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その18

「テミスさん。話があるんだけどいいかなー?」


 就寝前に思い切ってテミスさんに話を切り出してみた。

 もちろんあの話をするつもりだ。


「なんでしょうか。夜更かしは姫様のお肌によろしくないと思います」

「夜通し語り明かそうってわけじゃなくて。えーっと聞きたいことがあるっていうかさ」


 僕の微妙な雰囲気を感じたのか、テミスさんはお茶を二人分用意してくれた。ふたりでテーブルを真ん中に向かい合わせで座る。


「なにを聞きたいのですか?」


 彼女はいつもと同じように、無表情に僕をじっと見つめる。その瞳からはなにを考えているのかさっぱりわからない。

 けど、いまは彼女も僕がなにを話そうとしているのかわからないようで、僅かに戸惑う様子がある。


 長い月日を共に過ごしたわけじゃないけど、ちょっとだけテミスさんのことがわかった気がしてきた。ほんとにちょっとだけど。

 でも、彼女の気持ちはわからない。これは本人にキチンと聞くしかないもの。


 だから。


「んとねー」

「はい?」

「えとー、なんて言えばいいのかな」

「はい」

「テミスさんのいれてくれるお茶、僕すごく好きだよ。いつもおいしく飲んでる。本当にありがと」

「いいえ、姫様が喜んでくださるなら私も嬉しいです」


 うおおおお!違ーう!けど聞けなーい!いや、待て僕。落ち着くんだ。

 こうね?サラッと。ほんのちょっとした雑談だと思えば?

 クラスメイトと恋バナしてるかんじで?聞けばいいんじゃないかなー。


 僕は今までそんな話をしたことないけど。あ、昔さっちゃんに一度だけ好みの異性のタイプを聞いたことがあったっけ。

 いや、今はそうじゃない。んーと、ですね。


「テミスさんてさ、魔王様のこと好き、なんでしょ?」

「…………」


 やばい!そのものズバリ弩ストレートすぎた。

 テミスさんが無表情プラス、目のハイライトが消えたみたいになってしまった。


「その、ごめんね」

「……」


 場が重い。胸のあたりが重いし背中が張るし、へんな脇汗かきそう。

 もうやだ。逃げ出したい。


「それは」

「え?」

「それはなにに対する謝罪なのですか?」

「えっと、それは……だって」


 魔王様が僕に好意を持ったから?


 いや、なんだそれ。何様だよ、僕。

 じゃあ、謝ったのはなぜ?


 っていうか、そもそも彼女の気持ちを聞いて、どうするつもりだったんだろ。

 魔王様のことを好きなテミスさん。 僕は彼女になにを言おうとしていたのか。


 彼女は僕を見つめたまま、しばらく無言だったけれど、やがてポツリポツリと口を開く。


「姫様には以前お話ししましたね。私が魔王様によって生かされてきた。なんども命を救っていただいたことを」

「うん。お風呂で聞かせてくれたのを覚えてる」

「かつての大戦争。おそらくそれは姫様が想像されるより、はるかに酷い争いだと思います。私に降りかかった危険も思い出したくもないことしかありません」

「……そう」


 僕が経験したことがない、したくもない彼女の記憶。

 母を亡くした経験はあるけれど、地獄のような体験をしたこがとない僕はまだ幸せだと思う。


「実際は危険に曝されるその前に魔王様がスッ飛んできて、まわりの敵を吹き飛ばすついでに、なにもかもなぎ倒していたので怖い思いをする瞬間すら一度もなかったのですけれど」

「あ、そうなんだ」

「戦争もおわり、この国の混乱も長い時間をかけて消えていきました。私は精霊と戯れながら、かつての心の傷を癒していったのです」

「……」

「父と母が亡くなったことは悲しかったですが、それについては短期間で心も落ち着き、あとはダラダラと寝ては起き、起きては寝ての生活を続けてきました」


 なにをどう言えばいいんだろ。


「そうした日々を過ごすうちに、私は魔王様と接する時間が段々と少なくなっていきました」

「心細かった、よね」

「しかたないことだと思います。魔王様はこの大陸に君臨する魔王国の長。一方の私はただのヒキコモリ」

「いや、そんなことは」

「いいのです。それは誰が見ても、私が自身を省みてもそう思います。ですが会わなくても食べて寝るのには困りませんから、それはそれでいいのです」

「いいんですか」


 そうやってこの国で永いこと過ごしてきた彼女は、いつしかそれが変わらない日常になっていったと語った。


「そんな折です。魔王様が興奮した様子で私の部屋に飛び込んできました。私の部屋に来るのが、いつ以来なのかすら思い出せないくらいに久しぶりのことです。寝ているところを叩き起こされたので、かなりウザかったのですが」

