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その16

「どうしたのですか?魔王様、それに姫様」

「テミスさん。どうしてここに……」


 普通の人だと防護服を着ても、ここに入るのは困難だって聞いた。

 なのにテミスさんは防護服どころか、いつものスーツ姿だ。


「時間になってもお戻りにならないので。ひ……おふたりが心配で様子を見にきたのです」

「っていうか、なんで防護服もなしに」

「私は風の精霊に守られています。風の精霊はまわりの魔力を吸収変換して、私に保護膜を張ってくれているのです……」

「そ、そうなの?あ、いまはそれどこじゃ!テミスさん、魔王様が死んじゃう!早く助けてあげて!!」

「魔王様が、死ぬ?」


 テミスさんは訝し気に魔王様を見る。

 やっと、彼に噛みつく不気味な触手の存在に気付いたみたい。


「魔王様。姫様をお連れしたと思ったら、肝心の姫様を放置して新しいプレイですか……?」

「いや、テミスさん!冗談言ってる場合じゃないから!このままじゃ魔王様が邪神にやられちゃう!」

「邪神、ですか?」


 テミスさんは状況が呑み込めていない様子。

 呑み込めてなくても!いいからとりあえず早く!はやく!


「テミスか。よし!お前の精霊で光を守りつつ、ここから脱出するのだ」

「わかりました」

「ちょっと!?なんであっさり納得してんの?魔王様が死んじゃうかもしんないのに!」


 魔王様ってテミスさんにとって大事な人じゃないの?


「姫様。魔王様のお言葉は私にとって大切な言霊。覆すことなどできないのです」

「いまはそんなこと言ってる場合じゃ!」

「テミス、ナーガに事の次第を連絡したら、お前は光を連れて王国に行け」

「魔王様?なに言ってんですか!?なんで僕があんなとこ行かなきゃなんないんです?この非常時に!」

「あの国ならば御許を元の世界へ戻すことも可能かもしれんからな。泉がどうなっているかわからんが、ここにいるよりはマシだ」



 魔王様を見捨てて僕だけ逃げる?



