その22
「では姫様。ここまでにして少し早いですが、お昼にしましょう」
「昼飯か。最近は素晴らしいな。これほどメシの時間が楽しみなのは幼少のころ以来なのだ」
話を聞いてただけなのに疲れちゃった。
真剣に聞いてたからあっという間だったけど、色々と考えていればその分お腹も減る。
「ご飯の時間って大人になっても楽しみじゃないですか?僕的には生きるってことは食べることです」
僕は食べるのも作るのも好きだ。
母さんが亡くなって必要に駆られて覚え始めた料理だけど、やってる間に好きになっていた。
「ふむ、「ヤってる間に好きなっていた」か。光よ、そのフレーズをあと百回ほど言ってくれぬか?ナーガ!録音の準備をしろ。ヤってるか、じつによい」
「は、もう整えております」
「僕は疎くないんで言っときますけど、いかがわしい意味じゃないですからね」
そろそろ下ネタは勘弁してください。まわりに人がいるのに堂々と。
テミスさんも微妙に反応しないようにね?
「そんなことより、お昼ご飯ですよ、やっぱり食事は楽しみですねー」
「ふうむ、ちょっとした栄養補給でいいではないか。吾輩、普段は菓子パン一個。おにぎり一個で十分だぞ!空いた時間を仕事にまわせるしな」
食事時間を惜しむワーカーホリックの発想だ。
「でも僕たち一緒に食事してますよね?いつも結構、時間かけてませんか」
「なにを当たり前のことを。吾輩たちは夫婦ではないか。夫婦は寝食を共にするものだぞ!『寝』は、できてないので遺憾であるがな」
「それは置いといて、食事はキチンと摂りましょう?体に良くないですよ」
強靭っぽい竜族だって栄養足りてないとヤバイと思うけど。
「我々がいくら言っても魔王様は万事この調子で。姫様がご一緒にお食事されるというのが大層嬉しいのでしょう」
ナーガさんがコソっと言う。
いつも肉料理をモリモリ食べてたから、てっきり健啖家なのかと思ってた。
衣食住のなにもかもをお世話してもらってるけど、この国にとって本来勇者は敵で、決してお客さんってわけでもないはず。
結局、勇者の存在意義ってなんだったんだろ?とは思うけど。ただの遭難者?
こんなにお世話になってるけど、僕から魔王様やみんなに何かをしたことはない。テミスさんにパンツは渡したけどさ。未使用品のを。
「ホントだったらお世話になったお礼に、僕がお食事でも作らないといけないんでしょうけどね」
ははは、と頬をかく。
竜族の、しかも王になにを作るんだって話だ。
「なん……だと」
「魔王様?」
魔王様が仁王立ちとなって呆然と固まる。
僕はお腹すいたから立ち止まらずに、早くご飯食べにいきたいです。
「光の手料理とな!」
「あ、いえ。王族に食べてもらうような物は作れないですし、レパートリーもそんなに多くないんですよ、実は」
料理上手なひとみたいに多彩には作れません。
何種類かをたらい回しで作って、時間に余裕がある時はネットでレシピを漁ったりね。毎日の事だと大変。
「なにを!なにを作ってくれるというのだ!!」
「う、うーん?魔王様に出すとか一切考えないんなら、えーと、ベタですけど肉じゃがとかハンバーグ?」
家庭料理の定番。材料も凝った物は使わないし、それなりにお手軽でいいよね。
「肉じゃがは男性が意中の女性に作って貰いたい手料理ナンバーワンという都市伝説があります。検索エンジンで肉と入力すると検索予測のトップに出るとか出ないとか」
「つまり、手料理を作り作られの男女は相思相愛の間柄ということでいいのだな!?」
無表情に言うテミスさんと話が飛躍する魔王様。「いいのだな!?」って言われても。
手料理はお礼という意味で言っただけで、そこに他意はないのですが。
「ナーガ!至急、肉じゃがの最高の材料をトン単位で用意しろ。勅命だ!!」
「は、トン単位ではありませんが、すでに手配致しました」
「どうして僕は炊き出しをするみたいになってるんですか」
トンて。魔王様に言われる前に手配したナーガさんが怖い。
というわけで厨房に連れられてきてしまった。
用意してあった料理が勿体ないと断ろうとしたら「このあとスタッフがおいしく頂きました」とナーガさんとテミスさんに胡散臭いことを言われた。
テミスさんがメイド服を持ってきて、僕を近くの更衣室に引きずり込んで着替えさせられる。
ええ、例によって脱がされて着させられましたよ。
着替えのときの彼女の目つきが最近ちょっと怪しい気がするけど、気のせいでいいんだよね?
