にあわされて、つらい思いをしているのか?おのれ、許せん!」
「えっと、そんなことない、よ。……毎日楽しい、です。うん、ごめん」
「なーんだ、驚かさないでくれ。ならいいじゃないか、ハハハ」
なんか釈然としない。
ヘンに心配されて「今すぐ帰りなさい!」とか言われないで、よかったのかもだけどさー。
さらに「お前は嫁になんか絶対にいかないで、父さんとずっとこの家で暮らすんだと思っていた」と意味不明なことを喋りだす父さん。
「でも、お前の幸せが父さんの幸せだ。末永く幸せに暮らしてくれ」とも朗らかに言う。
なんだこれ。話がかみあわない現象が今度は父さんにまで。どういうこと?
「すまないね光。これは男親のエゴみたいなもんだ。お姫様を持つ父親ってのは大なり小なりこんな感情を抱くものなんだぞ」
「なんだぞ、じゃないよ!ちょっと待って父さん。色々おかしいよ。まず僕は息子なんだからお姫様じゃないよね?」
さっきまでの涙が引っ込んだ。
今はこんななりだけど、召喚されたあの日のあの朝。
朝食を一緒に食べたときは、たしかにあなたの息子でしたよね?肉体的に。
「ハハハ、光は昔から父さんのお姫様だよ。息子とか娘とかの話じゃあないんだ。それが今は名実ともお姫様だ」
どうしよう、父さんが壊れてる。
心配させすぎて、頭がどうにかなっちゃったのかも。
あと、名実ともにって今の僕を指して使う言葉ではないよ?
「まぁ光が元気そうで安心したよ。それと父さんからもお前に伝えることがあるんだ」
「う、うん。なーに?」
ヤバい。壊れた父さんがなにを言いだすのか。
元の世界の神様の代理とかって人が怖いけど、父さんのためにも帰らなきゃダメだ。
「父さん、再婚したから」
「は?」
なに言ってんだ、このひと。
「順をおって話そうか。光が無事だったのはわかったけど、急に異国に嫁にいくお前を思うとさ。仕事中もボンヤリしちゃっててね」
「う、うん。嫁にはいってないけど話を進めて?」
「で、父さんに声をかけてきた部下の女性がいてさ。「仕事中にボンヤリするなんて課長らしくないですね」って」
会社での父さんは課長さん。
なんの課で、どういった仕事をしているのかは知らない。
会社での父さんの日常。今まで気にしたこともなかった。
「昼食を一緒に食べながら父さんは彼女に話を聞いてもらった。娘が異国に嫁にいったこと、急な話すぎて心の整理がつかないといったことを」
再婚話についていけないのに、さらに馴れ初め話を聞かされる。
っていうか、急な話についてけないのは、いまの僕だということを父さんは理解できているのかな。
それと、さっきから父さんは僕が嫁に行くことを、普通に肯定しているのが気になる。
ホントにいいの?あなたは僕が嫁にいっちゃってもいいの!?
息子なんだけど!僕は!そこんとこどうなのさ!!
「彼女は言った。「それは寂しいでしょう、課長は娘さんをあんなに溺愛していましたものね」って。ちなみに父さんはお前の写真を会社で、しょっちゅう見せびらかしているんだよ」
「ちょ!なにしてくれてんのさ!?」
「スマホの画像フォルダは愛らしいお前でパンパンでストレージは満杯だぞ」
知らなかった新事実。十五の息子の写真を会社で無理やり見せる父。
空気読めなさすぎじゃないの!会社のひとが、いい迷惑でしょ……。
っていうか僕の写真を、いつの間にそんなに大量に撮ったのさ?
父さんがカメラやスマホを僕に向けたことは、誕生日みたいな記念日くらいで数えるほどしかないと思う。
「彼女はこう言ったんだ。「私は娘さんの代わりになれません。ですけど課長を支えていけると思います。妻として」って」
「えーと」
「母さんが亡くなって以来、お前と一緒に生きていくことで頭がいっぱいだった。もちろんお前が、いい子で可愛すぎるのが主な理由だ」
「その」
「父さんの人生はお前中心に回っていると言える。というか言いたい。言いたかった。言っちゃった」
「あの」
「でもお前が嫁にいく、お前が新たな人生を歩むときに、父さんはこのままでいいのかって彼女の言葉を聞いて思ったんだ」
「……なにを?」
「このままお前が巣立ち、ひとり空っぽに生きていっても、亡くなった母さんは喜ばないって」
「それは、……うん。そう、だと思う」
そのひとも旦那さんを数年前に亡くしていて娘さんと二人で暮らし。再婚同士だと父さんは言う。
嫁入り云々は置いて、父さんのことを考える。
父さんは僕のために働いてくれていた。
疲れているだろうに、休みの日に家にいるときは「休日くらい父さんも家事をしないとね」と言って、洗濯をする僕に纏わりつき、掃除する僕に纏わりつく。
さらに食事の支度をする僕に纏わりつき、「味見は父さんに任せろ、あーんで食べさせてくれ」と口を開ける。
一緒にお風呂に入ると駄々をこね、たまには一緒の布団で寝ようと我儘を言う父さん。
うん、お風呂と布団は、当然どっちも却下してるけどさ。十五にもなって父親と裸の付き合いもないと思うし。
それとも、よその家庭ではそういうことをするのは普通なんだろううか。
父さんは子離れ出来なかったのかもしれない。
いや、母さんが亡くなって父さんも寂しかったのかな。
世間一般の父と息子の関係がよくわからないからなんとも言えないけど、そんな気がする。
「で、再婚する気になったの?まあ、反対はしないけどいつするの?」
僕がこっちの世界に来て何日だっけ。
うん、思うところはあるけど父さんが幸せになるならそれでいい。
でも、なんかモヤモヤするなー。スッキリしないっていうか。
「いや、さっきも言ったけどもう再婚した。籍も入れたよ」
「えー!早過ぎない?」
「彼女の言葉を受けて父さんも決心がついた。婚姻届けの証人は部長にお願いしたんだ。驚いてたけど、とても喜んでくれたよ」
「そ、そうなんだ」
「彼女と役所に行って婚姻届けを提出したのが三日前だ」
「えーっとさ、父さんは「妻として支えたい」って言われただけで、そのひとを好きになったの?昼休みの短時間にその一言だけで」
「うーん、そうだな、まあ父さんにも……色々あったんだ。それに光?」
「うん?」
「愛なんて長い言葉や長い時間をかければいいというものでもないんだよ。お前にもわかる時がくるんじゃかなー?アッハハハ、あー愉快愉快」
「アッハハハ、あー愉快愉快」じゃないよ!
なに笑ってんのさ?愉快な要素がどこにもないよ!
心に乾ききった風が吹くというのが、今の僕を表す言葉かもしれない。ピュー。
なんだろう?僕は父さんを物凄く心配していたし父さんも僕を心配していた。
話の中から話がわからなくなった。なんだこれ。
やっぱり僕が女性化したことがすべての原因なんだろうか。
うん、きっとそうに違いない。
父さんが残念キャラ枠ではないと信じたいです。
大丈夫だよと、誰か言って。




