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その19

 目が覚めるとテミスさんは、いつも通りに「おはようございます、姫様」と挨拶をしてくれた。

 昨夜の告白なんかなかったような、普段通りの彼女。


 顔を合わせづらい。っていうか目を見て話せない。

 下を向いたまま「おはよ」と挨拶をする。

 ちょっと、素っ気なかったかな。ごめんね。


 テミスさんは、あの日からいつも一緒に寝ていたのかな。

 あえて穿るのは危険すぎる。そういう話題を振るのはやめとこう。


 だけど、僕はどうしたいんだろう?

 魔王様に『嫁』と言われて戸惑った。

 男だった僕が彼の本気の気持ちに、どう答えていいのかわからないし、なにより女の子になった事実を、僕自身が百パーセント受け入れているのかもわからない。

 この世界で、自分からなにかをどうこうしたい、僕はこう生きていくと決めることになるなんて思ってもみなかった。


 恋愛がしたい?

 僕は、いつまでこの世界にいられるのか。

 この体は、いつまで女の子のままなのか。


 女の子のままの僕が、もし誰かを好きになってふたりが恋人になったして。

 なにかのはずみで僕が男に戻ったら付き合った相手とはどうなるの?


 テミスさんが女の子の僕が好きだとしたら。

 もしも男に戻ったら、彼女は僕をどう見るんだろう。


 ――男に戻った僕を見たら、魔王様はなにを思うんだろう。


 神の祝福という言葉が思い出される。

 竜族がヒトの姿になった呪い。未だに体が変化したままの竜族。

 魔王様と僕。おわることのない神の祝福。


 彼は変わらない。

 僕も変わらずに、いつまでもこのまま、なのかな。生きている限り。


 ……まぁ、おなかも減ってるから、まずはご飯ということで。


 朝食の席につくと、美味しそうな献立が並んでいる。

 今日はご飯とみそ汁。焼いた鮭の切り身に目玉焼き。それにキュウリの浅漬けが付いたシンプルな日本の家庭の朝食。

 うん、もうなにもツッコまない。


 言うまでもなく、相変わらず魔王様は僕の右隣に座している。

 彼は朝から晩まで態度の変化がない。常に一定のテンションだ。

 たまに、いや、結構な頻度でオカシクなるけど。


 ふと、魔王様と目が合う。

 いつもと変わらない柔らかい眼差し。涼しげな切れ長の優しい目。


 あれ?なんだろう。

 いつもとなにも変わらない魔王様。

 なのに彼の目をみることが、なぜか急に恥ずかしくなった。


 なにこれ。

 いままで、こんな気持ちになったことなんてない。

 いや、恥ずかしい思いをさせられたことなんかキリがないくらいにある。


 でも、彼を見てるだけで、目が合うだけで恥ずかしくなったことなんかなかった。

 なにを言われたわけでも、なにかされたわけでもないのに。

 顔が赤くなるのをとめられない。

 彼と視線を合わせられなくて、僕は慌てて俯いた。


 なにこれ。なんだこれ。


 ………………ま、いっか。

 さぁさぁ、難しいことは後回しにして頭と体に栄養補給をしないとね。

 はあー、朝のお味噌汁は格別だねー。癒されるぅー。

 うーん、自分で作らなくても、ご飯が出てくる生活に慣れちゃいそうで怖いなー。


 と、ダラっとした僕のうしろにいるテミスさんが魔王様に唐突にこう言った。


「パパ、私、姫様に告白したから」


 ブフーッ!テミスさんが夕べのことをあっさりバラしちゃったよ!お味噌汁を噴射しそうになった。

 それにパ、パパ!?


「ヌハハ!ようやくか!遅い、遅すぎるぞ!我が娘テミスよ!」

「まさかパパ。見たの?」

「そんなわけがあるはずがなかろう。テミスは表情と視線がわかりやす過ぎるぞ。気づかぬはずなどないのだ!」


 テミスさんて魔王様のこと『パパ』って呼んでるんだ?で、魔王様は『娘』扱い。

 あ、義理の親子、みたいなもんかな?親代わりに育ててたって言ってたし。


 今までは公私を分けてただけで、プライベートだとこんな感じの親子。

 そっか。 テミスさんて盲目的に魔王様のことを信奉してる配下なのかと思ってたけど、父親に対する娘、だったんだ。


 でも、魔王様が「遅すぎる」って言ってたのは、どういうこと?