うーん、魔王様に手料理か。うっかり余計な事を言っちゃった。
「光よ!割烹着とエプロンと裸エプロンとどれが良い?人払いはしたので吾輩と御許の二人きり!ここは裸エプロン一択しかありえないと思うのだが!」
「エプロンでお願いします。あとそんなに密着されると、やり辛いんですけど」
「妻の口から「ヤリ辛い」などと言われると、とてつもなく扇情的な意味に聞こえるな?」
「聞こえません。もういいですから、その辺に座ってお茶でも飲んでてくださいな」
料理を始めた僕をニコニコ見つめる魔王様。
そんなに見られてるとやり辛い。もちろん普通に料理をする意味で。
気を紛らわせるために、これまで彼に話したことがない事を話そうか。
小学校や中学校であった他愛もない事。母が亡くなって四苦八苦しながら家事を始めた事。優しい父や仲の良い幼馴染の話。
そんな他愛もない話を彼は相槌を打ち、時に質問をして機嫌よく聞いてくれる。
普通に話してる分には凄く感じ良いんだよね。爽やかで優しい好青年。ときに変態になるけど。
そんな好青年の彼が僕を好ましく思っている。
理由は僕の見た目。それがすべて。
理由の十割をそれだけが占める。……なんだかな。
「その幼馴染のさっちゃんとやらは、どんな人物なのだ」
「やさしい子ですよ、同い年で僕にとって家族のような人でしょうか」
「ほう、家族も同然か」
「見た目はクール系、なのかな。切れ長の涼しげな目で艶やかな黒髪の、信じられないくらい綺麗なひとです。」
親同士が仲良くなかったら、僕なんか友達にもなれないと思う。
「吾輩の美男っぷりが五兆点満点だとすると、さっちゃんとやらは何点なのだ」
「なんで対抗心を燃やすんですか」
「このままでは光が吾輩以外に惚れてしまうではないか!」
「ただの幼馴染で、お互い恋愛感情なんてないですよ」
さっちゃんが僕に恋愛感情?いやいや、それは絶対にありえない。
「どうした光?宇宙に名だたる超絶イケメンの吾輩を目の前にしてボーっとしてるぞ」
「いえ、なんでもないです。そうそう、さっちゃんは勉強も得意なんですよ。テストも九十点以下を取ったのを見たことがないですね。運動神経も良くてキックボクシングを習ってました。凄く強いみたいです」
「文武両道か」
「ええ。おまけに友達も男女ともに物凄くたくさんいて。学校の先生からもかなり信頼されてるみたいです」
「吾輩も信頼度なら誰にも負けんぞ!」
「ええ、それは知ってます。まあ、さっちゃんはやさしい子なのがすべてです。一緒にいると穏やかな気持ちになるっていうか」
幼馴染とはいえ、完璧超人のさっちゃんは、なんで僕とずっと仲良くしてくれてるんだろ。
あと、なぜかさっちゃんと魔王様はどことなく似ている気がする。
二人とも切れ長の涼しい目をした絶世の美形。
でも、見た目のことじゃなくて、もっと内面的なところに共通点があるように思う。
けれど、それがなにかはわからない。
もしかしたら、僕が魔王様を好意的に見てるのは、ふたりの内面に共通するなにかがあるからなのかな。
好意的……僕はなにを考えてるの?
いや、好意というのはいろんな意味があるんだからさ。
うん、ヘンな意味で考えたらダメ。
僕にとって魔王様は同性なのか異性なのか。
テミスさんは僕を恋愛の対象として見てるそうだけど、僕からみた彼女は異性か同性か。
性別が逆になるって、中も逆になるんだろうか?