「はあ」

「魔王様は私に仰いました。「吾輩の嫁が見つかった!ついてはテミスに、世話係兼話し相手になってもらいたいのだ!」と」

「話相手、なの?」

「はい。異世界にきて不安になっている姫様の相談相手になってくれと。同じ女性で、姫様も助かるだろうと言っていました」

「僕はその時、男だったときから半日も経ってなかったけどね」

「ええ。それも、もちろん伺いました。「光は女だが数時間前まで男だったのだ!」と。正直なにを言ってるのかわかりませんでした」


 魔王様のその言葉だけならそうだろう。

 その後、王国での出来事。転性の泉の顛末を聞いたそうだ。


「私は思いました。『私から魔王様を奪っていく異世界の男だけど女』。絶対に許すわけにはいかないと」

「……」

「夜中に、私は姫様の寝室に忍び込みました。とりあえずは女の顔を見てやろうと思ってのことです」

「朝じゃなくて、あの晩に部屋に来てたんだね」

「そこでスヤスヤ眠る姫様のお顔を見た私は」


 言葉を区切った彼女の瞳からは怒りや恨みといった感情は読み取れない。ただ、淡々と事実だけを語っている。



「あなたを好きになってしまいました」

「はい?」


 正直、なにを言ってるのかわかりません。


 えーと。

 昔から好きだった魔王様に、僕の世話係を押し付けられたテミスさん。

 寝室に忍び込んで、眠る僕を目にした彼女は僕を好きになった。

 うん、なんだそれ。


 どなたか解説をお願いします。


「ベッドで眠る姫様の寝顔は、まるで精霊のように無垢で可愛くて素敵でした」


 精霊の顔は僕には見えないからなんとも言えないけど、十五にもなって無垢な寝顔って評価されてもなー。

 間抜け顔で涎をたらしてなかったよね?


「姫様の寝顔を見た私はこう思いました。「私は生まれて初めて精霊にあったんだ」と」

「テミスさんって精霊魔法の使い手で、精霊しか友達がいないって言ってなかったっけ」


 テミスさんの言葉に精霊は泣いて怒っていいと思う。


「ですが、無垢な寝顔だけでは精霊とはいえません、当然です。姫様は異世界の人間で、もしかすると邪気があるかもしれません」

「まぁ僕は聖人君子とかじゃないから」

「そこで私は確認のために、姫様のベッドに潜り込んで一夜を共にしたのです」

「あの時、テミスさんが一緒に寝てたのもビックリだけど、一夜を共にしたって語弊がある言い方しないでくれるかな!?」

「あの晩のことは忘れません。凄まじく興奮しました」


 もうちょっと、こう、普通の言い方をしてね?

 あと、その夜なにがあったの?なにを確認したの?ねえ、なんで興奮したの!?


「朝方まで一緒に寝ていた私は確信しました」

「なにを?」

「あなたを好きになってしまったことを」


 うん、ごめん。やっぱりさっぱりわからない。


「あのね、テミスさん。結果はわかったから過程を話してくれると嬉しいかなーって」

「私からは以上です」


 はやっ!はなし終わっちゃったよ。なにひとつわかんないまんまで。


 もしかして僕の顔?

 魔王様も僕の顔に一目惚れしたって言ってた。


 あんまし思い出したくないけど、あの王国の王様と大臣も僕の容姿が、あーだこーだと騒いでた。これは忘れよう。


「テミスさんも僕の顔が気に入ったの?」

「姫様の顔、ですか?」

「うん、そう。魔王様は僕の顔を気に入って惚れたって言ってたから」

「魔王様が姫様の顔を気に入って惚れた……。どういうことでしょう?」


 あれ。なに?なんか変?違うの?


 テミスさんが困惑の色を顔に浮かべている。無表情だけど、明らかに戸惑っている彼女。

 僕のほうが、どういうこと?状態だよ。


 もしかすると、僕の顔って微妙なのかな。

 顔のことは魔王様の社交辞令みたいなもんだったのかも。

 じゃあ、なんで僕のことを『嫁』にするだとかって話になるの?


 はっ!もしかして実は僕には秘められた力があって、魔王様はそれを隠してる?


 顔が気に入ったってのは、ただの口実?いや、彼は嘘はつかない。

 でも顔よりなにより、実は真の目的は僕に隠された秘密の力。


 そして、その力はいつの日か覚醒する。

 魔王様はそれを欲していた……。


「いでよ!我が聖剣グランドデウス!!」


 しーん。


 うん、わかってる。知ってた。


「楽しいですか?姫様」

「抉るように反応してくれなくていいから!」


 好きと言ったわりに、イヤなところで突っ込んでくるテミスさん。ひどい。


「大切な言霊って、なんだったの?」

「大切です。たまの言いつけを守らないと、「城から叩き出すぞ!このグータラニートめ」と、怒られてましたから」

「邪神のときも言霊だって言ってたよね?僕を連れて王国へ行けって言われた時に」

「魔王様公認の愛の逃避行です。従わない理由が宇宙にも見当たりません」


 あの時、魔王様が大ピンチだったのに「姫様の応援があれば、魔王様はなんとでもできたと思いましたから」と、無責任なことを言う彼女。

 うーん?もの凄い勿体つけて『大切な言霊』とか言ってたのに、理由を聞いたらなんかアレだった。なんだこれ。


 でもさ?好きになる切っ掛けとか理由くらいは、なにかあるんじゃないのかな。

 顔じゃないのなら、テミスさんは僕のどこが気に入ったの?


