その15
「魔王様?」
「なんだ、光よ」
「すごく、ご機嫌っぽいですね?」
「うむ!いまは御許とふたりきり!邪魔者もおらんこの状況で、テンションが上がらぬはずがないのだ!」
魔王様が本当に上機嫌な笑顔をむける。
そうなんだ、いま嬉しいのか、この人。
「そうですか、あなたと僕のふたりきりなんですね」
「うむうむ!じつによいな」
「ところで魔王様。魔王様の右腕に噛りついている、牙の生えた触手っぽいのはなんですか?」
「うーむ、多数の魔神の角の魔力に引き寄せられた、未知の異界からきた邪悪なるモノのようだな」
「そうですか。じゃあ、この状況はふたりきりでもないし、いまのあなたが大ピンチに見えるのは気のせいなんでしょうか」
「御許は細かいことを気にするな!もっと吾輩との交流を楽しんでもよいのだぞ!?」
魔王様は薄気味悪い触手に噛みつかれた右腕から、ダラダラと血を流して僕にニッコリと微笑みかけた。
あー、なんでこんなことになっちゃったんだっけ……。
「魔神の角の封印?」
昼食後のひととき。魔王様がとある場所に案内したいと言ってきた。
もの凄く自信満々な彼の態度を見てるとね?とてつもなく同伴したくないなー。
「この間の魔神討伐のさいに折った角があっただろう。あの角は魔神の豊富な魔力の源でな!エネルギー元として利用できるのだ」
「燃料みたいなもんですか?」
魔神の角でエネルギー……なんか禍々しい。
「過去に同じように集めた角の貯蔵庫があってな。魔神力発電施設に繋がっているのだ」
「魔神の角で発電ですかー。へー、ある意味、異世界っぽいですね」
「吾輩の数々の戦いの証!御許にもぜひ見て欲しいのだ!!」
なんだろう。ちょっとしたトロフィー自慢のようなもんなのかな?それなら安心かもしれない。
一瞬、「魔神の角を封印したぞ!次は吾輩のツノを封印せねばな!吾輩のツノが、いま御許へ封印されるのだ。そーれっ!」とか始まるのかと思って焦っちゃったよ。
ダメです。いけません。いくらなんでも僕はまだ十五だし、年齢的にも道徳的にも常識的にも、そんなアレはまだまだ早いです。
でも、魔王様も男、ですもんね……。気持ちはわからないでもないんですけど。
……いや、やっぱダメです!
そういうことは同情や哀れみでするものじゃなくて、お互いの気持ちっていうか、こう……ね?あるじゃないですか。とても大切で大事なコトが。
あ、いずれはOKって意味じゃないですからね!僕はそんなお安くてチョロいヤツじゃないんですから!
……コホン。まぁ、断る理由もないし、異世界訪問してることだし?
せっかくなので、未知の世界を見てみたいって気持ちもあるもんね。
「その部屋はあまりにも強烈な魔力が充満しているのでな。吾輩以外の者は防護服を着ても、立ち入ることは困難なのだ」
「そんなとこにいったら、僕は死んじゃうんじゃないですか?異世界人に魔法が効かないって、結局は王国の勘違いなんですよね?」
弱い魔法なら効かないみたいだけど、魔王様のバリア魔法は僕に普通に効果があったわけだし。
「安心しろ!御許へのバリアなら吾輩がするのだ。その効果は全宇宙が滅ぶほどのエネルギーからも、光を守り抜くので大丈夫なのだ!」
「いえ、そんなにして頂かなくても平気そうなので、安全ならなんでもいいですよ」
「吾輩がたとえ全宇宙最強だとしても、なにが起こるかわからんぞ!念には念を入れればな!……入れるか、ふむ。いいな、挿れる」
「なにを入れるのか聞きたくもないですけど、入れるのは念だけでお願いします」
深くツッコむと危険な気がするから、もうスルーしよう。全力回避!
その先にあるのは、なにか別のモノをツッコまれている未来の僕だとしか思えない。
そういう封印の儀式を執り行う勇気は僕にはまだちょっと。
……まだってなにさ?
いざ出発。ナーガさんや親衛隊。テミスさんもついてきていない。
城の深い深い、一番深い地下に連れてこられた。地下何階に行くの?ってくらい長時間エレベーターに乗って。
封印の間にあった扉よりさらに大きな金属製の黒い扉。薄暗い地下の巨大な扉は、それだけで不気味だ。
「では吾輩が先に入るぞ。御許のバリアは過去最大級なので、安心して付いてくるのだ」
「角の中から、とんでもない化け物が飛び出したりしないですよね?」
角から新たな魔神が生えてきてるとかイヤですよ?
