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その17

 とある午後のお茶の時間。

 ミョルニルさんに護衛されて、魔王様との待ち合わせ場所のテラスに向かう。


 お城の中なんだから護衛なんていらないと思うんだけど、こないだの邪神みたいなこともあるから用心してるのかな。

「これが仕事……姫様!仕事をしてる気になれるって素晴らしいものですな!」って笑顔で言われたから、まぁ、うん。いいです。


「ミョルニル。歩くのが早いです。姫様の歩幅に合わせてください」


 テミスさんからチェックが入る。大柄なミョルニルさんが僕の歩幅に合わせたら、歩きにくくて自分の足に蹴躓くんじゃないかな?


「おっと!姫様。申し訳ありません。ワシとしたことがあまりにも至らないことをしてしまいましたな」

「気にしないでください。男と女じゃ歩幅も違いますから」


 そうなんだよね。男の時から大幅に身長が変わったわけじゃないんだけど、このちょっとの差がね。


 いまの僕の身長いまの僕は……百四十三センチ、です。ハハハ……。


 それはどうでもいいんだけど、チリも積もればって感じで数歩の差が、どんどん広がっていっちゃう。

 しかもミョルニルさんはデカイ。二メートルを超えてそうな魔王様の横に並んでもさらに大きい。


 岩のような巨体で体力自慢のミョルニルさん。こう見えて実は頭がいい。

 あっちでは失踪扱いなんじゃないかなー?の僕は当然、学校の勉強もできていない。


 そんな僕に、彼は勉強を教えてくれている。

 さすがに地理歴史なんかは全然別物だけど、数学なんかは向こうの世界と一緒みたい。

 帰れたときのことを考えて、勉強もできるところはやっておかなきゃ。

 向こうは、どのくらいの時間が経ってるのかわかんないけど。


 というわけでミョルニルさんは、僕の家庭教師でもある。

 ナーガさんもいるんだけど、ミョルニルさんのほうが親しみやすいというか。

 ゴツイ顔をしてるんだけど温和な人なんだ。


「護衛の身でありながら、対象の姫様のことを考えないなど!いっそワシの腹を掻っ捌いてお詫びを」

「臓物をムキムキのガチガチに鍛えてから出直してください。姫様はヤワな臓器には興味がないのですから」

「切腹して人様が血だらけになって苦しんでる事自体、興味が持てないよ」


 ミョルニルさんも思い付きで行動するタイプなのかな。早まったマネをしないでくださいね?


「吾輩が光のために!男と女は違うことがわかるものをプレゼントとして持ってきたのだ!!」


 テラスにつく前に、魔王様がバタバタと僕たちのところへ駆け寄ってきた。

 意味不明なセリフが嫌な予感を増幅させる。


 なんか今日はハイテンションだなー。

 こういうときの彼が、どうでもいいことに張り切っているのはよくわかっている。


「魔王様。今からテラスにいくところだったんですよ。それと僕にプレゼントですか?」

「うむ!吾輩から御許への愛をカタチにするためだ!」


 えー、こんだけお世話になってるのに物までもらうのは、さすがにちょっと。


「あの、魔王様?気持ちは嬉しいんですけど、僕はあなたにこんなに色々してもらってるんですから」


 ですから、気持ちだけ受けとっときます。


「だが吾輩、もう買ってきてしまったぞ!!」


 持ってきたってことは、まあ、そうですよね。


「姫様。魔王様が仰ってくださっているのです。ここは「ありがとうございます」と感謝する以外の選択肢など世界に存在しません」


 僕の両肩にそっと手を置き、テミスさんが退路を断ってきた。

 うん、『プレゼント』って言葉に物凄く反応してるよね。無表情だけど。

 前から思ってたけど、テミスさんて魔王様のことが――


 あ、とりあえずプレゼントのことをどうにかしなきゃ。


「えっと、じゃあ魔王様。ありがたく頂きます。ですけど、こんなことしていただかなくとも、僕はあなたに十分感謝していますよ」

「そうか!光よ。御許のその眩しい笑顔が見られただけで吾輩は昂ってきているぞ!」

「昂るのはいいんですけど、アレがアレになったりするのは絶対にやめてくださいね?テミスさんだっているんですから」


 僕みたいに元々アレが備わっていたんだったら、まだいいかもしんないけど(べつによくはない)、テミスさんはアレが付いてたことなんか一度もないんだし。

 女の子の前でそんなアレは控えてください。常識的に考えてね?


「ふっ、あの頃の吾輩は若かったのだ。数々の経験ののち、吾輩オトナになってしまったのだぞ」


 ほー。万年生きてて、ちょっと前のあの時が若かったんだ?