 あと「見た」ってなんだろ。テミスさんの日記とかを、魔王様に読まれたとかそういうのかな。魔王様は否定してるけど。


「えーと魔王様。遅すぎるってどういうことですか?」

「それは、こういうことだ。テミスの吾輩に向ける視線は恋敵へのもの。そして御許に向ける視線は恋愛のそれだ。わからない者はどうかしているのだ!」


 ナーガさんがウンウンと頷いている。あなたも気づいてたんですか。


 えー!?どこが?なんで?

 なにをどう見ても、テミスさんていつも同じだよ。今もだけどさ。


 あらためてテミスさんを見てみる。うん、相変わらずの彼女。

 表情筋とは赤の他人です、と言わんばかりの無表情に、なにを考えているかわからない目。

 いまも、いつもと同じ目でジーッと魔王様を見たままだ。


 表情と視線のポイントが全然ぜっんぜっっんわかんないんですけど!


「あの日、ピアノを弾く吾輩のもとへテミスが光を連れてきたときから既にわかっていた。『戦いは今このときから』、とな。まぁ吾輩は光で滾っていたので、それとは別の戦いを己のナニとしていたのだがな!」

「やっぱりパパには隠せなかった。隠すつもりもなかったけど。あと、娘にどうでもいい報告はしなくていいから。このスケベエロ変態親父」


 なに、このふたり!さっぱりわからないよ。あのときのどこにそんな要素があったの?

 わかるポイントを、どなたか御指南ください。


「でも、パパには感謝もしている。パパのおかげで姫様からプレゼントを貰えたから」

「ふふん!そういうことか!光からのプレゼント目的で吾輩に入れ知恵をしたのか。我が娘ながら末おそろしいやつだ!」

「え?あれってテミスさんの作戦だったの?」

「姫様の幸せパンツが私の大切な下半身を満たしてくれているから、私は下腹部から姫様のために頑張れるのです……いまも少しだけ興奮しています」

「お願い!もっと別な言い方して?あと、なんでこの親子は、いちいち妙な報告をしたがるかな!?」

「姫様の握りしめたパンツを食い入るように見ていれば、姫様はきっと私の下半身へプレゼントをくださると確信していましたので」


 なんか、イヤーな変態DNAが引き継がれてる。このふたりには遺伝的に繋がりなんかないはずなのに。


「だからお前は甘いのだ!テミス!吾輩と光の繋がりは、そんな物質なんぞに縛られんのだ!」

「どういう意味?」

「魂だ!光と吾輩は心と心が結びついている!!そこには物欲など存在しないのだ」

「ハッ!」


 テミスさんが、まったくの無表情のままに鼻で笑うという芸当を見せてくれた。

 異世界かくし芸大会?


「姫様は、この世界で不安に思っていることが多いの。パパが一緒でもそれは拭い切れはしない」

「フフ!光の凍えた心をゆっくり溶かし癒すのが、吾輩に与えられた使命なのだ!焦りは禁物なのでな」

「パパは本当に甘い。私は姫様とおはようからおやすみまで。ううん、夢の中までも常に一緒」

「ほう、つまり?」

「私の行動は姫様と共にある。パパに遠慮したり花を持たせているとき以外は」

「ふむ、感心だな愛しい娘よ。それはそれとして、ということは?」


 テミスさん、魔王様に遠慮とか花を持たせていることしてたんだ。もしかして、あの邪神のときのことを言ってんのかな?

