その23
金髪縦ロールの髪。長い長いまつ毛のつり上がったキツい目。
白く透き通る肌の、とても綺麗な顔。
「オホホホ」という笑いが似合いそうなお嬢様ルックの美少女。
そんな人が、この世界の神だという。
「そんなに身を固くしてどうしたのかしら?やはり竜の雄の傍に美少女を置くなど、世の理に反するのでしょうか」
自称神様が僕の頬をそっと撫でる。
「貴様、光に触れるな。今すぐ帰れ」
「あらあら、近づかないでいただけるかしら?わたくし、鱗臭いのは好きではありませんの」
イケない空気が充満している。
竜族とはいえ、完全にヒトの形の魔王様を鱗臭いあつかい。
これはかなり危険すぎる。
「ふたりとも落ち着いて!まずは会話を!えーっと相互理解ですよ?最初は話し合いです!」
竜バーサス神。
神話大戦が勃発しそうなふたりの間に割って入る。
僕、死なないといいなー。
「忌々しい力を感じて来てみれば。やはり神、なのですか」
ナーガさんと親衛隊の面々が雪崩れ込んできた。
いつもの彼らと雰囲気が全然違う。険しい顔をした戦闘モードマックスでかなり怖い。
「まったく。竜族のお馬鹿さんと、そのズッコケ眷属は短絡的で困りますわ。ですが、ここは美少女の彼女に免じてボンクラ達に慈愛を与えましょう」
「この人たちをいちいち煽らないでください!でも、ありがとうございます」
一触即発は回避できそうだ。だけど魔王様たちが殺気を押さえないのが気になって仕方ない。
ダメですよー?怒っちゃだめですよー?冷静に冷静にね?
「あなた方はわたくしに色々と聞きたいのではなくて?この娘を困らせるのが竜族の流儀なのかしら」
魔王様とナーガさんが言葉に詰まる。
そんな二人を見て神様は「オーホホホ!」と手を口にあて高笑いした。
やっぱり、そういう笑い方なんですか。
僕たちは応接間にやってきた。
神様は魔王様たちの殺気に満ちた視線を浴びても、平然と紅茶を飲んでいる。
「まぁまぁの茶葉ですわね。ですが、美少女エルフちゃんを飲んでいると妄想すれば不思議と蜜の味ですわ」というお言葉にテミスさんがピクリとする。
落ち着いて!テミスさんのいれてくれるお茶は本当に美味しいから!
てか、美少女エルフを飲むってなんですか?
殺伐とした空気に耐え切れないので、僕は質問することにした。
神様に会ったら、一応お願いしようって思ってたし。
「神様、いくつか聞きたいことがあるんですけど」
「神様なんて他人行儀な。私の事はお姉さまと呼んでくださいまし」
このひとも話がスムーズに進まない枠にカテゴライズされてるっぽい。
それと発言がもう既にアレ方向でヤバイ。
「ふむ、ではお姉さまよ!貴様に聞きたいコトがあるのだ!」
「貴方には許可してなくてよ」
魔王様と神様がギャアギャアやり始めた。
とりあえず話を進めたいんですけどー?
「僕は転性の泉に入れば男に戻れますか?泉で無理なら神様が元に戻せますか?」
「元に戻すなんてとんでもない!オホホ、それはどちらも絶対に無理ですわね」
僕の質問を、ニッコリと極上の慈愛に満ちた笑顔でバッサリ切り捨てる神様。
ここでそんな微笑みをするんだ?
普通なら僕は崩れ落ちていい場面だ、ここ。
「まずはあの泉の成り立ちからお話しいたしましょうか」
神様は僕たちに昔話を語りだした。
かつて王国に世継ぎが生まれない時代があった。
困った王家は神殿で祈りを捧げる。「どうか世継ぎを授けてください」と。
「信心はわたくしの力の源の一部にもなりますの」
神様は永らく下界に関わっていなかったけれど、王族の願いは聞き入れることにした。末永く自分を崇めてもらうために。
「オホホホ。チヤホヤされるってイイ気分ですもの。さあ、みなさん!もっと!もっとわたくしを褒め称えてもよろしくてよ!」
「あー、そうですか。でもまだ誰も一回も褒めてませんからね」
神様っていうより、やっぱりアレなお嬢様としか思えない。
「わたくしは彼らに奇跡を与えましたの」
「神の奇跡……どんな奇跡なんですか?」
「お妃が身籠らないなら、王とお妃の性別を入れ替えて、王が身籠ればいいじゃない!ですわ」
「なに言ってんのかわかんないです」
かなりワケがわかりません。
そこは普通に受胎させてあげるだけでいいんじゃないですか?