 僕を助けてくれた彼。お世話をしてくれた彼。

 冗談を言ったり、いきなり真面目になったりする彼。

 僕のことを嫁だという魔王様。


 ――こんな状況の彼を放りだす。

 僕を守ってくれたこのひとを見捨てて僕は逃げる。


「わかりました。ではそのように……。姫様、お早く」

「……テミスさん。あなたは逃げて。僕はここを離れない」

「姫様、いけません。さ、お早く。魔王様もお困りになられてしまいますよ」

「ここにいたらテミスさんも死んじゃうから。あなただけでも早く逃げて。あ、ナーガさんに大変だってことはちゃんと伝えてね?」


 宇宙にも被害が及ぶとか言ってたから、いくら風の精霊に守られててもヤバいかもだけど、ここにいたらテミスさんはもっとマズイ。


「魔王様。僕はあなたに連れられてここに来ました。あなたを置いて自分だけ戻るわけにいきません」

「光、吾輩を困らせないでくれぬか」


 わかってます。あなたは今とても困っている。

 僕が言ってることもわけがわからないでしょう。僕も自分でわけがわかりません。

 あなたは勝ち目がない化け物を抑え込んで、お荷物の僕を抱えてる。でも。


「僕だって……僕だっていま困ってます!あなたが苦しんでるのに…なにもできないでいる!」

「光……」

「僕はここにいます。あなたが困っても絶対に動きません。宇宙までどうにかなっちゃうんでしょ?じゃあ、どこに逃げたって一緒です。……なら僕はここがいい」


 なに言ってんだ、僕。どうにもならない。どうしようもない。

 僕はなんてバカなんだろう。


「姫様……」


 テミスさんが僕の両肩に手を置いた。そっと僕の髪に触れる。


「なぜ、姫様は私だけに逃げろと仰るのですか?」

「ここにいたらテミスさんも死んじゃうよ……だから」

「姫様も……死にますよ?」

「でも友達が目の前で死ぬなんてイヤじゃん!そんなのヤだよ」


 子供のころ母さんが死んだ。突然死んだ。

 毎日話してたひとが急にいなくなる。


 もう、そういうのはイヤだ。

 あんな気持ちは、たとえ今の僕が死ぬ直前だとしても、一瞬でも感じたくない。


「そうですか……姫様はお嫌ですか……」


 彼女は言葉を噛みしめるように、ゆっくりと口に出した。

 そんな呑気にかまえてる場合じゃないのに。


「魔王様…姫様は死ぬのはイヤ、だそうです」

「あたりまえだよ!魔王様もあなたも死ぬなんて絶対にイヤだよ」

「ふむ、光よ……御許は絶望しておらんのだな」


 魔王様の言葉が弱々しくなっている。

 いつもの自信満々で軽口をたたく彼と、同じひとだとは思えない。


 誰よりもどんな存在よりも強い魔王様。


 こんなに苦しんでる彼に、僕はすごく残酷で身勝手な思いを抱いた。

 本当にイヤになる。でも……彼なら。あなたなら。


 あんなに自信満々なあなたなら。いつも僕を助けてくれているあなたなら。


「お願いします!魔王様!あなたが……あなただけが頼りなんです!僕たちを、僕をあの邪神から救ってください!!」

「うむ、わかったぞ!吾輩に任せるのだ!愛しい光よ!!」

「え」


 魔王様は自分に噛みついていた触手を引きちぎると、そのまま暗い部屋の奥めがけてすっ飛んでいった。


 ドゴッ!ガキョ!ボギッ!グジャ…!メギッ!!グジャドジャ!!ドリュ…!ミチャメキョ……。


 遠すぎて見えないけど、奥からたまらなく聞きたくない音がする。肉とか骨とかの生身がどうにかなってそうな音。あ、鳥肌たった……。


 シーン……。


 体中を赤緑のようなドロドロした体液っぽいなにかに塗れた魔王様が、いままで一番の超笑顔で戻ってきた。


「ふー……光よ、待たせたな!邪神は死んだぞ。あれが最後の一匹かどうかは知らんがな!!」

「えー!?さっきは「勝てることはないだろうな」って思いっきり言ってましたよね?大ピンチだったじゃないですか!」


 たしかに魔王様は絶望に満ちた顔で言ってた!絶対に演技なんかじゃないよ、あれ。


「だって御許が吾輩だけが頼りだって言ったし?救ってくれって言ったし?吾輩が死ぬのもイヤなのであろう?」

「……ええ、まぁそれは」

「魔神のときに吾輩は言ったであろう!「御許が吾輩を信じる心がパワーになるのだからな!」と。吾輩、嘘はつかんのだ!」

「は、はは、そうですかー……」


 よかった……魔王様は生きてる。彼は無事だった。

 あ、体中の力が抜けた。足腰たたないかも……。

 さっきまでの、あの真剣で絶望的な雰囲気は秒殺で霧散しちゃったけど、とにかくよかった。


 僕たちは助かったんだ。魔王様のおかげで。

 あ、でも彼は触手に噛まれて大怪我してる。凄い痛いに違いない。


「魔王様、腕の怪我は」


 屈んでいた彼の腕をとる。痛かったらごめんなさい。

 腕も邪神の体液のようなものでドロドロだけど、今は気にしてる場合じゃない。


「光よ、汚れるぞ。それに邪神の体液などに触れたらなにが起こるかわからん!」

「いいんです!魔王様だって体液まみれじゃないですか。それより怪我を見せてください」


 怪我をしていたところを見ると…あれ?傷なんかどこにもない。なんで?


「光パワーで傷も完治だ!御許がいれば吾輩は医者も薬も不必要だぞ!」

「太陽光じゃないんですから…僕にはパワーなんかないですけど、痛くないなら……よかったです」

「姫様。よかったですね……」


 うしろからテミスさんが僕の肩に控えめに触れた。

 彼女のあの「死ぬのがイヤ」って言葉がなかったら、魔王様が奮起する切っ掛けもなかったかも。


「ありがとう、テミスさん。あなたがいなかったら僕たち、っていうか宇宙までどうにかなってたかもしんない」

「それはありえません。邪神を倒したのは魔王様。その魔王様に力をお与えになったのは姫様なのですから」

「んーん……。ほんとにありがと」


 腰を落としていたテミスさんを抱きしめる。尻もちをついた彼女は一瞬身を固くしたけど、黙ってそのままでいてくれた。

 僕が嬉しいことがあると抱きつくのは、幼馴染のさっちゃんの影響かもしれない。


 さっちゃんは嬉しいと僕に抱きつくし、おまけに抱き癖もある。なんか外国っぽい感じだけど、さっちゃんは生まれも育ちも日本だ。

 なので僕も、つい似たようなことをするところがある。よっぽど親しくないとしないけどさ。

 テミスさんならいいよね?友達だし。


「姫様、少し恥ずかしいです……」

「光よ!吾輩にも抱きつくのだ!この宇宙の救世主レジェンドの吾輩の労を、ねぎらっていただこうではないか!ヘイカマン!」


 テミスさんは無表情で照れるという器用なことをしていたけど、おずおずと僕の体に腕をまわして抱き返してくれた。


 そこへナーガさんやら親衛隊の面々、その他お城の関係者なのか多数の人が部屋に大挙して押し寄せた。

 魔王様には気の毒だったけど、人前で彼に抱きつくのもアレなので、ちょっとホっとした。

 両手を広げて僕を迎え入れる体勢のまま、みんなに囲まれる救世主。

 魔王様、ごめんなさい。



 そんなこんなで邪神は倒されました。



 なんでも死体から放出される魔力は、この国を一億年ほど支えていけるほどのエネルギーがあるそうで。

 ほんとかなー。物凄く大雑把で適当な気がしないでもないけど、魔王様の苦労が平和的に使われるなら細かい事はどうでもいいや。


「姫様も魔王様が倒された邪神の哀れな死体をご覧になりますか?精神保護の魔法を掛ければ、見ても発狂することはないかと思われます」ってナーガさんに言われたけど、丁重にお断りしておいた。

 結局、僕が本体を見ることは一度もなかったけど、スプラッタな肉塊を鑑賞するのはちょっと。

 あと精神保護て。あの邪神の見た目って、そんなヤバいんですか?