そもそも僕の中ってなんだろう。
僕の中。中を指す意味が心だとしたら。
月守光という僕の中は――どこの、なにが、以前と違うのか。
もしも男に戻ったら、魔王様のことをどう見るのかな。
テミスさんが僕を見るみたいに?それは、かなり背徳的すぎる。
いまの僕は魔王様をどう見ているんだろ。このひとは僕にとって――
「どうした光?超絶イケメンの吾輩を目の「なんでもないです」」
「あんな凄い子が僕みたいな平凡なやつと、なんでずっと仲良くしてくれてるのかなぁって」
「ふむ、その幼馴染の心はわからんがな。吾輩は光さえいればそれでよい」
見上げたさきには魔王様。彼が僕を見つめている。
「世界、いや、神を敵にまわしてもよい。御許が吾輩のすべてだ」
そこまで言われるほどの価値が僕にあるのかなぁ。
あー、そうだ。このひとは僕の外見に価値を見出しているんだった。
でも、僕が彼のすべて。そんな言葉を言われて、ちょっとドキっとする僕は、かなりヤバいのかも。
あなたはこの国の最高権力者みたいだし女性なんか選び放題じゃないんですか。
お城の中で見かける女性も、二次元にしかいないんじゃない?ってかんじの美人さんもいるし。
あれこれとモヤモヤしているこの気持ちは、なんなのさ。
「そういえば、どうして『魔王』って呼ばれるようになったんですか」
「ヌハハハ!よくぞ聞いた!『魔神を倒すカッコいい王様』の略だ!!」
「そうなんですね」
理由が「なんだそれ」の事実も初めて知った。
場所は厨房の隣室の簡易な食堂。
お昼時からは、ほんの少し外れた時間に出来上がった料理を前にする。
普段は厨房で働くひとが使用してるのだろうか。いまは彼と僕しかいない。
「いま食べます?」
自分が作った料理を食べているのは、父さんと幼馴染のさっちゃんとそのご両親。それ以外の人に食べてもらったことはない。
いつもと同じに作ったけど、王と呼ばれる人物に口にしてもらえる味なのか。
椅子に座る彼の左横に立ち、肉じゃがのお皿を置く。
彼が口にする様に緊張する。お味はどう、なの……かな。
「光」
「はい」
魔王様は僕に笑ってこう言った。
「吾輩こんなにも美味い物は初めて食ったぞ」
「……喜んでもらえて良かったです」
なんて優しく笑うのだろう。
自分に対して、こんなにも素直な好意を向けられたら。
女の子だったら絶対に嬉しいと思う。
僕は一応は、男だった。けど、嬉しいことは嬉しい。
だって、嫌われるよりは絶対嬉しいもの。
「そう言っていただけるなら作った甲斐もありました」
「吾輩の言葉を信じているのだな」
「あなたは嘘は絶対につかないんですもんね。あなたが僕に嘘を言う理由も思いつかないですから」
隠された秘密の設定でもあれば、利用するために色々と嘘をつくかもだけど。
普通人の僕に利用価値はないだろう。やっぱり聖剣も出ないみたいだしね。
魔王様は僕といると嬉しそうだ。毎日、彼と過ごしていればそれはわかる。
彼が不機嫌になったところを見たことがない。
邪神と戦っている時の苦痛に歪んだ顔は見たけれど、あんな顔は二度とさせたくない。
魔王様には、ただ穏やかな、ゆったりとした楽しい時間を過ごしてもらいたいな。その時間に僕が役立っているのなら少し嬉しい。
まぁ、全裸とか過度な下ネタは、正直歓迎したくないけどさ。
でも、このひとが楽しいのなら僕も楽しくなってくる。
ボーっとそんなことを考えていたら、魔王様が椅子から立ち上がり「ご馳走様だ、光。料理も素晴らしく美味だが、御許の愛が堪らなく美味かったぞ」と言って、僕を抱きしめてきた。
肉じゃがのお礼がハグなの?僕にとって彼からのハグがお礼になるのかな。
そういえば、邪神を倒してくれたときに「抱きついて、労をねぎらってくれ」とか言ってたっけ。
