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その2

 もう元の世界に帰してほしいと言う僕に、大臣さんは見せたい場所があると引きずるように案内する。その間も手を握って離さない。

 大臣さんの手汗でギトギトになってとてもイヤすぎる。


「ご覧ください。これが勇者様の世界へと続く送還の泉です」


 連れてこられたのは、お城の中庭のような場所。そこには水面が輝く小さな泉があった。


「送還の泉?」

「そうです。この泉に飛び込むと勇者様の世界へと帰ることができると言われております」


 なにその希望的観測の不確定情報。呼んだときは泉を使わなかったのかな。


 召喚術は過去の偉大な魔法使いが発明して、その長ったらしい呪文を巻物に書き残したそうだ。

 歴代の宮廷魔法使いが巻物を読んで召喚を行う。

 送還魔法も同時に発明したけど、召喚より膨大な魔力を必要とするため、そこらを漂う魔力を泉に吸い寄せて送還の泉を作ったらしい。

 送還魔法は疲れるからしたくないというのが理由だそうで。そんなんでいいのか。


「ご安心召され。今まで協力頂いた元勇者様の皆様よりも『お陰様で無事帰ることができました。彼女も出来て第一志望の大学も一発合格。宝くじの一等もあたり本当に送還の泉には感謝しています』という感謝の手紙が続々と届いておりますので」


 胡散臭い幸運の財布の広告みたいなことを言い出した。本当に帰れるんですか?手紙はどうやって郵送されてきたんでしょうか。


「では私はこれより勇者様達をお見送りするセレモニーの準備がありますので、いったん失礼いたします。あ、送還の泉の隣にある泉にはくれぐれもご注意を」

「セレモニーなんかより真っ当な装備と資金が欲しいんですけど…そっちの泉はなんですか?」


 こぢんまりとした池がある。


「それは転性の泉と呼ばれるものです。かつて神がお創りになり、王家で数回ほど使用したと言い伝えがあります」

「言い伝え?なにか記録は残っていないんですか?」

「ええ、記録は一切なく伝承が残っているだけです。泉に浸かると男性は女性に、女性は男性になる奇跡の泉と聞いています」


「なんだって神様はそんなもの創ったんでしょうね。ところで大臣さん、さっきから僕を転性の泉に突き落とすように、グイグイ押しているのはなぜですか?」


 ちょちょ!ヒョロっとした見かけによらずにこの人、意外と力が強い。落ちる落ちる!


「おぉ、これは失礼。ですが人間とは自分の行動を一から十まで理屈で説明できるものではありますまい」


 心底残念そうな顔の大臣さん。発言がとても腹立たしい。


「送還の泉を眺めて戦いの英気を養っていただきたい。私は準備がありますゆえ、これにて。あとで使いの者を寄こしますので」

「その前に色々聞きたいことがあるんですけど」

「はい、なんなりと」


 そもそも根本的なことはなにも聞かされていない。


「どうしてこの国は魔王を討伐しようとしているんですか?」

「国策です」

「世界情勢はどうなっているんでしょうか?魔王は軍や魔物を使ってこの国に戦いを挑んでいるんですか?」

「調査中です」

「魔王を倒せと言うならセレモニーなんてどうでもいいですから情報をください。さっきも言いましたけど装備と資金も」

「持病の片頭痛が……」


 あとこれを強く聞きたい。


「送還術も魔法ですよね?僕に効果はあるんですか?」


 大臣さんが走って逃げた。おまけのように後についてきていた魔法使いさんと僕が中庭に残されてしまった。

 魔法使いさんは展開に付いていけないような感じだ。僕のほうがよっぽど付いていけてない。

 スーパーで買い物してからここに至るまで体感で数時間しかたってないと思う。


 どうしよう。

 話を信じるなら、送還の泉に入れば元の世界に戻れるはず。うーん、信じられるかな?

