その24
とりあえず、本題に戻ろう。
「じゃあ元の世界に戻るのは」
第二の選択肢には縋ってみる。
父さん。それにさっちゃんには会いたいもの。
「姫様、その事なのですが」
ナーガさんが遠慮がちに話しかけてきた。
「王国に派遣した調査団より先程連絡が入りました。王国が召喚魔法のすべてを破棄したことの確認がとれました」
「じゃあ、もう召喚がされることもないんでしょうか」
「はい。国中の街、村。人の住む場所や施設。森や山といった自然も捜索しましたので、これは確実です」
「僕たちの世界から被害者が、この先出ることもないんですね」
よかった。僕以降に被害者はもう出ない。
あの変態の性犯罪王の被害にあう人は、もういないんだ。
「ですが連中、送還の泉まで埋め立てておりました。泉に宿る魔力も撒布させて送還に関する記録の破棄も済ませていました。これも確実です」
「ええ!?じゃあ僕は帰れないじゃないですか」
「じつはこちらは早くに判明していたのです。申し訳ありません、姫様の心中をお察しするとお伝えできず、報告を保留しておりました」
「いえ、ありがとうございます。気をつかっていただいて……」
そっかぁ、送還の泉が使えなくなっていたのはわかってたんだ。
まぁ、あの泉が僕の世界に確実に繋がっているかはわかんないから、とてもガッカリってことはない。
ここは、神様の力で送り返して貰うことはできないだろうか。
神様なんだし超常の力で、こっちとあっちを行き来できるようなこともできるかも。
そしたら元の世界に帰ることになっても、みんなと。
魔王様にも、いつでも会える。
「そうですわね。その前にお伝えすることが、ひとつありますわ」
「その前振りがイヤな予感しかしないですけど、とりあえず言ってください」
「凄まじい美少女オーラを感知しましたので、王国のあなたに関する出来事を世界の記録で確認しましたの」と、前置きしてこんな話を語りだす。
「貴女を預かるこの世界の神として、あちらの世界の神に了承を得ようと思いましたの。そちらの世界の美少女をわたくしの元に永住させて構わないかと」
「どうして送り帰すことを話題にしてくれないんですか!」
誰か!僕以外の誰かがツッこんで!
僕の知らないところで、勝手に話が進んでるんですけど!
「あちらの神は世界管理を代理に任せて、二千年前より旅行に行ってしまったそうですの。代理はネトゲに夢中で、ここ何百年のあいだは世界を放置していたそうですわ。仕方ないですので代理に貴女の画像を見せましたの。あ、とてもとても可愛く撮れていますから、後で見せて差しあげますわね」
「聞きたいのはそこじゃないです。先に進んでください」
「代理は貴女の画像を見てこう言いましたわ。「こんな美少女がいるなんて聞いてないんだな。早く僕の所に送り返すんだな。未来永劫全身全霊で舐めまわすんだな」と」
この世界にきたときに、とある国で似たような気持ち悪い言葉を吐かれた記憶があります。語尾までそソックリでした。本気で寒気がします。
「代理は簀巻きにして放り出しておきましたわ。ちなみに代理の容姿は王国の王と瓜二つでしたのよ」
「……自分の世界に帰ったら、僕はどうなるんでしょうか」
あー聞きたくない。とっても聞きたくない。
「そうですわねぇ、代理の目は本気でしたわね。ちなみに、あちらの世界にわたくしが干渉することは出来ませんので、貴女になにが起ころうと助けてあげることは叶いませんわ」
神の代理を簀巻きにできても、世界には手出しができないのですか。
召喚魔法と送還魔法は、人体に作用するのではなく、空間魔法に分類されるそうだ。
だから異世界人の肉体には効果がなかった王国の魔法でも、僕たちの世界の人は術で出来た門を通じて呼ばれたり帰ることができていたという。
「送還魔法は奇跡の力には属さない単なる魔法なので、今すぐ帰すことも可能ですけれど」と言ってから、神様は問いかけてくる。
「で、光さん。どうなさいますの?」
「どうもこうもないですよね!」
八方塞がりってこういう場合に使って構わないんだっけ。
「フン!さっきから聞いていれば神よ、光を不安にさせ自分の言いなりにしたいだけではないか?転性の泉の件からこの世界への光の残留。ある意味貴様のマッチポンプと言っても差し支えないであろう」
魔王様が神様から引っ手繰るように僕を奪うと、そのまま抱きよせる。
はっ!言われてみたら神様が、わけのわからない泉を創らなければ、僕はこんなことにならなかったんじゃないの?
この神様危険?思わず魔王様にしがみつく。
不安になっての咄嗟の行動なので、そこに他意はない、です。
「それに貴様、先ほど向こうの神の代理に『光を自分の元に永住させて』良いかと尋ねたそうだな。光を神界に連れていく気か?」
「ならば神話の戦いを再び起こすまで」と魔王様が熱り立つ。
そんな彼を見て神様は、「やれやれ、これだからお子様は困りますわ」と嘆息した。
「どんな超美少女であろうと、わたくしの言いなりの、なにも考えないお人形さんには興味はありませんの」と、諭すように言う。
「これはこの国、といいますか、ほぼ貴方と光さんのためですのよ、魔王?」
「どういう意味であるか」
「わたくしはNTRというものが大嫌いですの。するのは勿論されるのもですわ」
「ほう、つまり?」
「光さんは貴方が先に見染め、そしてふたりは契られた。わたくし、人の伴侶を奪うことは禁忌中の禁忌だと思いますのよ」
「ふむ、ということは?」
「わたくしはお二人を祝福しますのよ。光さんのことはわたくしは見ているだけで幸せですし力の源にもなりますので」
ですから、お二人はずっと一緒にいられますわ。と慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「これでわたくしと光さんも永遠に一緒ですわ」とも悪い笑顔で小声で言っていたのは聞き逃さない。永遠て。
神様の話は僕への慈愛が一切ないように思うんですが。
「神よ」
魔王様は俯きながらプルプルしている。
ヤバイ、なんかプライドみたいなものを傷つけられたのかな。
彼の腰にしがみついて押さえつける。
押さえて押さえて!神話大戦とか、とりあえず回避。回避です!