 天体観測とか、こないだ塔に登ったときなんかは魔王様と僕のふたりきりだった。


 魔王様とふたりきり。あれ、ヤバいこれ。

 これ以上考えたらイケナイ気がしてきたから、思考を封印しよう。


 今はふたりの会話を聞かなくちゃ。あんまし聞きたくない気もするけど。


「私と姫様は着替えも一緒。お風呂も一緒。私は姫様の体で見ていないとこ、知らないとこなんか一か所もない」

「な、なんだと」

「いや、嘘つかないでよ!ぜんぶなんか絶対見てないよね?見せてないとこなんかいっぱいあるはずだから!」

「それに姫様も私の体で知らないとこなんかひとつもない。私たちのあいだに隠すことなんか、いっこもないもの。私たちを隔てる壁はなにひとつない」

「ば、ばかな」

「しかも姫様は「テミスさん、すごく好きだよ。いつもテミスさんをおいしく飲んでる。クセになる味をありがとう」と言ってくれたの」

「ふたりはそこまで全開なのか!」

「テミスさん!?中途半端に略したり改編したりしないで!魔王様、よくわかんないけど違います!お茶です!テミスさんのいれてくれるお茶の話ですから!」

「肉便器宣言で悦に浸っている残念なパパと私はちがう。これが男のパパと女の私の格のちがいなの」


 ねえ、いまって朝食の席だよね?

 朝のさわやかな食卓が、変態親子のインチキ自慢大会になってるんですけど!


 いや、ちょっと待って。インチキ?

 魔王様の中では、彼と僕は心と心が結びついている?


 え、それってつまり。

 魔王様は『顔』で僕に好意を向けたけど、それ以外も見てくれているってことなのかな。


 どうしよう。魔王様に聞きたいような聞きたくないような。


 うん。床に手をついて「そんなバカな。吾輩だって光の裸のすべてを凝視しまくったり、本当はアレとかソレとかお見せできないコトをガッツリしたいのだー!!」と、喚いているこの男には、なにも聞きたくないかな。


 テミスさんが無表情ながら、目だけをドヤ目にするという珍現象を起こしている。「フンスー!」と鼻息も荒い。

 この場をどうすればいいのさ?


「あの」 ドゴキンッ!


 ナーガさんがテミスさんの頭を思いっきり小突いて、襟首を掴むと引きずるように廊下へ連れ出す。彼女の頭から黒煙がモクモク出ているのが気になる。


「光よ」

「なんですか?お風呂なら一緒には入んないですよ!」


「吾輩も一緒に入るのだ!御許のすべてと吾輩のすべてが今ひとつに!ふたりの色々がザバーン!!」とか言い出しかねないので先手を打つ。


「吾輩を選ばんでもよいぞ」

「え?」

「吾輩は御許がテミスを選んでも、かまわんと思っているのだ。あれは父母を亡くしてから心を閉ざして、永い時を自分の殻に籠ったまま生きてきた」

「……」

「御許に出会って、あんなにも明るく過ごせている。やっとテミスの両親に顔向けができる思いだ。吾輩は本当に光には感謝しているのだ」

「いえ、僕はなにかしたわけじゃないですから」

「なので吾輩はかまわん!もっとも光の心は光のものだ。吾輩もテミスも、どちらも選ばない選択もある」

「あなたはどうしてほしいんですか?僕に」

「なんでもよい!すべては光の心のままなのだ。我輩はどうでもよい」


 ……そうですかー。


「魔王様。ちょっと左手をかしてください」

「うむ!光が欲しいなら指の一本でも四本でも好きにするがいい!」

「そういうのいいですから」


 僕は魔王様の左手を掴むと、手の甲を思いっきり抓りあげる。


「アっ!光よ!無敵の吾輩といえども痛覚はあるのだ!吾輩、痛みを快楽に変換できるタチではないのだぞ!」


 ものすっっっごく、イラっとしてしまった。

 生まれて初めて本気で頭にきた――かもしれないってくらいに頭に血が上る。


 どうしてほしいのか聞いたのに。あなたの気持ちを聞いたのに。

 それなのに、なんでもいい?どうでもいい?

 ……なんだそれ。ムカつく。


 いやいや。 朝のご飯の席で、こんな気持ちはよくないね。

 てか、なんでこんなにイラっとするんだろ。

 きっとお腹が減りすぎてるからに決まってる。

 しっかり食べて脳に栄養を送って、心を落ち着かせなきゃ。


「ところで光よ!凄まじく不機嫌そうなのはなぜなのだ?」

「なんででしょーおーねえ。ご飯の時間が遅れたからだと思いますよー?」


 あーおいしいおいしい。焼き鮭はおいしいなー。皮でご飯を食べるのがおいしいな!