「なにを仰いますの?普通にお妃が身籠っただけですと、わたくしの関与が曖昧になりますもの。それには目に見える神の奇跡がなければなりませんわ」
「それが転性の泉?」
「ええ。性が逆転する泉なんて、神様パワー満載感があって素敵でしょう?」
オホホと笑う神様。奇跡ってそういうもんなんだろうか。
「ですがわたくし、すぐに自分の過ちに気づきましたの」
「いろいろと過ってそうですけど、どのあたりの過ちですか」
性を逆転させるという禁忌は神様でもするものじゃないという、スタートの部分かな。
「お妃はなかなかの美人さんでしたわ。それが男性になり、かなりのイケメンになってしまいましたの。性が逆になるだけで、容姿に作用する効能は泉に与えなかったので当然なのですけれど」
「あれ?僕は泉に落ちたら髪が伸びましたよ。あと、背も縮みましたし」
「髪の毛は女性に対する追加サービスですわ。わたくし、可憐な娘にはあらゆる慈愛をあたえますの。男は正直どうでもいいですわね」
慈愛。慈愛ってなに?
「髪以外は反対の性になったそのもの。お顔もお体もその身のすべてが、泉に入った者が逆の性に生まれた場合のもの。ですので、そこには加工や細工は含まれておりません。あくまでも性が逆転するだけですわ」
「つまり、なにが過ちなんですか?」
「それはですね。王は普通にブサメンでしたので、女性化した彼はかなりアレな感じになりましたの。わたくしの悲しみは雨期がふた月伸びるくらいに深かったのですわ」
この世界が色々おかしいのは、神様がこんなんだからなのだろうか。
「妃が男性になり貴重な美女枠が減りましたわ。ですからわたくしの中では、あの泉は無かったことになりましたの。俗にいう黒歴史というものですわね」
「無かったことの泉に落ちて、僕は女になったわけなんですけど!」
「遠い日の過ちですけれど世継ぎは生まれたので、まぁいいでしょう。いいのですわ」
憤慨する僕をスルーして神様は締めくくった。なに綺麗に纏めきった感を出しちゃってるんですか。
「いまのお話と僕が男に戻れないことに関連性が見出せません」
「そうでしょうね。今のはわたくしの自分語りのようなものですわ」
「早く元に戻れない理由を言ってください!」
「もう、せっかちですわね」と言いながら僕の頬を撫でてくる。
魔王様は魔王様でギャアギャア言いながら僕を抱きしめようとする。
ちなみに神様は僕の左隣に座っている。魔王様は僕の右に座りつつ神様を威嚇している。そこそこ広い部屋なのに僕の所だけ密集度が尋常じゃない。
気分は竜と虎に挟まれたネズミさんだ。
「貴女、先ほど肉じゃがを作られてましたわね」
「はい。お腹が減ってますから、いますぐ食べたいです」
「美味しく出来上がった肉じゃがを、調理前の状態に戻してくれと言われたらいかがします?」
「せっかく美味しくできたのにと思いますし、そもそも材料に戻すのは不可能ですね……ってまさか!?」
「ええ、そうですわ。貴女は察しがいい娘ですわね」
「賢いですわねえ」と言って僕に頬ずりしてきた。
とても答え合わせをしたくない。
「わたくしは美味しく出来上がった女の子は、美味しく召し上がるべきだと思いますの。それに出来上がった料理を材料に戻すなど、一流のシェフをもってしても不可能ですわ」
「この世界に来てからツッコむ事が多すぎて疲れるんですけど、僕は食材でも料理でもありません!」
僕の場合、誰にどの様に召し上がられるのかは言うまでもない。
いや、今はテミスさんも十分怪しい。
なんか戻っても戻らなくても頂かれる運命の気がしまくる。
神様は右顎に人差し指をあてながら「うーん」と唸った。
「同じ対象に再び奇跡……祝福を与えますと肉体から魂まで、その存在すべてが失われてしまう副作用が百パーセントありますけれど、それでも元に戻る道を選びますの?」
この世に、この人以外の神様はいないのでしょうか?