 でも竜族とかエルフって長生きしてても老成してない。

 長命ってことは精神も、人よりも徐々に老けていくのかな。

 そうじゃないと、数十年以降は老人期間が長すぎる。


 魔王様とテミスさんも老人の雰囲気ではないもんねー。


「ふふふ、これが吾輩から御許への愛のカタチなのだ。ババアーン!!」


 ――パンツ。


「下着ですか」

「うむ!御許によく似合うものをチョイスしてきたぞ!」


 王国から助けられて、お城に連れてきてもらったときも貰ったけど。

 あのときも服だけじゃなくて、下着も魔王様自ら買ってきたのかな。

 サイズは把握してる的なこと言ってたし。


「シルクとオーガニックコットンとキャラものを用意した!機能性と光に似合いそうな観点から選んだ、選りすぐりのショーツなのだ!」

「あー、そうですか。えーっと、どうもありがとうございます」


 テミスさんが用意してくれているのが結構あるけど、まぁ沢山あっても困るもんじゃないかな。


「身に着けるときは、ぜひ吾輩を思い浮かべて着用するのだ!」

「あ、はい。わかりました」

「うむ」

「はい」

「……」

「……」


 なんかたまにあるパターンだ、これ。


「なぜだ!?」


 また、はじまっちゃった。


「女は男から下着を贈られると、照れ笑いを浮かべながらも嬉しそうに受けとると聞いたぞ!ミョルニル!貴様が光と下着を見比べて赤くなってどうするのだ!ゴツイおっさん顔で頬を染めるな!怖すぎるわ!」


 言われてみればミョルニルさんが、僕と僕が手に持った下着を、交互に見て挙動不審だ。

 でも、下着をプレゼントされたからって、照れ笑いとかするのかな。

 新品だったら、ただの『布製品』。そこに恥じ入る要素はないように思う。


 だからって身に着けてるシーンを想像なんかしないでくださいよ?

 ……なるほど、そういうことですか。そこはミョルニルさんも、れっきとした男性。


 魔王様、ちょっとこっちに来てくださいな。

 彼の腕を引っ張り、他のふたりから離れてコソコソと会話する。


「あの……こういうのって、みんなの前で渡されても困ります」

「うむ、次からはふたりきりの時にのみ渡すぞ。御許の恥じ入って赤くなった蕩けた顔を他の男に見せるわけにいかんからな」


 蕩けて赤くなった顔なんかしてませんよ!いえ、その、恥ずかしいじゃないですか。

 他の誰かにヘンな想像されるとかイヤですもん。あなたはいいんですか?

 あー!どのひとになら想像されてもいいのかって話でもなくて、とにかく困るんです!


 コホン。それに、これが大事なことなんです。


「えっと魔王様?僕が身に着けているものはすべて、あなたから贈られたものじゃないですか」

「うむ。まあ、そういう考えもあるな」


 なんか拗ねてる。もー、ヘンなとこで子供っぽいんだから。


 恋愛相談をまわりにしないほうがいいんじゃないだろうか。誰に聞いてるのか知らないけど。


「ですから僕はいつも感謝してるんですよ。あなたにしてもらってることを忘れたことなんかないです」

「忘れたことがないか」

「いつもありがとうございます」


 こんなに色々してくれてるんだし、彼には何度も救ってもらった。

 この世界にいる間は。いや、元の世界に戻れたときも魔王様にはずっと感謝しなきゃ。

 元の世界に帰れるかは先が見えないけど。


 男に戻るのはどうだろう?神の『呪い』だからね。


「そうか。光はつねに吾輩のことを想っているのだな」

「ええ、おもってます。まぁそれは間違いありません」


 魔王様はニンマリ笑うと高らかに宣言した。


「今日は吾輩の最高で最良の日となった!これを記念して本日を『光のパンツ記念日』としようではないか!!」

「うん、絶対にやめてくださいね?カレンダーにそんな日があったら僕はその日はひきこもります」

「吾輩、この昂りは抑えきれん!ミョルニル!ついてこい!目標はランジェリーショップだ!」

「仰せのままに、魔王様。かつての戦を思い出しますな!」


 下着大戦でも昔にあったんだろうか。

 魔王様とミョルニルさんは雄叫びを上げて走ってっちゃった。僕とお茶はしないでいいのかな?

 ふと、テミスさんが僕の手にある下着をじっと見てるのに気づく。


 じーーーーーーーー。


 魔王様からのプレゼントを食い入るように見つめる彼女。


「テミスさん。これいる?」


 彼女は下着から視線を僕に移す。

 深い深い彼女の瞳の奥に引きずり込まれるような感覚。


「姫様は魔王様からの贈り物を私に下賜されるおつもりなのですか?魔王様からの贈り物は、あなたにとってそのようなものだと……」


 あ、やばい。怒らせちゃったかな。


「違うよ?別にどうでもいいとかそんなつもりじゃなくって」

「……」

「僕はあなたに毎日お世話をしてもらってるのに、僕からはあなたになにも返せていない」

「私は姫様の従者ですから。返す必要などありません」

「でも、僕のほうはテミスさんのこと友達って思ってていいんだよね?」

「それは」

「だから、幸せのおすそ分けっていうか。嬉しいことを分かち合いたいっていうか……うまく言えないけどそんなかんじ?」

「そうですか、おすそ分け。魔王様から届いた幸せが姫様から私だけのために……」


 彼女は僕が差し出したパンツをおずおずと受けとる。

 大切そうに下着を両手で包み込む彼女は傍からみたらちょっと変かもだけど、ここは茶化していい場面じゃない。


「ありがとうございます、姫様。とても嬉しいです」

「そう、よかった」


 無表情だけど幸せそうなテミスさん。


 やっぱり彼女は魔王様のことが……。



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