「竜族は神を誤解していた!こんなにも慈愛に満ち溢れた存在を忌避していたとは!ナーガよ、神を崇める国教の樹立と神殿の建設が可能か、直ちに関係部門に問い合わせてくれ」
「は、すでに手配しました。細かい打ち合わせは、この後詰めていきましょう」
またこの流れですか。
それと神様、あらゆる意味において僕たちは、まだ契っていませんので!
「光よ」
「なんですか、魔王様」
浮かれて「ヌハハハハ!」と高笑いをするはずの魔王様が、神妙な顔で僕の前に立つ。
「さっそく祝言の手配をするのだ!!」とか言い出しかねないと思っていたけど……。
彼が、ちょっと寂しそうなのは僕の気のせいじゃない。
「元の世界に帰りたいか?」
「……帰るとヤバそうな人に舐めまわされそうな危機があるっぽいですからね」
付き合った経験もないのに、変質者に貞操を奪われるのは絶対ヤだ。
誰かと付き合ったあとなら、変質者に召し上がられてもいいのか。ということでも勿論ない。
「吾輩は戦ってもよい」
「なにとですか?」
「光の幸せを阻むものすべてとだ。たとえそれが神の代理だろうと、な。光の不幸は吾輩の不幸なのだからな」
どう答えたらいいんだろ。
凄く、いつかの時みたいに物凄く真剣だ。
相手は神の代理。邪神なんかよりも、さらに驚異の存在のはず。
もう日常が壊される怖さを感じたくない。
邪神の時みたく、傷ついたり痛いことを彼にさせたくない。
「いえ、今は帰りません。そのうち、きっとうまい解決方法が見つかると思いますし」
「吾輩をもっと頼れ!夫婦間で遠慮など不要なのだぞ」
「……そうですか。ありがとうございます」
誰にも聞こえないくらい小さく言う。なんとなく聞かれたくなかったから。
「なんで竜族と神様はいがみ合っていたんですか?」
「むかーし昔のことになりますわ。竜族のすべての女性たちが、わたくしの所に嘆願にきたのです。「私たちを神様のような姿に変えてほしい。ずっと焦がれていたのです」と」
「ヒトのような姿に?」
「ええ。わたくしは美少女が増えることに大賛成ですので変化させてあげましたわ。すべての竜族の女性をね。ものの見事に皆、美女美少女でした。テンション爆上げですわ!」
「女性を全員。それはまた思い切ったことですね」
「すると竜族の雄たちが文句を言いにきましたの」
竜の女性すべてがヒトのカタチになった。
それはつまり竜族が種の保存をできなくなる?
「彼らは言いました「ならば俺たちも超イケてるヒト型にしてもらおうではないか」と」
「へー」
「面倒でしたけど、わたくしは世界のすべての生命に慈愛が一応はあるのです。わたくしの知らないうちに勝手に世界にいた竜族、その男といえども。ですからチャッチャと彼らも変化させましたわ」
「問題解決ですね」
「いえ、困ったことになりましたわ。竜の雄が不満を言い出しましたの。私の素晴らしき美少女の花園にまで文句を言いにくる始末でした」
人の姿になりたくなかった竜もいたのかな。
いくらなんでも全員て、やっぱ無理があったのかも。
「彼らは好き勝手に言い出しましたわ。「俺はガチムチが良かった」とか「もっとアイドルっぽくしてくれ」或いは「身長が二メートル以上は常識でしょ」だのと」
「へぇ」
「わたくしはウンザリしましたわ。男の我儘に付き合う気はありませんので、美少女に関すること以外は世界に関わるのを止めにして、下界へも降りることはなくなりましたの。無視ですわ、無視」
それ以来、竜族の雄は神様に対して恨み節になったとのこと。
竜族と神様の間に、激しい戦いがあった事実は一切ないそうだ。
「それが神話の戦いですか」
「竜族は無限の寿命で、眩暈がするほど執念深いんですもの。いちいち相手をしていたら、わたくしが過ごす美少女たちとの素敵な永劫回帰が失われてしまいますわ」
「どうしてまた下界にわざわざ来たんですか?」
「ビックバンともいえる美少女オーラを感知したからですわ!そうしたら、あなたが異世界より召喚されて転性してましたの。ちょうどお昼寝をしていて、魔王より先に貴女を察知できなかったのが悔やまれますが創世以来ですわ!こんなにテンションが上がったのは」
「そうですかー」
対立の真実はとてもショボかった。神様もアレなひとだった。
転性の泉も神の祝福も神話の戦いも、神様本人から聞くと理由や結果はショボかった。もう、なんだこれ。