「姫様は私を見た時に、奇異の目を向けませんでした」

「え?そうだった、かな」

「偶に会う城の人たちは「コイツまだニートやってんのかよ、しょうがねーな。でも、あんま見てると、こっちが泣けてくるからスルーしてあげるか」的な目で、チラっと私を見たあとは、そっと視線を外してましたので」

「あー、僕は事情を知らなかっただけだもの」

「いいのです。たぶん、そういうことではありません。なんでしょうね?自分でもよくわかりません」


 わからない。自分でもよくわからない……か。


「本当にわからないのです。最初は姫様という精霊に出会えて嬉しかっただけでした。ただ、今はあなたと一緒だとなぜか嬉しくなる。本当に、ただそれだけです」

「そう、なの?」

「ええ」


「ですから、愛しいあなたのお傍にずっといたいのです」と言って、あとは僕を見たまま黙っている。

 テミスさんはやっぱり無表情で、なにを考えているかはわからない。


 けど、僕も彼女と一緒にいるのは楽しい。

 出会ってまだほんのちょっと。

 口数も少なくて無表情なテミスさんだけど、一緒にいると心地いいのは確かだし。


 別に愛とか恋がどうこうって話にはならないけど、それはわかる。

 たぶんテミスさんは友情と愛情を、ごちゃまぜにしちゃってるんじゃないだろうか。


「そんなことはありません。姫様を見ていると性的に興奮しますので」

「テミスさんは、いつも僕をどんな目で見てたのさ!」


 いままで、じーっと見てた時って、じつは興奮してたの?思わず自分の体を両手で抱えてガードしてしまう。

 ま、まあ、それは置いといて、そもそも前提がおかしくないかな。


「見てよ、僕のこと。ほら、いまは女の子になってるし」

「そうですね。本当に綺麗です」

「やっぱ、そういうのはマズイんじゃない?いろんな意味で」


 女の子同士なんだし、禁断の色が濃いような。


「魔王様は男で、姫様も敢えていうなら、一応は元男です」

「元て」

「一方、姫様と私は体はともかく、姫様の言葉通りなら中は男女にわかれています。愛しあうのには、なんら不自然な点などありませんよ?」

「それは……」


 よく考えたら。いや、よく考えなくてもテミスさんの言うとおり?


 魔王様と元々の僕が。男のふたりが付き合ったら絵的に『お見せできません事案』かもだけど。

 女のテミスさんと男の僕が、もしお付き合いするならそれは普通?


 僕は、どこかズレた考えをしている?

 いつの僕?前の僕?いまの僕?

 なにを基準に考えて、なにが何処に収まればいいの?


「すみません、姫様。混乱させてしまったようですね」

「混乱っていうか、僕がなんかあれー?どゆこと?みたいなかんじだっていうか?」

「姫様、時は永いのです。慌てて結論など出さずともいいと私は思います。時は私たちを揺らすゆりかごのようなもの」

「時はながい……」

「いまはゆりかごに揺られて眠りましょう。夜も更けました。お話を聞いていただきありがとうございます」


 話を聞きたかったのは僕のほうなんだけど、なんだか凄く眠くなってきた。

 考えることをいますぐ放棄したいからなんだろうか?


 テミスさんの柔らかい指先が、僕のおでこの髪の生え際を優しく梳いている。

 あったかくて気持ちいい。


 ふと、中三のときにフラれた事を思い出した。

 あの子のことは中一から気になりだした。クラスで交流するうちに好きになった。明るくて優しく、なにより誠実なところに惹かれた。


 そのあとどんどん好きになって、思いきって中三になってすぐのときに告白した。

 結果はフラれた。「好きなひとがいるの」って。

 二年間で膨らんだ気持ちが十秒でポイされたことは……結構ショックだった。

 でも、彼女の恋を応援しようとも思ったから頑張って立ち直った。


 恋愛ってまずは相手を知って、そこから時間をかけて色々と経験して、気持ちが高まったりするものだと思ってた。実際あのときはそうだった。

 それにあれは僕が男で彼女は女。ごく普通の片思い。


 今の僕はなんなんだろう。どの場所に立っているんだろうか。


「ゆっくりお休みください。テミスは姫様のお傍にいつまでもいつまでもいます……あなたが好きです」


 抑揚のない彼女の声が心地よく耳に響いて。


「……が顔で女を選ぶなんてありえない」


 でも、なにを言ってたのかは聞こえなくて。


 心地よいまどろみに飲まれ、意識をすぐに手放した。



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