 そうだ、怒りもご飯と一緒に飲み込んでしまおう。




 結局、テミスさんが僕に好意を持った理由は、さっぱりわからないままだ。

 なんの切っ掛けも理由もないのに、誰かを好きになることなんてあるのかな。

 僕は、ちょっとわからない。誰かを好きになるってそんな簡単なものだとは思わないから。


 その後もテミスさんは言葉通り、毎日おはようからおやすみまで僕のお世話をしてくれた。はい、相変わらずお風呂も毎回。

 でも、あの告白のあとになにかしてくるのかと身構えてたけど、そんなことはなかった。ホッとしたけどなんだか拍子抜け。身構えて損した。


 魔王様も大体の時間、僕に纏わりついていた。

 最初は嫁だなんだと有頂天気味だったあのひと。


 けれど彼は、僕が本当の意味での、本気で嫌がる言動は絶対しなかった。

 テンションが高ぶった時に例のアレがアレしてたけど、最近はそれもなくなってきて基本的には気の良いお兄さん然として落ち着いている。

 だからなのだろう。僕も彼を無下にできない。


「光よ!大変なことがおきた!」

「なんで体液みたいななにかにまみれてるんです?まさか、また邪神が来たんですか!」

「御許のためにフェロモン香水を振掛けすぎてベタベタして気持ち悪いぞ!いまから生まれたままの姿になる我輩を風呂場で清めてほしいのだ!」

「そうですか。ブレないあなたに、なんだかホッとしました。お風呂場にはおひとりでどうぞ」


 男の僕を嫁だといっている困ったひと。

 どうしてほしいのか彼の本心を聞いたのに、なんでもいいとか馬鹿にしたことをいう呆れたひと。

 でも、優しいこのひとを蔑ろにできるわけがない。

 理由は……。なんだかんだと、なにもかもお世話になっているからね、うん。


 だからといって、すぐに脱いだりしようとしないでほしい。

 前まで慣れたと思っていたのに、半周まわって凄まじく恥ずかしくなってきちゃったよ。

 なんで脱いだ本人じゃなくて、見せられる僕が恥ずかしくならなければいけないのか。異世界の理不尽を肌で感じる。




「ねえ、テミスさん?」

「なんでしょう。姫様」

「最初に言ってた「魔王様の命に従えないのなら、この身を消してしまう他ありません」ってなんだったの。嘘だったりするの?」

「嘘ではありません、演出です。消えると言えば姫様が私をお傍においてくださると思いましたので」

「あ、別にいてほしくないわけじゃなかったんだよ?」

「精霊は嘘を嫌いますので精霊と友達の私が嘘をつくことなんかありません。そんな私になれたらいいなと思っています。思っているだけですけれど」

「へー、まぁいいんだけどね。ところで僕が寝てるときに、なんかヘンなことしてないよね?」

「安心してください、姫様。添い寝をしているだけですので。姫様が想像するようなエッチなことは一切しておりません。あなたには指一本触れていませんよ」

「いや、なにかエッチな想像してるわけじゃないんだけどさ。いちおー確認したかったっていうかね?」

「心配いりません。姫様の寝顔を見ながら、私が独りで悦しんでいるだけですから」

「ねえ?なにをたのしんでるの?なんで、そんな顔が赤いの?あ、やっぱ言わないでいい。うん、絶対に言わないでね?いや、いいから。お願い、聞きたくないから言わないで。あと耳に息を吹きかけないで?」

「私は嘘をつかれるのがキラいです。ですが姫様の言葉はぜんぶ好き。嘘も本当も、もっと声を聞かせてください」


 もうヤだ、この親子。掴めないヘンなキャラが増えちゃったよ。

 第一印象からのキャラのブレ具合は娘のほうが酷かった。もちろん、ヤラシイ意味で。

 ほんと酷い。ナンダコレ。



 でも、そっか。

 テミスさんは、魔王様に恋愛感情を持ってなかったんだ。

 いや、だからなんだって話なんだけどね。うんうん、そっかそっか。

 ほんとによかったよかった。


 なにがよかったのか、よくわかんないけども。



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