「そんな非科学的なことは起こらん!御許には吾輩の栄光のトロフィーを、じっくり鑑賞してほしいのだ!」
魔法と魔神が実在するこの地で、非科学的なことが起こらないと豪語する異世界の魔王様……。あとこの人、トロフィーって言っちゃったよ。
結局、ちょっと自慢とかしたかったのかな?ふふっ、へんなとこで子供っぽいな。
でもナーガさんに聞いた話だと、魔神は魔王様以外では手も足も出ないほど強くて恐ろしい存在だってことだし、男の子的な『俺ってつよいんだぞ』アピールなのかもしんない。
僕はそんなアピールとは無縁だったけどさ……。
「では、さっそく中に入るのだ!この部屋に吾輩以外は滅多に入れぬのだぞぅ」
「わかりました。じゃあ僕も覚悟を決めます。なんかイヤな予感がしないでもないですけど」
怖いから魔王様の上着の裾でも摘まんでおこう。うん、これでちょっとだけ安心。
「ジャジャーン!どうだ光よ。この数々の立派な魔神のツノは」
「はー、もの凄い数ですね」
広い広い室内は結構明るい。壁に照明があるみたい。
ガラスのようなコレクションケースの中に納められた魔神の角。三メートルくらいありそう。
黒光りしていておどろおどろしく、ちょっと怖い。
一本がひとつのケースに飾られている。陳列された魔神の角のケースが部屋の奥まで並んでる。
奥のほうは遠すぎるうえに暗くて見えないけど、近場のケースはよく見える。人が近づくと明るくなるみたい。
ケースの上にはパイプやチューブの配管が繋がっていて、これまた遠くて見えないほど高い天井のほうへ伸びている。
「なかでも、この千六百年代に現れたときの角は、ひと際デカくてな!吾輩のお気に入りなのだ。黒光りしてデカいのはいいことなのだぞ?光よ」
「あくまでも角の話ですよね?魔王様」
「モチ論だ!吾輩のツノもデカくて立派なのは御許も確認済みではないか!」
「そうですね。本当に千六百年の魔神の角は大きいですね。ところで魔王様」
「うむ、光よ。スルーか!吾輩、ちょっと寂しいぞ」
「魔王様の腕に噛みついている、その気持ち悪い触手はなんですか」
魔王様の右腕に腐った海藻みたいな色をした、物凄い太くて汚い触手のようなモノが絡みながら喰らいついている。
触手の元を目で辿っても、部屋の奥の遠いところから伸びていて本体は見えない。
魔王様はニッコリ微笑んでこう言い切った。
「ここには吾輩と御許のふたりきり!うむ、じつに素敵なことだな」
魔王様…顔に脂汗流れてますけど……。
というわけで回想をおわります。
うん、なんだろう、この状況。もの凄くヤバいよね、今って。
あの魔王様が脂汗を流して、身動きひとつとれない。
「うーむ、ちょいと困ったな。こやつの魔力は魔神とはケタ違いだぞ」
「え……それってどのくらいケタ違いなんですか?」
「そうだな……。魔神の魔力を千とするなら、こいつは百万といったところか」
なにそのハイパーインフレ。
急に最終回近くにとんでもないラスボスが現れたみたいになってますけど。それとも劇場版?
いや、今は冗談を言ってる場合じゃない。
魔王様が腕に絡みついた触手に噛みつかれて、苦痛に顔を歪めているのが心配だ。
「魔王様、大丈夫ですか?顔にもの凄い汗が」
「そうだな……嘘をつくわけにはいかんので正直に言うが、吾輩かつてないほどのピンチに陥っているのだ」
「え……」
大戦争の覇者。魔神を軽く倒す最強の竜族。
その彼が体験したことがないピンチって……。
「ど、どうすればいいんですか?僕にできることはなんですか?」
「光はそこでじっとしているのだ。いまバリアの中から動くと……御許は死ぬぞ」
「……どういうことですか」
「あの邪悪なもの……邪神とでも呼ぶか。邪神を押さえつけるのと、光へのバリアを維持するので身動きが取れんのだ。情けない話だがな」
「ぼくの……せい、なんですね」
魔王様が僕を守ることで動けないでいる。
彼は嘘をつかないと言っている。いま言ったことは本当なんだろう。
どうしよう。どうすればいい?
頭が真っ白になってなにも考えられない。
「勘違いするな、光よ。御許がいなくでともあれだけの魔力。吾輩だけでヤツと相対しても、勝てることはないだろうな」
「魔王様が負ける……」
「いまはなんとか押さえつけているがな。……さて、いつまで持つやら」
どうしよう、どうしよう!僕はどうすれば?
思考が延々とループしてなにも思いつかない。
魔王様の右腕に絡みつき噛みついている不気味な触手。
締め付けを強くしているみたいで、彼の腕が赤黒い紫のような色になっている。
床に血が……彼の腕から血がボタボタと垂れ落ちている。
魔王様は噛まれていないほうの左腕で触手を引きはがそうとしてるけど、ガッチリと絡みついた触手はビクともしない。
血溜まりの中で身動きが取れない魔王様と僕。
体が震える。怖い。
……苦しそうな彼を見ていることしかできないのが辛い。
「魔王様、逃げましょう!」
もうそれしかないよ!このまま、ここにいたら……。
「無茶を言うな。いま邪神を解き放てば、この国や星どころか宇宙にまで被害が及びかねんのだ。それに今はこいつに絡まれていて一歩も動けん」
「宇宙って……でも、このままじゃあなたが殺されちゃうじゃないですか!」
「ヌハハハ!心配か?心配しておるのか、光よ。こんなときだが照れるではないか!」
もうダメだ!とりあえずこの部屋から出よう。
邪神がどうとか宇宙がどうとか頭が回らないけど、このままじゃこのひとが死んじゃうよ!
「バリアなんかどうでもいいです!早くしないとあなたが大変なことになっちゃう!今すぐここから逃げましょう!?」
「光……いま動けるわけがないであろう?こいつを引きはがせたとしても、吾輩も御許も動いた瞬間に死ぬぞ」
だって、だってこのままじゃあなたは。
「どうしたのですか?おふたりとも……」
「え?」
この場所でするはずのない声が後ろから聞こえる。
振り向いた先にいたのは。
「……テミスさん」
無表情に僕たちを見るテミスさんの顔がそこにあった。