――じゃあ、しょうがないよね。あの時、なんのお礼もしていなかったんだから。
国や星に宇宙。なにより僕を救ってくれた英雄だもの。
だから、これはお礼。
あの時といままでのお礼。ただそれだけだから。
大きく固い体。僕とは違う逞しい身体。
魔王様の体に手をまわす。……温かいな。そのまま顔をくっつける。
うわぁ……死ぬほど恥ずかしい。なにしてんだ僕。ホントにありえない。
顔を見られないように、もっと彼の体に顔を埋める。
埋めた顔の熱さがバレそうで、それも恥ずかしい。
なにやってんだろ。僕は男なのに。男だったくせに。彼は男なのに。
本当は逃げ出したい。けれど離れたくない。
わけがわからない。なにこの気持ち。
こんなコトをして、こんな気持ちになるなんて。イタすぎるにも程がある。
「光?」
「…………なんですか」
なにも言わないでほしい。
彼の体は手の冷たさよりも温かい。心地よい温度。この体温が心地いい。
なんだろう。理由もないのに安心する。
体温を感じただけで、安心する僕は一体なんなのか。
――ああ、そっか。やっとわかった。
うん。これは神の祝福のせいだよ。
女の子になっちゃったのも祝福のせいなら、この気持ちも祝福のせいに決まってる。そうじゃなきゃ説明がつかない。
男だった僕が、男の魔王様に抱きついて安心してるんだから。
彼に触れられて和んだり鼓動に安心した理由が、これでわかった。
なんて迷惑なお祝いなんだろう。
困った神様だ。本当に僕は困ってるんだから。
魔王様も黙って僕を抱いていた。
食事のあとの静かな午後。ふたりだけの時間。
そういえば、僕はまだなにも食べていなかった。さっき料理の最中に味見はしたけど食事はまだだ。
おなか減った……。正直、なにか食べたいな。
でも、いまのこの雰囲気を壊したくない気持ちもあったりする。
魔王様が、気を利かせて「一緒に食べるか?」って聞いてくれても良かったのに。
この世界に来て何日目だっけ。
やっぱり、僕は詐欺に騙されやすいのかもしれない。
「あらあら。かつて感じたことのない美少女オーラでしたけれど、実際に目にすると恐ろしいほどの可愛さですわね、貴女」
え、誰?
僕と魔王様の二人きりのはずの食堂に、唐突に聞いたことがない声がした。
やば!抱き合ってるのを見られた?ササっと魔王様から離れる。
絶対見られた。やばい、顔が熱い。恥ずかしい。忘れてください。っていうか、あなた誰ですか。
「うふふ。眼福、という言葉がありますけれど、今日という日のためにあると言えますわね。素晴らしいですわ」
純白のエンパイアドレスを着た、金髪縦ロールのキツい目をした美少女が僕らの目の前にいる。
背丈はテミスさんと同じくらい?初めて見る顔だ。
……この子、頭上が輝いてるんだけど、なにこれ。
「魔王様、この方は?」
お城にいるから要人なんだろうか。
見上げた魔王様を見て驚いた。
彼は、とても冷えた目を縦ロール少女に向けていた。
魔王様は、あの王国の人たちや魔神さえも、どこか茶化すような目で見ていた。
ナーガさんやテミスさんには、気の置けない友人や家族に対するような目。
そして僕には――好意百パーセントの目を。
なのに、いまは内にある敵意を殺したような目で少女を見ている。
彼女は何者?
「溢れ出るその忌々しい力。貴様、神だな」
「そうなんですか、初めまして……って、うえぇ!!」
聞き捨てならない単語が聞こえたんだけど!?
「あら、いやだ。悠久の時が過ぎても相変わらず竜族は礼節がなっていないのですわね」
縦ロールさんは芝居がかった溜息をつくと僕に向かって微笑んだ。
「初めまして、異世界からの来訪者さん。ついでに竜族のお子。わたくし、この世界の神ですわ」