 どうすればいいんだか。


 お約束のチート能力や神の加護もなく異世界に攫われた。帰れる保証は一切ない。スマホを見ても当然圏外。

 詰んでるのは間違いない。泣きたい。


 はぁ……。転性の泉とやらを覗き込んでみたけれどやっぱり普通の小池にしか見えない。


「魔法使いさん、魔王のことを何かご存じですか?」


 国が異世界人を拉致ってまで倒したいんだから戦争状態なんだろうか。


「そうですね。伝承によるととても悪い奴で、世界をその手に収めんと酷いことをしているとかいないとか」

「えっと童話的なことじゃなくて、現実的なお話を」

「知らないです」

「どういうことですか?」

「魔王の具体的なことはこの国の人は誰も知りません。言い伝えの『こんな悪いやつなんだぞ』とか『悪い子は魔王に食べられちゃうぞ』などの話を寝る前に親が子供に聞かせます。国のお偉いさんも似たようなものだと思いますよ?たぶん」


 民間伝承の悪い奴を倒せという凄まじく漠然とした理由でこの世界に呼ばれたんだろうか。もう魔王が実在するのかも怪しくなってきたよ…。

 僕も魔法使いさんも黙り込む。そよ風の音だけが聞こえる。


「えーと、魔法使いさんはどうして討伐の旅に選ばれたんですか?」


 沈黙が気まずくて僕は魔法使いさんに話をふった。


「俺は路上で回復屋を営んでいるのですが、お城の使いという方が「キミ魔法使い?へぇそうなんだ。うん、キミでいいかな。探すの面倒だし。ちょっと来てくれるかな?王城まで」と強引にさっき連れてこられました」


 なにその適当人選。最初から気づいてたけど、この国やばい感じしかしない。

 魔法使いさんは無理やり低い声で喋っているけど、なにか威厳でも出そうとしてるのかな。


「それにしても勇者様は凄いですね」

「なにがですか?」


 魔法使いさんがフード越しに僕を見つめている。あまり顔が見えないけど整ったお顔っぽいかんじ。


「もし俺がなんの前触れもなく異世界に呼ばれたら、とても正気ではいられないと思います。勇者様は物凄く神経が鈍いか頭がやられてるお方なのですね」

「うん、どうして僕がディスられてるのかわかりませんけど、正直これは夢なんじゃないかな?早く覚めてほしいなって思ってます。ぶっちゃけ今すぐ帰りたいです」


 妙な人にしか会ってないせいか、異世界召喚に困惑するより人物とその発言の数々に困惑しているんです。


「俺、異世界の勇者様ってもっと野蛮で人を見下すムッツリスケベな最低野郎だと思ってました」

「どうしてあなたは、初対面の僕にちょいちょい毒を吐くんでしょうか……」


 異世界人に凄い悪補正がかかっている気がする。


「以前に召喚された勇者様を街で見かけましたが、お連れの魔法使いの女性のお尻を常に撫でまわして「ブヒョヒョ」と笑い声をあげているキモイお方でした」

「そ、そう」

「宿場ではお酒を飲んでくだを捲いて女給さんの胸を揉んだり。城の衛兵の顔をピタピタ叩いて「勇者を殴れるものなら殴ってみろよアヒャ」などと絡んでニタニタしていましたね」


 と、言って僕を見てニッコリ微笑む。


「異世界のお方はああいう人しかいないのかな、と思っていたんです」

「ひとりを見てすべてを決めないでください」


 どんな奴が連れてこられたのか知らないけど、とんだ風評被害です。


「とはいえ、あなた様は見た目は美少女ですが、その中身は取り立てた自己主張もない没個性の極みのような人畜無害のお方のようです」

「さっきから帰りたいって超主張してますよね?あと美少女ではないです」


 これといった個性があるといえないのが悲しい。そして相変わらず微妙に僕をディスってるんだけどこの人。


「あなたなら必ず魔王を成敗できる。そんな予感がします」


 そういって僕に右手を差し出した。


「えーっと野うさぎからスタートっていうのがたまらなく不安で、今すぐ帰りたいのが本音なんですけど」


 絶対どうにもならないと思うけどさっきから心の中でツッコミすぎて疲れてしまったせいなのか、僕も右手を差し出した。


「とりあえずよろしくお願いします」


 僕らは固く握手する。魔法使いさんの手は小さくて暖かく、そして柔らかかった。




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