てか、それが神の祝福。つまり転性の泉の『重篤な事態』の正体なんだ。
重篤どころか死ぬよりタチが悪すぎる。存在消滅て。
でも、そっか。元に戻れないことは神様のお墨付きなんだ。
ふーん、そうなんだ。よくわかった。
薄々とはわかってたんだ。神様でも僕を元には戻せないんだろうなって。
なら、やっぱり諦めるしかないよね……。うん、神様が無理だって言うんだから納得するしかないよ。
「どうして姫様は、ニヤニヤしたいのを堪えている顔になっているのですか?」
「そんな顔してないよ!?」
テミスさんが心外なことを言ってきた。そんな顔は絶対にしてないから。
僕に起きたのは二度とない奇跡。奇跡は再び訪れない。
だからそれは仕方ないことだって諦めて、ため息をついていた。
迷惑すぎる奇跡に、僕は本当に困ってる。
あ、そうだ。神様が下界に関わってないせいで、魔王様が死にかけた。
これは文句を言わなきゃ絶対に気が済まない。
僕が勢い文句を言おうとしたら、ナーガさんが先に口を開いた。
「神よ、さきほどの話ですが」
「なんでしょう?眼鏡さん」
眼鏡さんで済まされたナーガさんは、気にした風でもなく神様に質問する。
「女性に変化した時のサービスというのは、精神面や所作にも表れるのですか?泉で転性したものは、すぐに逆の性での考えや好みや感覚、価値観になると?」
「まさか。いくらなんでも、肉体が変わって急に心が変わるなどないでしょう。普通ではあり得ませんわね」
「神の祝福に心に作用する効果はない?」
「もちろんですわ。ひとの心は、その本人のもの。そこは神であろうと改編するなど許されませんわ」
「ふむ、なるほど。よくわかりました」
「意識や精神まで弄ってしまったら、それはもう洗脳ですわ」
「おお、こわいこわい」と、お芝居のようなリアクションで椅子によろめく神様。
ナーガさんは、僕たちに目を向け「なるほど」と呟いている。
聞きたいことは終わったのかな。
魔王様が死にそうになったことに比べたら特に重要な話題でもなさそうだけど。
結局、なにが聞きたかったんだろ?
ていうか、ナーガさんは邪神の件について、なにも思うところはないのだろうか。
うーん、魔王様本人とナーガさんが特に怒っていないのに、僕がギャアギャアと文句をいうのも場を乱すかもだし、やんわり聞いてみよう。
「こないだの邪神みたいに、宇宙の危機になっても下界に関わらないんですか?」
自分の世界が滅んでも気にしないのかな?ちょっと無責任っていうか薄情っていうか。
「なにを仰いますの?わたくしはこの世界を愛しております。リアルタイム監視システムで異常察知も完璧ですわ。あのタコさんの力ですと、宇宙の七分の一がピンチといったところですわね」
「はあ、そうですか。じゃあ、なんであの時は」
「わたくし、タコの刺身はあんまり好きじゃありませんの。ですからタコ釣りに行くのも気が進みませんでしたわ」
「あれはそんな呑気なもんじゃなかったです!魔王様だって、怪我して死にそうになったんですからね!」
「わたくしが出張ってしまえばあんな異界のタコなど、コンマ一秒も掛けずに刺身に出来たのは言うまでもないのですけれど」
「ですけれど?」
「オホホホ。貴女が魔王に「僕を救ってください」と愛らしく哀願してる様に、興奮が最高潮に達して腰砕けになって身動き取れませんでしたわ!」
「愛らしく、て。あの時は必死だっただけです。僕たちホントに困ってたのに!」
「あの時のあなたのお姿だけを8K画質で別枠保存してますから、後で仲良く一緒に見ましょうね」
「それって、ただの盗撮じゃないですか!まさか僕の日常とか撮影してませんよね!?」
「あらやだ。わたくし、急に眩暈が……」