 お城も大騒ぎだけど、世の中も大騒ぎみたい。

 あの部屋は深い地下だったけど、宇宙に被害が出るほどの邪神の魔力は地上でも感知できた。


 魔神を遥かに超える邪神が襲来して、それを魔王様が駆逐したことが国中に強い衝撃をもたらしたんだって。

 あの時、もしかしたら僕たちは死んでたかもしれないし、宇宙を滅ぼす勢いの邪神を倒しちゃったんだしね。

 魔王様を称える声は、日を追うごとに増すばかりだと親衛隊の人が教えてくれた。


 あのどうしようもない絶望しかない状況を、彼は打破してくれた。

 ありがとうございます。心からそう思える。


 お城の中も興奮冷めやらぬ中、魔王様は王城の一番高い場所に僕を連れてきた。

 彼と僕だけだ。高い塔の天辺ににふたりきり。


「バァァン!我が国が遠くまで見えるだろう」

「わぁ、空気が澄んでて遠くまで見えますね」


 光化学スモッグとかなさそう。街と自然が混ざり合う絶景が遥か彼方まで広がる。


「魔力はクリーンエネルギーなのだ。公害問題とは無縁だな!」


 クリーンエネルギーを求めて来襲するクリーンエネルギーな魔神と邪神がいる世界……。

 クリーンだけど強力すぎると、あてられて死んだりしちゃうってのも怖い。


「今はこの国も平和で豊かだが昔は戦乱で多くの者が死んだ」

「はい」

「吾輩と仲間はそれを止めたかったのだ。平和の為に血を流す。矛盾しておるがな」


 世の中を知らない僕が、なにを言えばいいのだろう。


「吾輩は私利私欲を捨てて戦った。平和になった今もこの国のため己のことは考えないで生きている」

「そう……ですか」


 偉いですねとか凄いですねと相槌を打つのも違う気がするけど、気の利いた返しができない。



 あの紐パン男や全裸男とは思えない。


 最初は、もっとお気楽な人かと思ってたのに。

 今だって「吾輩がこの大陸、いや全世界全宇宙で最強の魔王なのだ!!」とか言い出すのかなって。

 能天気に「ヌハハハ!」って笑って全裸になったりギンギンになるキャラかと思ってたのに。


 まだこのひとのことは、わらないことだらけだ。


「御許だ」

「はい?」


 彼は柔らかく僕を見つめる。

 そんな目で見ないでほしい。困るよ。

 このまま、変わらずに。ずっといつまでも、その目で見られていたら……。


「御許を目にして吾輩は時の彼方に忘れてきた私欲を思い出した。そばに行きたい。その身に触れてみたいと」

「……」

「安くいうなら一目惚れであるな」

「……僕は……男、です」


 魔王様はキョトンとした。


「光よ!そういう話ではないのだ!」

「いや、思いっきりそういう話ですよね!?」

「愛だ」

「……出会ってまだちょっとしか経ってませんよ」


 魔王様はヌハハと笑っていった。


「愛に時間は関係ないのだ!!」





「ところで魔王様」

「どうしたのだ、光よ!」

「前から疑問に思っていたんです。僕って初対面の人には、必ず女の子に間違われてたんですよ」

「うむ!そうだったのか!」

「このお城に連れてきてくれたときに「男だったのは知っていた」って仰ってましたよね?」

「言ったぞ!よく覚えていたな!さすが光!愛しの嫁」

「なんで男だってわかったんですか?そんなの初めてでした」


 魔王様はニヤリと笑った。なんかイヤな予感がする。


「光の初めてか!我輩、光のお初を頂いてしまったのだな!」

「いいから早く理由を教えてください」


 魔王様は一際大きな声で、つぎのような告白をした。


「御許が召喚術でこの世界に呼び出されたときに未だ使ったことがなかった透視の魔法を初めて使ったのだ!任意の透け具合に調整できる画期的な魔法なので男だったときの光の裸体はモチ論大事なアレもなにもかもジックリバッチリ目に焼き付けた!だが心配無用なのだ!女に変化したあとにその魔法を使用したことは一切ないのだからな!む?どうした光よ!なぜ腐った生ゴミを見るようなそんな目で吾輩を見るのだ!?吾輩は嘘は決してつかんから今の話は本当だ!安心するのだ!」






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